江戸の風俗八百八店

永井義男


第26話 不忍池(その一)

 現代のラブホテルに相当するのが出合茶屋で、江戸の各所にあった。とくに、現在の東京都台東区の不忍池(しのばずのいけ)の周辺に多かった。

 しのバずの茶やで忍んだ事をする
 不忍といへども忍ぶにいゝところ

 しかし、出合茶屋の構造や外観など、その実態を伝える史料は皆無といってよい。川柳では出合茶屋は格好の題材になっていて多数詠まれているが、内容はほとんど艶笑である。仕組みはわからない。それでも、

 下りしなにはしごをのぞく出合茶屋
 ぬき足で二かいをあるく出合茶屋


 などから、二階建てで、客室は二階にあったことがわかる。
 ところが、もっとも有名な不忍池の周辺では平屋だった。というのは、池の中に足場を作って柱を立て、水の上に張り出すように建てられていたため、土台が軟弱で、二階建ては無理だったのだ。歌川(安藤)広重の『名所江戸百景』の「上野清水堂不忍ノ池」と「上野山内月のまつ」に、不忍池の水面に張り出すように建てられた家屋が描かれている。おそらくこのうちの数軒は、あるいはすべてが出合茶屋であろう。
 なお、部屋代は、ちょっとした酒肴こみで金一分というのが相場だった。
 文政八年(一八二五)ころの、不忍池のほとりの出合茶屋である。


 池の中に小さな島が築かれていた。同じく埋め立てて作られた、島に通じる細い参道には参詣人が絶えない。島に弁財天が祭られていたのだ。
 お杉はいかにも弁財天の参詣にきたという様子で、池のほとりにじっとたたずんでいた。二十代のなかばくらいである。面を伏せるようにしていたが、時々、顔をあげてせわしなげにあたりを見回していた。
 お杉は人ごみのなかに佐吉の顔を見出し、軽く目で合図した。
 佐吉も軽くうなずくと、踵を返してさっさと歩き出した。二十代の後半くらいである。
 女はややあいだをあけ、そのあとに従う。
 佐吉は一軒の出合茶屋の前に来ると、すっと暖簾をくぐって中に入った。
 お杉は男の姿が消えたあと、ことさらに歩調をゆるめた。ぶらぶらと歩いて前まで来ると、同じくすばやく入口に体をすべりこませた。
 暖簾をくぐって中に入ると、小さな土間になっている。
 土間に佐吉が立って待っていた。
 そばに三畳ほどの座敷があり、陰気な老婆が座っていた。「いらっしゃりませ」と声をかけるでもなく、うつむきかげんで、客とはけっして目を合わせようとしない。
「竹の間でございます」
 抑揚のない声で言った。
 お杉は下駄を脱ぐと、土間から上にあがった。廊下が奥に向かって伸びている。ひとりで、竹の間に向かった。
 佐吉は女をさきにやっておいて、老婆から盆にのせた茶器、煙草盆を受け取った。出合茶屋では、客が自分で運ぶ仕組みになっていた。店の奉公人が部屋に行かないようにするためだった。
 煙草盆と茶器を持ち、佐吉も竹の間に向かう。
 老婆が、ふたりが脱いだ麻裏草履と下駄を隠した。他人の目に触れないようにするためと、客が金を払わずに逃げるのを防ぐためだった。
 佐吉は「竹の間」という表示をたしかめ、障子を開けた。
 部屋の広さは六畳ほど。すでに布団がふたつ並べて敷かれ、枕もふたつ置かれていた。
 お杉は窓のそばに座り、障子を細めに開けて外をながめていた。
「おい、何を見てるんだ」
「蓮の葉がいっぱいだよ」
 佐吉は女を後ろから抱きしめながら、同じように窓の障子の隙間から外をのぞいた。
 部屋は水の上に張り出しているため、不忍池の名物である蓮の葉が茂っているのが手に取るように見える。
「暑いわな。もっと開けねえ」
 佐吉が障子に手をかけた。
「駄目だよ。池に舟が出ているわな。見られちまうよ」
 お杉はぴしゃりと障子を閉じた。向き直り、男の胸に体を投げ出しながら言った。
「きょうは、内じゃあ親方のところに呼ばれて行ったから、帰りは遅くなるはな。落ち着いて、たんとやらせておくれよ」
 お杉の亭主は大工だった。きょうは棟梁の家に呼ばれていたのだ。
 佐吉はさっそく女の裾の奥に手をのばした。
「どうだの、このごろは、宿六が少しは勘付いたか」
「ナアニ、あんなのろ助だから、気はつかねえ様子だが、このところ四、五日させねえから、まことに機嫌が悪いよ」
「後生になるから、あいだには一番ずつもさせるがいいぜ」
「おめえさんにさせてからは、しみじみ内にさせるのがイヤでならねえよ」
「おめえのうちの宿六に、おめえのような神さんを持たせておくのは、ほんに惜しいもんだぞ」
 ふたりはおたがいに相手の帯を解き、真っ裸になった。お杉は亭主の留守に佐吉を家の中に引き込むこともあるが、やはり気がかりなため、全裸になるなどという大胆なことはできない。出合茶屋だからこそだった。
 布団の上に横たわり、痴戯が始まる。
「宿六はこういうことをしてくれるか」
 佐吉は女の下腹部に顔をうずめた。
「してくれるもんかね。上にのっかるや、すぐさま入れて、すこすこ腰を使って、自分が気をやったら、あとはもう大鼾さ、あ、あ」
 その語尾がふるえていた。
「ああ、まことにいいよ、アアア、アア」
「どうだ、どうだ」
 男はねっとりと舌を使いながら、じらすように言う。
 お杉が感に堪えぬように言った。
「アア、もう我慢できないよ。早く、入れとくれな。どうも、おめえさんの物を喰っちやァ、内の物はみすぼらしくって、見るのもイヤだぞ」
「あんまりそっちがよがるから、俺もたまらなくなってきた」
 佐吉がのしかかっていく。

