第60話 たくさんの笑顔と暖かい手
今までが自由奔放すぎたのかもしれないが、大人になると、少しずつ、少しずつ背中の荷物が増えていく。
自分の意見を発した途端、漏れなく責任がついてくるが、そんな事をいままで怖いとは思わなかったのに、飛んでくる矢を撥ね退ける心と体の強さがもてなくなった。人の話を聴く方が学ぶ事も圧倒的に多く、賢い選択だと考えていくようになる。若い頃に私が思っていたズルイ大人になって、装備を抜群にしてしまっているようだった。
ただただ、怖いだけなのだ。また、悩みを親友にすら話せなかったり、考えないようにするようにしたりと、魚が焼きあがる間に知らず知らず胸をぎゅーっと苦しくさせている。ポロポロ涙も落ちてくる。洋服を買うときにすら、色や形、だいたい同世代の人が身につけるものを選んでは、これじゃあ制服を着てるのと一緒だし、人気のブランド品を身にまとっている事で安心している人たちと同じじゃないか。派手でポップな色や柄が好きだったはずなのに、個性など要らないと思っているのだろうか。
きっといつか誰かに言われた、ほんの些細な事が、どこかで恐れをなして、私が私を押さえ込こもうとしている。とても悲しい事だ。「こんなときには、旅にでるべし」なのだが……。
「海外一人旅」好きの私が、パスポートをほとんど使わなくなったのは、6年前からのことで、4年越しの夢を実現しに、2007年の春に家族の話や了解も受けぬまま、NYに行く機会を作った。
もちろんブルックリンにある忘れ物を探しに行った。もともとあちらには音楽制作も含め、長期滞在を考えていたのに、たくさんの物を置き去りにして帰ったままだったから、どうしても再び訪れたかったのだ。しかし出発の前日、到着した直後あたりから、雲行きを怪しくしていった。
前に訪れたときより、久しぶりの街は大きく姿かたちを変えていた。そして私の大切な忘れ物も、同じく年月を経て、大掛かりな開発とともに色や形を変えていた。決して時間は待っていてはくれない。ドラマのような奇跡は、実際に起こらないと知った。久しぶりにあった憧れの初恋の人が、丸くなったおなかを叩いて「わっはっは」と鼻をならして笑うくらいの、スペシャルショックである。多くの女性が夜な夜な韓流に魅せられては、夢を見て憧れるのも納得できるってわけだ。レンタルショップでビデオを借りてきたり、音楽を聴いてはみたものの、我慢できないほど臭い枕と布団の中で、涙はこれでもかとあふれ出すし、時差ぼけの助けもあってかまったく眠れない。大使館や総領事館に駆け込みたいほど深く傷ついて、お湯も出ないバスタブに浸かっては、何のために此処に来たのか、分からなくなってしまった。ビルの屋上に無防備に散らかった、ゴミだかなんだかわからないものを見ながら、三本くらいまとめて吸った赤マルの味が、いまだに忘れられない。
しかし、どこまでもラッキーなのが私。見るに見かねた友人のオレン&レイコは、翌日の朝にはボロボロのアパートの玄関というか柵?まで迎えにきてくれて、たくさんの笑顔と暖かい手を差し伸べてくれた。ご好意に甘えさせていただき、キレイに整頓され、シンプルな飾りに囲まれた素敵な部屋、そしてあったかいお湯、その日からお泊りさせてもらう事になった。毎晩、NYの暮らしについての問題や、教育、文化、芸術や哲学について、レモン入りハイビスカスティーをがぶがぶ飲みながらいろーんな話をした。毎日暖かい日差しがこ入ってくるベット脇の窓の外では、エンジェルさんという黒人のおじさんが、なにやら直すために作業している。そう、真摯な姿勢と愛情を持って、リラックスさせてくれては、心にやさしい時間を作ってくれた夫婦こそ、まさに私のエンジェルさんだった。
いつもの行き当たりばったりとは違って、NYを全く違う目線で見て感じる事ができたのも、もう二度と行きたくないと思わないでいられるのも、二人のおかげだ。
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