第29話 吉原Y俗に男の道楽を「飲む打つ買う」という。 「飲む」は酒、「打つ」は博打、「買う」は女郎買いのことである。現代でも基本的には同じであろう。酒、ギャンブル、風俗店というわけだ。 江戸時代は、現代にくらべると娯楽が少なかった。そのため、身分にかかわらず男の娯楽のなかで飲む打つ買うの比重が大きかった。それくらいしか楽しみはなかった、といってもよかろう。なかでも「買う」は、たんに性欲処理というだけでなく、退屈しのぎ、ヒマつぶしという面もあった。 天明九年(一七八九)ころの吉原である。 灯ともしごろ、源吉が日本堤を意気揚々と歩きながら言った。 「おめえ、嚢中はどうだ」 「すこぶる寂しい」 嘉助の答えはあっさりしたものだった。 源吉は内心、嘉助の財布に期待していたのだ。うまくいけば、一杯おごらせるつもりだったのだが、あてがはずれて落胆した。 ともに、浅草あたりの裏長屋に住む日傭取、つまり日雇いの人夫である。年中、つねに素寒貧だった。 源吉は仕事が終わったあと、あるいは仕事がない日は、きまって吉原をぶらつく。といっても、金がないため、登楼はしない。ただの素見、つまり冷やかして歩くだけである。飲食も、安い団子をかじるか、蕎麦をすするのがせいぜいで、めったなことでは金も使わない。あきもせずに毎日、ただ吉原をぶらつくのである。源吉のような男は地廻りとも、「吉原雀」とも呼ばれていた。 ひとりで歩いてもおもしろくないため、源吉はたいてい友人に声をかける。たまたま、きょうは嘉助をさそったというわけだった。 いよいよ、大門である。 「おめえ、吉原の歩き方を知っているか。吉原五町というが、田舎者は回りようが悪いから、同じ町を二度も、三度も回らなくっちゃならねえ。そこで、江戸っ子の俺が案じやした」 源吉がうれしそうにウンチクを語り始めた。 吉原は五つの区画に分かれていて、吉原五町という。伏見町、江戸町、揚屋町、角町、京町である。 「まず、伏見町の下直なところを見る。よしか。それから、江戸町二丁目を見て、すぐに江戸町一丁目に入る。よしか。それから、けつまずかねえように西河岸を突っ切って、京町を通り、羅生門河岸を歩いて、角町を抜けて仲の町へ出る。なんと、感心だろう」 揚屋町こそ通らないものの、ほぼ吉原の中を一筆書きで回る道順だった。源吉は得意満面である。 嘉助が皮肉を言った。 「おめえ、毎晩出るが、素見だろうよ」 「コレサ、静かに言わっせえ。通りの人が聞いて外聞が悪い」 源吉も痛いところを突かれてたじたじとなった。 目の前を、いかにも参勤交代で江戸に出てきたばかりと見える数人の武士が連れ立って歩いていた。 「あれをご覧じなされ」 「うむ、美しいものでござる」 みな、物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回しながら、お国訛り丸出しで話している。 源吉が嘉助の横腹をつつき、ささやいた。 「おい、見ろよ。浅黄裏がいるぜ。どうせ、もてない連中だぁ。ああいう野暮がうろつくから、吉原のガラが悪くなる」 自分のことは棚に上げ、ひたすら田舎者を罵倒していた。 どよめきがあがった。 仲の町に、花魁道中が通りかかったのである。全盛の遊女が、妓楼から引手茶屋に向かうところである。 定紋入りの箱提灯を持った若い者が先導し、遊女が外八文字という独特の足運びでゆるやかに進む。そばに、禿ふたりがついている。あとから、新造ふたりと、遣手が続き、最後に、長柄傘を高々とかかげた若い者が従う。 「おめえ、あの花魁を知ってるか」 源吉が興奮気味に言った。 嘉助はポカンと口を開けて見とれている。 「江戸町一丁目の大見世、岩沢屋抱えの梅川だぁ。いま吉原で全盛の花魁よ。位は昼三だから、揚代は昼だけでも金三分だ。どうだ、驚いたか」 源吉が口角泡を飛ばして解説した。 毎日吉原を歩いているだけに、耳学問とはいえ、とにかくくわしい。まるで、自分が梅川を買ったことがあるかのようだった。 花魁道中を見送ったあとは、妓楼の張見世に並んだ遊女を格子越しにながめ、あれこれと品評する。顔がどうの、姿がどうの、衣装がどうのと、源吉と嘉助の無駄話はつきることがない。 こうしてひととおり見物したあと、吉原雀の源吉はそれなりに満足して家路につくのである。裏長屋に帰れば、古漬けの沢庵などを惣菜にして茶漬けを食べ、あとは寝てしまうだけだった。 (終わり) 第30話へ |