第56話 涙こらえて
桜が咲いてるっていうのに、気がつかないほどの忙しさ。うたをうたって忙しいのなら、かなりアリガタイ話だけれど、本業に取り掛かれないなんてアリエナイ話。ここから脱出したい気分はやまやまなれど、つもりに積もった仕事を振り返らずに捨てて行けるほど、私は自由な軟体動物でもない様子。よく小学校の頃も家に持ち帰って夜遅くまでやっていた「班の発表物」じゃないけれど、断りもしないで引き受けて、そのくせ人の良さそうな感じには見られないところが、私の長所&短所だろう。倫理的な事など今の私にはどうでもいい!クローンだってなんだって、いてくれたら本当に助かるんだー!
例えば日々の仕事の代わりがきいたとしても、安曇野めぐ留はたった一人。歌詞を覚えるのも実際うたうのも、誰かが代わりにやってくれる訳じゃない!不思議とブラブラしていた時よりも、時間の流れは速くないのだけれど、曲を作ったり、コーヒーいれたり、余裕ある生活を目指すなら24時間じゃ、明らかに足りない。しかもこういう時にこそ、仕事に関係のない人に心なく泣かされ、滑稽な姿でイメージ付けられる。イライラと悲しみは富士山よりも高くなっては、更年期に駆け足しているだろう。 3月5日に佐倉で行われた『くまのこうちょうせんせい』というミュージカルに参加した。役は富良野塾の「リングル」で参加させてもらった「木の役」からの流れ通り、「木の葉の妖精役」だった。うたより長く学んだと言える芝居には、もう何年も携わることなく生きてきたから、NPOマザーズシップの野口さんから誘われた時は、どんな事でも協力したいと心から思った。こんのひとみさん作の話題の絵本が、彼女の名曲でつづられていく。また、演出はあの桜井秀雄監督で、プレッシャーはあったものの、嬉しくて仕方ないから後のことはあまり想像もできなかった。実際、顔合わせから本読みまではすごく早く進んだけれど、配役やセリフが決定するまではとても長くかかって、心配事はその前日の夜中までたくさんあった。自閉症やダウン症の子供たちとプロの歌手がミュージカルをやるというので、新聞やテレビにはたくさん取り上げられ、周りの期待は大きく膨らんだが、佐倉に住む子供たちと最高の舞台を完成させるには、信頼感などを得るためにも何度か遠い道のりを通わなければならなかったし、私達は話の内容や登場する歌の全てを覚える必要があった。いままで学んだ芝居のメソッドを思い出すというより、どう表現するか?どうナビゲーションするか?そんな事ばかり考えていた気がする。 よくこういう仕事をしていると「どこぞの知らない人が、勝手に来て勝手にやって終わった」と言われることも多々あるけれど、私達を迎える側は、たった一日、その日の為にたくさんの用意を準備してくれている。何度となく練習で会う先生やお母さん達の姿を目にして、「絶対、いいものにしよう!」仲間の中にはそういった気持ちはどんどん大きくなっていったのだろう。本番では、丸山圭子さんをはじめとする出演者や子供達は最高の演技をしてくれて、フィナーレでは、大変だった日々や子供たちのいきいきした顔を見ては、何度も感動して涙は表面張力を保つのが精一杯。それでもプロとして、幕が下りるまでは泣くものかと歯をクイシバッタ。 普段公園で出会うお母さん達は、そんなに四六時中子供を追いかけていないし、自分の子供が他人に迷惑をかけても誤らないで、そ知らぬ顔する人もいる。今回出会ったお母さん達は、ちょっとした事でも「すみません、すみません」と、子供について走っていた。そんな毎日の中でこの日の用意を協力してくれたお母さんや先生たちに、「がんばってね」「ありがとうございます」なんて言われたら、「がんばって生きていきます!」って心で誓っちゃいます!あの日から毎日、「全力で立ち向かって努力すれば、叶わない事はないんだ」と、32歳。力強く歩きはじめています。 |