第23話 芳町(その一)
芳町(よしちょう)は葭町とも表記されるが、あくまで俗称であって、正式な町名は堀江六間町。現在の、東京都中央区日本橋人形町のあたりである。
背に腹をかえて芳町客をとり 川柳では、芳町と男色は密接な連想になっていた。芳町には多数の陰間茶屋があったのだ。今風に言うと、陰間はニューハーフ、陰間茶屋はゲイバーであろうか。平賀源内が著した男色細見『三の朝』(明和五年刊)によると、芳町には十二軒の陰間茶屋が建ち並び、合わせて六十七人の陰間がいたという。芳町に陰間茶屋が多かったのは、近くに芝居の市村座や中村座があり、若い役者が金を稼ぐため陰間に出たからともいわれている(なお、芝居小屋は天保十三年にすべて猿若町に移転した)。多くの陰間は女郎と同様、幼いころに売られてきて仕込まれた。 吉原は隠し芳町は咄にし 芳町に行くには真似をせずとよし 僧侶は、表向き女遊びはできない。そのため、吉原で遊ぶときは、同じく剃髪している者が多い医者をよそおったりしなければならないが、男色は公然であり、芳町では堂々と遊べたというわけだ。 安永九年(一七八〇)ころの、芳町である。 雑踏のなかを、男ふたりが歩いていた。墨染めの衣を着て、頭を剃髪しているため、僧侶ということはすぐにわかる。 案内役の行雲が智弁に言った。 「智弁丈、ナントきついにぎわいではござらぬか」 「イヤ、けしからぬ群集。田舎者の私などは、気のぼせがいたし、目まいがいたしまする」 智弁は田舎の末寺から、江戸の本山に出てきたばかりである。 「さて、アノ飾り物は、顔見世三日のうちだけなので、今宵見いでは、この景色がござらぬ。積み物というて、ひいきの役者へ進物を町じゅうへ飾ります」 人ごみは、いわゆる「芝居正月」のせいだった。十一月は顔見世興行がおこなわれ、芝居町がもっとも華やぐ時期である。 また、行雲が相手に「智弁丈」と呼びかけたのも、歌舞伎役者に付ける敬称の「丈」を用いて洒落たのである。 「さて、このにぎわいで、定七とは会えませんでしたな。さぞ、このほうどもを捜しまわっておるであろう。しかし、きゃつも通人、おおかた芳町の茶屋で待っておるでござろう」 「その定七とやら申す男は、何者でござります」 智弁が怪訝そうに尋ねた。僧侶の陰間遊びに町人が同行し、費用も負担してくれるらしいことが不審だったのだ。 行雲はけろりとしていた。 「本町の呉服屋の手代でござるが、わしが心安うする飲み友達。わしの世話で、あるお屋敷の婚礼用を言いつけさせました。貴僧も若いが、当世は僧俗とも抹香臭いことばかりではいかぬ。ちょちょらと要領よくやらねば、通用がわからぬ。慮外ながら、ご意見」 「ありがたいお示し」 ようやく芝居街の雑踏を抜けて、芳町に着いた。 行雲は、馴染みの茶屋である浜田屋に入りながら、女将に声をかけた。 「変わらず来ました」 「コレハ、コレハ、行さま。相変わらずありがとうござります。お連れさま、お上がり遊ばしませ。定さまも、さきほどから」 声を聞きつけ、定七が階段の途中までおりてきた。 「ヤレヤレ、おはぐれ申して、先刻から待ちに待っておりました。サアサア、まず二階へ」 「さこそ、さこそ。イヤ、心ばかり。嘉例のご祝儀」 行雲が女将に祝儀を渡した。 女将は軽くおしいただいて受け取る。 「ありがとうございます」 行雲と智弁は二階にあがる。 陰間の長八は振袖を着て、前髪の頭に紫帽子をかぶっていた。顔には紅、白粉、口紅、眉墨をつけている。 「きついお見限りさ」 行雲はいかにも面目ないという表情になった。 「イヤモ、恨みはもっとも。こちらの定州などと違って、今の寺に入院してから、旦用はしげし、道は通し」 定州と呼ばれた定七が、智弁を見て言った。 「申し、あなたさまは」 「最前からお引き合わせ申そうと存じながら、うっかりしておりました。コリャ、わしが法類なり、肉縁なり。一体分身の和尚。最近、当地へ初出。頭の丸い下りでござる」 行雲は智弁を紹介しながらも、またもや洒落た。 陰間の世界では、上方からの「下り」が高級とされていた。