安曇野めぐ留

2005年4月13日更新

第50話 よきライバルと

 随分とお休みしてしまったライブ活動が、先日の南青山マンダラでやっと再開する事ができたのだけれど、私の場合はまず曲をつくったり、バンドのメンバーやスタッフと相談する事から始まるので、たった一日の事とはいえ、しばらくボーっとしていたいくらいぐったり疲れる。歌う事以外の作業が多いからって、「歌に集中できない」なんて絶対いけないのに、ライブ前は心配で眠れなくなるのがおきまり。これはどうやら父親ゆずりで、母は「似なくて良いところが…」と大笑いする。今回は新しいメンバーも何人かいたし、新曲や新アレンジなどやってみたい事を試したのでなおさら時間がかかった。きっとこの日に足を運んでくれた人の中にも、やりきれない思いで帰った人も多かったと思うが、私が最も民謡に対して大事にしているメッセージを読み取ってくれたとしたなら、それは歌が良かったと言われるよりもずっと嬉しい事なのだ。R&Bをはじめとするどんな音楽ジャンルでも、これから活躍していくだろうと思う日焼けサロン仲間YVONNEにコーラスで参加してもらったのも、私にはない歌唱法と要素をプラスしてみるという、今までいた場所からはみ出るための大きなチャレンジだった。
 YVONNEと出会ったのは三年前くらいだったか。彼女がまだ十代の頃で、去年亡くなってしまった佐藤一憲さんの率いるスキンシッパースのリハーサルだった。新しいボーカルにと彼女が紹介されて、私達はツインボーカルでライブを行なった。スモコンやスカボロフェアなどのカバー曲を、彼女の自由な発想でガンガン歌われた時には、フワーっとそのまま後ろに倒れそうなくらいショック、そのバンドをというより歌う事を辞めたくなるほど…最高にかっこいい出会いだった。休憩時間などに見える姿は、大きな目を輝かせてとっても無邪気な普通の少女なのに、一声歌い出したら全てがガラッと色を変えて存在感も増す。そのリズム感やフィーリング、何から何までがはじめてみるシンガーであるのと同時に、私に足りなくて欲しかった要素が、小さな彼女の体から惜しみなく溢れ出ていたのだ。オーストリアで音楽家の両親の元に生まれ育った事が彼女の歌の根底に大きくあるとしても、いったいどうやって育てたらこんなに頼もしい子供にできあがるのかと根掘り葉掘り聞いてしまった。「クラブで踊ったりしてる事かな?」と彼女がカラカラ笑った。
 父と母が民謡をやっていたので、私は小さな頃から発表会や民謡番組や営業の仕事で、踊ったり歌ったりして来た。英才教育をする時間が両親にはなかったし、先生の家の子にしては野放しだったけれど、ガチガチの民謡が叩き込まれていないから、今こうして自由に歌っていられるのかもしれない。また、ずっと芝居を学んだ事は表現の創造を膨らませてくれたし、その他の経験が私を柔軟にさせてくれている。それでも他国の音楽や文化に触れる機会がもっとあったのならそれはそれは面白かったと思し、実際の私の音楽活動にもずっと大きな変化があったとも思っている。どんな子供にもたくさんの可能性がある。親はその姿を一番近くで喜べる特権を持っている。大金をハタイテ毎日習い事で縛るのも恐ろしい話だけれど、できる限りの時間で遊びながら会話しながら、多くのものに興味を持たせてあげられたら、寝不足で辛い子育ても夢を持って楽しんでいけるように思う。「お母さん! がんばれー!」なのだ。
 暖かくなってきたので、夏へ向けてのダイエットにも拍車がかかる。そろそろYVONNEとも日焼けサロンでガンガン焼く事になるだろう。互いの活動を応援しながら、また歌い手としての意見の交換も本当に楽しい。とかくしょっぱくなりがちな女子のライバル関係も、彼女となら何の気なしにやっていける。要するに公私共に尊敬し合い、励ましあっていける数少ない友人であるれば、うまくいくんだ。リスペクト!