第19話 両国辺の夜鷹(その三)
酔っ払いがおだをあげていると商売にならないため、牛の又兵衛が出てきた。源助も伝内も武家屋敷の奉公人と見て、いちおう低姿勢である。
「モシ、おめえがた、ちっとそこをお明けなさってくださいまし。お頼み申します」 源助はますます図に乗った。 「あんまり邪魔にするない。おいらも客だぞ。したが、どの面もひでえものだ。こいつは二十四文では高いぜ。十六文にまけやれな」 お千代がいまいましげに言った。 「エエ、憎ったらしい」 伝内が、横から源助をなだめる。 「これさ、おそくなると、御門がやかましいぜ」 「今夜はお使いに出たのだから、おそくなってもようごぜえす」 源助はいっこうに聞き入れず、お千代に向かって言った。 「ここに、呑み残しの十五文があるから、これでまけろ」 又兵衛もたまりかね、 「モシ、もうお通りなさい。人立ちがあると、ほかのお客がいやがって、わたくしどもの商売ができましねえ。モシ、これさ、ちっとお頼み申します」 と、源助の体を押しのける。 はずみでよろけた源助の体が、伝内が持つ箱提灯にあたった。 「これ、危ねえわい」 伝内が叫んだ。 提灯が激しく揺れている。 源助も酔いの勢いで怒鳴りつけた。 「このべらぼうめは。突きのめしやがったな。コレ、提灯が破れたぞ。これじゃあ、屋敷に帰って言い訳がきかない。その上、武士の扶持を喰っている男が、素町人に突きのめされちゃあ、いちぶんが立たねえ」 又兵衛はともかく謝り、なだめる。 「わたくしの粗相でござります。お提灯に傷がつきましたら、ご了見なすってくださりまし」 そこへ、お千代が出てきた。 「提灯に傷などつきやァしねえ。もとから破れていたのだ。うっちゃっておきなせえ。こんな連中を怖がっていて、この土地に商売に出られるものか。この唐変木め」 源助はカッとなり、 「もうこうなれば、破れかぶれだ、片っ端から、どいつもこいつもぶっ切ってやるべい」 と、鞘の塗りの剥げた脇差に手をかけた。 伝内はあわてて、 「コレ、気が違ったか」 と、源助を止めにかかる。 お千代が啖呵を切った。 「面白いはえ。ちっと切られべいわえ。しかし、うぬの脇差では赤ん坊の臍の緒を切るのがせいぜいだろうよ」 又兵衛もあわてて、 「おい、もうよせ」 と、女房を抑える。 だが、お千代はなおも、 「ええ、おめえさんも気の弱い。こんなやつらに、言いたいことを言わせておくことはねえ。ぶちのめしてやるべえ」 と、まくしたてながら、大肌脱ぎになる。 「ないィ」 源助がお千代につかみかかる。 男と女の取っ組み合いが始まった。 「おのしやァ、お使い先でもめごとがあっちゃあ、俺が困る」 と、伝内はおろおろしている。 又兵衛は必死で女房と源助のあいだに割ってはいる。 茣蓙の上でことにおよんでいたお花と吉兵衛も、さすがに中断して駆けつけた。 みなでふたりを分けようとする。 この騒ぎに、両国橋の橋番もやってきた。六尺棒で又兵衛やお千代を威嚇しながら、 「なにを騒々しい。もし、お屋敷さん、夜鷹相手に、どうしたもんでごぜえす。サア、かまわずと、早くお出でなされやせ」 と、源助と伝内にさっさと退散するよう、うながした。 伝内がなだめながら、 「さあ、行きやしょう」 と、源内を連れ去る。 ふたりの姿が消えたあと、又兵衛が機嫌をとるように言った。女房がこれほど激昂したことに驚き、かつ心配していたのだ。 「お千代、どうした。相手は生酔いだ。ムキになることはねえ」 「それだって、あんまり太平楽をぬかすからのことよ」 お千代はふてくされて言い返したが、声に涙がまじっていた。 このところ、客の食いつきが悪い。やはり、あせりの気持ちがあるのだった。 (終わり) 第20話(その一)へ |