第31話 隅田川
隅田川は水上交通の大動脈だったが、行楽の場でもあった。花見、夕涼み、花火見物、月見、雪見など、江戸の人々は盛んに舟で隅田川に繰り出した。さらに、男女の交合の場でもあった。
天保の改革のときに幕府が出した各種の禁制・布告などを収録した『天保新政録』に、天保十三年(1842)四月に出されたお触れが載っている。 川筋往来いたし候日覆船え、簾をおろし、河岸、橋間等え繋置、中には猥の義も有之哉に相聞候、向後雨雪又は波立候節は格別、寒気の節たり共、平常は簾巻揚置候様可致候。 以下、現代語訳する。 隅田川を往来する屋根舟では、簾をおろして河岸場や橋近くに繋留し、船中で淫らな行為をしているという。今後は、雨や雪、波が高いときを除き、たとえ冬であってもスダレを巻き上げ、舟の中が見えるようにしなければならない。 当時、船中で男女がおおっぴらに交合していたことがわかる。今風に言えば、カーセックスであろうか。 文政十年(1827)ころの隅田川である。 うららかに霞がたなびいていた。 隅田川の土手に植えられた桜は今が盛りである。桜の木の下を、向島まで繰り出してきた花見客が途切れることはない。 隅田川に、花見舟とおぼしき屋根舟が浮かんでいた。中の座敷で酒を酌み交わしているのは、歳のころは三十ばかりの重蔵と、芸者である。 「おい、安公や、柳橋から仕入れてきた肴はおおかたなくなったぜ。面倒だろうが、仕入れてきてくんねえ」 安公と呼ばれた船頭が、 「アイ、おあがんなさいますかね」 と、向島あたりに上陸するかとたずねた。 「いんにやョ、俺があがるのじやァねえが。大儀でも、大黒屋へ行ってきてくだっし」 重蔵は、須崎村にある三囲稲荷近くの料理茶屋で肴をあつらえてくるよう頼んだ。 「アイ、なんぞ見つくろってめえりやしょう」 船頭は舟を漕いだ。 三囲稲荷の近くに停めると、岸にあがって、舟を繋留する。すべて、心得ていた。 「ドレ、お口直しを取ってきやしょう」 と、舟に重蔵と芸者を残して、料理茶屋に向かう。たっぷり時間をかけて戻るつもりだった。 船頭の姿が見えなくなるや、芸者が言った。 「重さん、そっちのスダレを下ろしておしまいナ」 「なぜ」 重蔵がわざと、とぼけて言った。 ふたりはこれまで、船頭の目を盗んでは手を握り合ったり、裾の中に手を入れたりして、さんざんいちゃついていた。もう、男は固く怒張しているし、女のほうも濡れていた。 「なぜってえ、人が見るよ」 「人が見ちゃあ悪いことでもするつもりか」 「エエ、憎い口だノウ。コレ、この口でそんなことを言うのかえ」 女が唇を寄せた。 「もっとこっちへ寄んねえナ」 重蔵はスダレを下ろすと、女の手を取って体を引き寄せる。 舟がグラリと傾いた。 「あれさ、かしぐわね」 女が楽しそうに言った。 舟の傾きにも、いっこうに怖がる様子はない。女は、柳橋の芸者である。隅田川の舟遊びには慣れていたのだ。 座敷の隅に、枕がふたつ置かれていた。 きょう、重蔵と女は柳橋の船宿で屋根舟を雇った。船宿では男女ふたりの客となれば、気をきかせてそっと枕を用意しておく。 「舟がかしぐから、この足を俺の上へこうやって、それ、こう横になって」 重蔵が舟の中での特殊な体位に導く。 女もさすがに恥らった。 「あれさ、そんな無理なことを。痛いわね。アレ、くすぐったい。悪いことばっかり」 重蔵はかまわず挿入するや、 「こう入れておいて、一杯飲むのよ」 猪口に手を伸ばした。 波に揺られ、女と交接したままで酒を飲むなど、これこそ極楽ではなかろうか。 女が喜悦の声をあげ始めた。 重蔵も満悦そうに言った。 「舟でする交合(ぼぼ)は、じっとしていても波が腰を使ってくれるから、どうにも言えねえ妙味だ」 スダレを下した舟が岸辺に繋留されたまま、ゆらゆらと揺れている。 (終わり) 第32話へ |