江戸の風俗八百八店

永井義男


第21話 中洲

 中洲は文字通り、隅田川の河口部にできた中洲である。月の名所として知られていたが、安永元年(一七七二)に土砂を運んで市街地を造成し、三股富永町ができた。史料によって異同があるが、一説では約九千坪の広さがあったという。多くの茶屋や料理屋が軒を並べ、隅田川に浮かぶ歓楽の街として繁盛を極めたが、水流をさまたげて洪水を拡大するという理由で、寛政元年(一七八九)にすべて建造物は取り払われ、もとの葦などが生い茂る中洲に戻った。明治十九年に再び埋め立てが始まり、東京市日本橋区中洲町となった。現在の、東京都中央区日本橋中洲のあたりである。江戸期の人々は、わずか十五年余で跡形もなく隅田川の流れに消え去った中洲に限りない郷愁と感興を覚えたのであろう。そのため、多くの文献に当時の繁華が描かれている。なお、中洲には地獄と呼ばれる私娼がいた。
 安永六年(一七七七)ころの中洲である。

 初秋であるが、残暑がきびしかった。
 勘平と丈八のふたりは、緋縮緬のふんどしひとつという裸体の船頭が漕ぐ舟で中洲に着いた。
 桟橋に立ち、あらためて川面を見まわす。
「ずいぶん舟が出ていやがるぜ」
 川には猪牙舟、大屋形船、小屋形船、屋根舟、茶舟、荷足舟が行き交い、水面が見えないほどである。遊楽の舟からは、三味線や太鼓の音色、長唄やめりやす、義太夫節が聞こえてきた。
 勘平がしたり顔で丈八に解説した。
「おめえ、日が落ちてみな、月見をする舟でもっとにぎやかになるぜ」
 ふたりは中洲の雑踏のなかを歩きながら、目をきょろきょろさせていた。勘平が「遊ぶんなら、中洲だぜ。おめえ、中洲を知らねえのか」と、丈八を引っ張ってきたのだが、じつは本人も中洲は初めてだった。いわば耳学問で知っているだけである。きょうは丈八をダシにして、自分も中洲を初体験しようという腹積もりだった。
 川岸には、水茶屋と料理屋がびっしり軒を連ねている。
「水茶屋は九十三軒ほどある。料理屋も多いが、その筆頭はなんといっても四季庵と楽庵だろうな。
 四季庵は派手好み。構えも豪華、庭は萩寺という趣向で、四季の花が絶えない。料理に用いる器物も豪華だ。
 いっぽうの楽庵は地味で、すべてに奥ゆかしい。庭の造作も千利休好みさ」
 勘平が、まるで見てきたように自慢した。
「へえ、てえしたもんだ」
 丈八はしきりに感心している。
 通りの両側には屋台見世がびっしりと並んでいた。鰻の蒲焼や、とうもろこし団子の付け焼きの香りがただよい、食欲をそそる。そのほか、煮売、煮魚、綿飴、玉子焼、胡麻揚、西瓜と真桑瓜の切り売り、餅菓子、干菓子などの屋台見世なども並び、それぞれに立ち食いの人々が群がっているため、歩くのにも難渋するほどだった。
 そのほか、ひときわ混雑しているのは、見世物小屋の前である。なかでは、浄瑠璃、芝居、軽業などが演じられていた。
 路上にも芸人がいて、猿回しのそばでは、女の力持ちが俵を高々と頭上にかつぎ上げたりしている。
 ふたりが見物しながらうろうろしていると、いつのまにか川岸に出ていた。
 すでに夕闇が迫った川面から、女が声をかけてきた。
「涼みなァ」
「寄ってえーいきないなァ」
 舟のなかで客を取る、船饅頭だった。相場は、三十二文くらいである。
「おい、舟で一番トボすというのはどうだ」
 丈八はその気になっていた。
 勘平が首を振った。
「だめだ、だめだ。船饅頭なんぞは、夜鷹と同じだ。うっかり買うと、瘡毒になって鼻が落ちるぞ」
「しかしよ、まさか見物しただけで帰るというわけにはいくめえよ」
「湯屋へ行こう。湯屋で地獄という女郎が買える」
「へえ、湯屋で地獄か。それはいいや」
 ふたりは、銭湯に向かった。
 もちろん、勘平も知ったかぶりで言ったものの、初めてである。なかば、おっかなびっくりだった。
 中洲には銭湯は三軒あった。
 ふたりは一軒の銭湯に入り、まずは入浴して汗を流した。
「ああ、さっぱりしたぜ」
「これから、どうする」
 ふたりとも、ふんどしひとつである。
「これで、相方を選ぶのよ。おめえ、知らねえのか」
 勘平がうれしそうに、階段下に置かれている手ぬぐい掛けを示した。
「どういうことでぇ」
 丈八はさげられた手ぬぐいをながめながら、怪訝そうである。
「手ぬぐいに紋がついている。どれでも好きな手ぬぐいを持って二階にあがると、同じ紋のついた浴衣を着た地獄が相方になるというわけさ」
 江戸の銭湯では、二階は男客専用の休憩所となっている。涼みながら将棋をさしたり、談笑したりできるし、別料金を払えば茶や菓子を味わうこともできた。
 中洲では、二階で地獄が客を取る仕組みになっていたのだ。
「ほう、おもしれぇ趣向じゃねえか。じゃあ、俺は、この椿の紋を」
「おめえ、それは桔梗じゃねえか」
「どっちでもいいやな。とにかく、花だ。おめえはどうするよ」
「俺は、この麻の葉の紋を」
「おめえ、それは蔦の葉だぜ」
「てやんでえ。とにかく、葉っぱだ」
 ふたりは手ぬぐいを手にして、階段をのぼる。
 地獄がふたりを出迎えた。
 二階の座敷は、屏風で細かく区切られていた。その小さな区画で、風呂上りの客と地獄が交合するわけだった。
 いわゆる割床だったが、岡場所や宿場の女郎屋と違うのは、風呂上りに楽しめるということである。紋で相手をきめ、風呂上りという興趣が、人気があったのだ。

                           (終わり)


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