                           (続く)


第26話 不忍池(その二)

 佐吉とお杉がからみ合っている隣室でも、真っ昼間から情事がおこなわれていた。
 隣室といっても、襖一枚で隔てられているだけである。あえぎ声などは筒抜けだった。
「あれさ、これ、ムフフフフ、これ伴左衛門や、わらわを淫らな者と、さげすんでたもるなや」
 男の首に手をまわしながら、せつなげに言っているのは、大身の旗本の側室である。きょうは上野寛永寺に参詣するという名目で外出し、かねて馴染みの伴左衛門と不忍池のほとりの出合茶屋で久方ぶりの房事を楽しんでいたのだ。
 れっきとした旗本の側室の外出ともなれば、中間や女中など数人が供につくが、彼らはいま、同じく不忍池のほとりにある水茶屋で汁粉などを食べて待っているはずだった。女中のひとりは主人の密会を知っていたし、手引き役も務めていたが、口は堅い。
 相手の伴左衛門は、歌舞伎役者である。
 若い下っ端の役者や、相撲取りが売春夫で金をかせぐのは珍しいことではなかった。女の側からすれば、いわゆる「役者買い」「相撲買い」である。役者や相撲取りの体を金で買ったのだ。きょうも、出合茶屋の支払いはもちろん側室のほうがするし、別れぎわには伴左衛門に祝儀を渡す。
「わらわはもう、とうからそもじに、アノエエ、はもじいことばかりしやる。アレ、フウフウ、エエ、アレサ、おお、恥ずかしい」
 側室の鼻息が荒くなった。
 伴左衛門は相手の裾をめくって股を広げさせ、その男とは思えない、細くしなる指先で秘所をさすっていく。陰門はぐっしょり濡れていた。
「アアア、久しぶりで、ああ、もう、ふふう、いとしいの」
 側室が男と唇を合わせた。
「こういたしては、どうでござります」
 伴左衛門がことさらに、相手に恥ずかしい体位をとらせた。
「おお、おお、よいヨ」
「そして、こういたしては」
「ええ、ははア、よいヨ」
「そんなら、こういたして」
「ムムム、ふうふうふう」
「さあ、こうして」
「ああ、ははあ、いいヨ、いいヨ」
 側室は隣室をはばかることもなく、思い切り声を張り上げながら、男の背中に回した手に力をこめた。
 いっぽう、伴左衛門と側室が痴戯のかぎりをつくしている隣室でも、お陸と平吉があられもない格好でからみ合っていた。
 お陸は商家の娘である。
 平吉とはかねてから好きあった仲だが、お陸の親が許さないため、外で忍び会うしかない。
 お陸の親がふたりの仲を認めないのももっともだった。平吉は遊び人だったのだ。とくに生業につくでもなく、毎日ブラブラと遊び暮らしている。外で会うときの飲食代はもちろん、出合茶屋の座敷代もすべてお陸が支払っていた。
「こう、昼日中にこういう手際ができるというもんだァ。肥後ずいきの巻きあんばいはどうだ、どうだ」
 平吉は陰茎に性具の肥後ずいきを巻きつけていた。
 肥後ずいきは、里芋の一種「はすいも」の葉茎、いわゆる「ずいき」をさらして乾燥させたものである。これを裂いてふたつにし、陰茎に巻きつけて用いる。交接中、だんだんふやけて太くなるし、芋茎より染み出す粘液が女の官能を高めるとされていた。
 平吉としては女をつなぎとめるためには、とことんよがらせ、男のよさを体に覚えこませなければならない。
「よいネ、よいネ。昼はひとしを、いいわなァ。おっ母さんはきょう、六阿弥陀さまへ行くといいなさったが、エエ、モウ、あのう、フウン、いまごろは四番目あたりへ、ははァ、もしへ、あのネ、どうも格別に、ウウ、行くよ、行くよ」
「待て、待て。こうか、こうか。エエ、俺も行きかかってきた。エエ、行く、行く」
「ふふウ、おまえさんの物が、アア、はあァ、火のように熱くなってきた」
 女の声は随喜の涙でうるんでいた。
 きょうも、不忍池のほとりの出合茶屋は盛況である。

                             (終わり)
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