安曇野めぐ留



2009年4月27日更新

第59話 女性であること 

 この年になっても、女性が仕事をする事の難しさを痛感する。
 結婚したくない、子供はいらないと思うのも納得してしまう時がある。
 男性からしてみれば、何とか我が子を育てあげても「結婚します! 妊娠しました! じゃあ」では寂しすぎる、というのも理解できる気がするが、「仕事をしたいから代わりに産んでよ」と言われても、これまた無理な話。しかも最低1年くらいは休暇が要るようになれば、スキルを元通りに戻すまで時間を要し、その後の育児においてもかなりの制約がある。また、人気商売は、男の人の影があると離れていくファンは多いし、彼氏の方にもたくさんの理解をもっていただかないと続かない。家庭を持ったらイメージを改めるか、生活感を出さないようにクローズしてしまう。
 女である事の武器を最大限に使えるという利点もあるが、今の世の中、事件に巻き込まれるのも恐ろしい。女に生まれてよかったと思えるような事例をたくさん教えてほしいものなのだ。
 今まで「芸に精進しろ!」と教えてこられた私はもちろん、家族にとっても大きな決断ではあったが、この年齢で子供を授かることにより、2004年に無事女の子を出産した。母親として大いなる愛を嫌というくらい注ぎたかったから、全てにおいて生活を一変させた。私が子供の頃感じたような寂しさを、自分の子には与えたくなかったし、嫌な事は絶対に「見せない、言わない、聞かせない」と考えていた。自分のしたいこと、例えばそれはお洒落や食べ物にはじまり、アーティストとしての活動の場も少なく狭くしていくようになった。
 情操教育とまではいかないが、いろいろな音楽や語学の教材を探しては、なんとなく流してみたり、より良い環境を考え求めた。波乱万丈は当たり前だった。
 いままでから考えると寂しいような気がすると周りには映っただろうし、実際、今後の活動が望めないと落胆した仲間もいた。もちろん、もう仕事もつづけられないかもしれない、いや歌わせてもらえないだろうと思って覚悟も決めていた。子供が一番として生きる事が、この上ない幸せだった。ただ普通である事が本当に心から幸せだった。
 体力の面から言うと、自然分娩だったものの産後の肥立ちは思っていたより激しく、痛みの回復にも時間を要したし、血の道というのだろうか、発狂するほどのイライラや意味もなく悲しくて悲しくて止まらない涙は、命を生み出す事の重大さを教えてくれた。お里帰りと言うのは、この時期の形相を隠すためにも、理にかなう必要なものだと確信する。
 また、いまの時代、そんなに遅くはない30歳を目前とした出産だったが、3時間に一度の授乳は、さすがにきつかった。3時間に1度と言えども、泣いてから1時間かけて飲ませ、1時間かけて寝かせ、1時間の仮眠。歳をとってからの子供は賢いと言われているが、女性の体を一番に考えたら、昔の人のように早くに結婚し、早くに子供を持つことはやはり大正解のような気がする。
 わが娘は、今年5歳の誕生日を迎えた。驚くほど物事に対して多くの興味を持ち、また保育園という社会の中で、毎日少しずつ、学びはじめている。きっと自分の道をどんどんと切り開き、あっという間に私の手を、離れていくだろう。果たしてどこまでDNAが関係するかは未知数ではあるが、同じように船出のときは、快く出してやりたいと思う。
 親になるという経験は、想像もできないものだったし、またこんな自分がいることは、自分本意に生きてきた自身が一番びっくりしている。そして、同時に自分を産んでくれた母にも心から感謝し、はじめて女に生まれて良かったと思えた。