安曇野めぐ留

2005年4月21日更新

第51話 ライブの反響 

 こないだのライブの様子が3月19日の毎日新聞夕刊に掲載された。長年がんばってきた成果と思われるような記事の内容、音楽評論家青木誠さんの『異種交配』それはそれは暖かい言葉だった。とかく父を知っている人に私の音楽を聞いてもらうと比較されては「同じ事をやってもしょうがない」だとか、「お父さんに比べたらまだまだだねぇ」なんて当たり前の事を言われる。"二代目はアキラメテクダサイ。分家でイキマス"何年もこのキャッチフレーズでやっているのに、想うことはなかなか伝わらない。ところが今回は民謡や邦楽をはじめとする、音楽のその世界の人から大きな励ましがたくさんあった。同じ事を試みたり、望んでいる同志が本当はたくさんいるのだと心強く思えた。「がんばっていれば良い事もあるんだ」と同時に、「やめられないや」なんて言葉が頭を過ぎる。また良い事も悪い事も、新聞に載るほどの事をしたことがなかったから、母や友人はキヨスクなどで買い占めてくれたし家宝になることも間違いない!
「おばあちゃんにも喜んでもらえるかな?」
 昨年から母方の祖母が階段を踏み外して、寝たきりになってしまった。小さい頃から祖母に育てられたし、いつもやさしくて一番の理解者、どんな時も味方でいてくれたので、家出する時もほとんど祖母の家に行った。海外旅行に行ってもポストカードとお土産は忘れない…かなりのおばあちゃんっ子。祖母の家は自宅からすぐの所だけれど、仕事などで会いに行けない時も電話はしていたので、今のように病院に入院していると話すらできない日が続いて、寂しくて夜中に大泣きすることもある。なんでこんな風になったのか…考えたら自分や誰かを責めたくなってしまうから、あまり考えないようにしているが、お墓参りや神頼みが以前より多くなったし、なにより早く良くなってその後の生活でどう恩返しができるのか、何をしてあげられるかを考えてようと思うようにしている。もしも今、元気になっても細い階段あるの四階の家に、もう一度戻って一人で暮らす事はできないから、一緒に住めるように準備する為に家族に実家の増改築を提案した。もちろん私の両親はとても忙しいし、私も介護などできる器じゃないのは百も承知。今はいろいろなヘルパーさんもいるし、やってやれない事はないと訴えてみるが、親戚はやれるわけがないと反対するし、本人が判断能力がない時に限って、意見がバラバラに分かれてしまう。母達の会話を聞いていて姉妹は少ない方が良いと、改めて感じる場面ばかりだ。確かに自分の事もままならない私のような人間が、誰かの面倒を見てやれるのかは心配だと思うし、仕事や何かに手抜きしてしまうようになるのも考えものだけれど、大切な家族の為に自分がやれる事を精一杯やるのは、もちろん大きな覚悟のある事を前提に、私の何を犠牲にしても悔いは残らないと感じているのだ。
 アーティストはあまり生活感を出さないように家事をしなかったり、稼ぎどころを見失わないようにアルバイトなどはしないという人もいる。また、家族に犠牲を強いって夢の道を通す場合もある。「海外や地方での長期の仕事にはどうするんだ」確かに耳は痛いし、実際何を取るか? 断るか? は大きな問題。それでも誰のためでもなく、ただ自分の為にある一度きりの人生を生きている。大切な人の手を握って生きる事が、私の人生の醍醐味であって欲しいと日々願い、誓うのである。