第55話 野球シーズンも終わり
私は野球と言うものに全くと言っていいほど興味がなく、1974年私が8ヶ月になる頃にあの長島は『引退』その日号泣したと思われる巨人ファンの父親の元に育ち、面白い番組があってもナイター中継を見なければならないルールは、いつも苦痛でたまらなかった。
「ファウル?って何回も続いたら何?」とか、一年に何回優勝するかもわからなし、ルーキーについてもイケ面じゃなきゃ覚えられない。勉強の為に株をやっているけれど、ライブドアの株を所有していなければ、あれだけ騒がれた球団経営のニュースにもあまり興味がなかっただろう。そういえば小学生の時は友人とよく大洋ホエールズの試合に行って、トレーシーを応援していたけれど何が楽しかったのかも思い出せないし、その頃の自分の事も信じられない。男に生まれたら、キャッチボールから始まるロマンも理解できたのかもしれないとは思うけれど、あいにく忙しい家だったから、うちの弟は父親との公園での語り合いを経験した事がないようなので、きっと同じ運命だっただろう。 今年の一月に尊敬するある和菓子屋の社長が亡くなってからというもの、教えられた数々の言葉を振り返っているが、その全てが生涯私のバイブルには欠かせないものであるのと同時に、物事に対する姿勢や熱意を思うと、敬服する心は色褪せることなく日に日に大きくなっていく。社会人野球から巨人に投手として入団し、ケガが多かった現役時代を引退した後、夫婦力を合わせて会社を大きくしていったと聞かされた事がある。飲む席で叱咤激励されたのが始まりで、7年くらいの付き合いではあったけれど、親子共々応援してもらった。 「やるだけやれよ。じゃなきゃ自分も次へは行けないだろう? 歳とってあの時こうしてれば、ああだったなんて居酒屋で酔いつぶれたりするな! 悔いなくやるんだぞ!」きっとその頃は、右も左もなくどこへ向かうかもわからなかったけれど、説得力のある彼の言葉が自分の迷いを、大きなガッツに変えてくれた。 「俺は巨人で投げた。だから悔いなく次に行けたんだよ。」 ただただ、がむしゃらに生きているだけで、未だに次の事は見つけられてはいないけど、天職も転職も、時の運…いつかそんな日もやって来るじゃないかとは予感し、覚悟している。 ここ何ヶ月かの間、訳あって親の会社を手伝っていた。もちろん自分の所属事務所であるけれど、所属内容ではない全く別の事を、毎日毎日、失敗しては学び繰り返しては仕事に追われている。自分の人生で初めてと言ってもいいほど、バカみたいに夜中まで働いている。何人かの理解者や協力の下、物事は進んでいるのだけれど、押しつぶされそうになりながらも続いているのは、いったい何なのか?不思議と毎晩考えてしまう。『うた』歌いたくないのかな? なんて自分に問いかけてみたりしているが、こんな忙しいいっぱいいっぱいな時に限って、詩や曲がワンサカやってくるから、神様も意地悪だなぁーと。友人がキューバのレイナルド・アレナスという人の詩を、これらの励ましにMAILしてくれた。 「苦しい情勢の中でたくさんの詩を書いていたけれど、国を出たら書く事がなくなったらしいよ…!」 なんともせつない話に涙。結局こうして生きていくしか他にはない!なんて数奇な運命だろう。 |