そのため、江戸近辺の出身であっても、「下り」や「新下り」と称して売り出すのが通例である。 「おやかましゅう」 と言いながら、陰間茶屋から呼ばれた綱介と富吉が現われた。 すでに定七が手配しておいたのだ。 「ムム、久しぶりで珍しいタコが獲れたのう、長八どん」 綱介が行雲を見るなり、毒舌を吐いた。 行雲は怒るどころか、いとおしそうに見つめた。 「いつもいつも、口は憎いが、面は美しいぞ」 「おきやァがれ」 女中が銚子と杯を運んできた。 まずは儀式の、杯の応酬が始まる。 智弁はちらちらと陰間をながめながら、緊張が高まるのを覚えていた。これまで、寺の小僧などを相手に男色の経験はある。しかし、有名な芳町の陰間となると、やはり気後れがしてくるのだった。 (つづく) |
第23話 芳町(その二)
行雲が智弁に、陰間に杯をあたえるよう、うながした。
「智弁主、若衆におさしなさい」 「イヤ、これは、気づきませんで」 横から、定七が言った。 「はて、埒もない。それは、これまでのせりふ。これからは、弁さまでなくては、モウとんと始まりませぬ」 「うむ、弁さまがよい、よい」 と、みなが同意した。 これで、智弁は芳町では「弁さま」と呼ばれることになった。 酔いがまわってきた行雲が、 「色酒は飲まねばすまぬ」 と、智弁の杯になみなみと酒をついだ。 「私は不調法。これはご無理」 下戸の智弁は困りきっている。 富吉がその杯を受け取った。 「弁さま、助けてあげやんしょ」 行雲も定七もニヤニヤしている。智弁と富吉という組み合わせだったのだ。 「サア、お吸い物」 と、定七が汁椀を勧める。 「コリャ何じゃ。魚ではないかよ」 行雲がさも精進を通しているかのように苦情を述べた。 長八がすかさず言った。 「松茸でござります。みなさまのご好物。誰やらのに、よう似ております」 一座は、大笑いとなった。 行雲がころあいをみて、床入をうながした。 「潮時もちょうど芳町。さてさて、わしはともあれ、弁さんは初めての若衆遊び」 智弁は恥ずかしげにうつむいている。 相手の富吉は十四、五歳であろうか。色白で眉目秀麗な上、振袖を着ているため若い娘と見まがうばかりであるが、喉仏の大きさと声の低さだけは隠しようがない。 定七が冷やかした。 「お相方は下りさまのことなれば、まだいとけなきホンモノの色子」 長八と綱介が口をそろえた。 「そんなら、わしらは鬼色子と言うのかえ」 「あんまり違いはあるまいわえ」 行雲が言い返した。 長八と綱介はともに二十歳前後で、陰間としてはすでに盛りをすぎていた。陰間は外見を女らしく見せるため、日常生活でも、とろろ汁、納豆汁、奈良茶漬、蕎麦の類は食べることを禁じられていた。食べるときの所作が下品になるからだった。しかし、長八や綱介くらいの薹の立った陰間になると、平気で食べる。 行雲も定七も、もっと若い陰間としてみたいという気もあるが、いっぽうでは馴染みのよさもある。おたがいに傾向を知りつくしていることの安心感だった。そのため、若い富吉を智弁に譲ったのである。 行雲はやはり智弁が初めてなのが気がかりなのか、そばに寄り、耳元にささやいた。 「田舎などでは、直前に一物に唾をたっぷりと塗りつけたりしますが、ここ芳町では、湿りの薬『通和散』というものを用います」 通和散はトロロアオイの根で作った物で、まず口のなかに入れて溶かし、唾液と混ぜて肛門と陰茎に塗りつけて滑りをよくする、いわば潤滑剤である。別名、「ねりぎ」ともいう。湯島天神下の伊勢七という薬屋が製造販売する物の品質が最高とされていた。 「通和散……」 智弁は当惑し、緊張していた。 行雲が力づけた。 「イヤイヤ、ご案じなさるな。若衆のほうで万事心得ておりますから、客の玉茎にも付けてくださるる。任せておけばよろしい」 「はあ」 「では、のちほど」 と、智弁富吉、行雲綱介、定七長八という組み合わせで、寝床に向かう。 これから、智弁も行雲も定七も、陰間の尻に取り付くのである。 (終わり) 第24話へ |