第33話 新石場(その一)
深川には岡場所が多数あり、俗に「深川七場所」ともいわれた。仲町、土橋、表櫓、裏櫓、裾継、あひる、新石場、古石場、大新地、小新地などが七場所と称されたが、全部合わせると七を超えている。七というのは、一種の語呂合わせであろう。これら有名な七場所のほかに、三十三間堂、三角屋敷、網打場などの岡場所もあった。江戸時代の後期、深川は岡場所だらけと言っても過言ではなく、庶民は女郎屋や女郎と同じ生活空間で共存していた。
七場所のひとつである新石場は、現在の東京都江東区越中島のあたりである。 文政四年(1821)ころの新石場である。 いましも、一艘の猪牙舟が大川(隅田川)から、掘割の大島川に入ってきた。 乗っているのは、直次郎である。年の頃は二十七、八歳、結城縞の小袖に羽織といういでたちで、いかにも育ちがよさそうな、大店の若旦那風だった。 「竹や、少し小早にやってくりゃ。川風が身にしみて、おおきに寒くなってきた」 竹と呼ばれた、船頭の竹蔵が櫓を漕ぎながら言った。 「へえ。風にこじつけて、たいそうお急ぎでごぜえますね」 「よく察してくれた。しかし、急いでくれといっても、昔の身ならまた、そこに訳もあろうが、この身となっては、おさまらねえよ。骨を折らせるばかりで、気の毒だ」 直次郎が自嘲した。 かつてなら、竹蔵に舟を急がせるときには、祝儀として南鐐二朱銀を投げてやったものである。それが、いまは祝儀も出せないという意味だった。 直次郎は新石場の亀屋という女郎屋に、お秀という三年越しの馴染みがいる。夢中になって通いつめ、とうとう親から勘当されてしまった。 いまでは親類のもとにあずけられている身である。きょうは、ようやく金を工面して、かつてよく利用した柳橋の船宿で猪牙舟を雇い、新石場に向かうところだった。 「なんの、若旦那、これくれえのことは、当たり前でごぜえます」 竹蔵は損得抜きを強調した。 もちろん、いずれ直次郎の勘当が許された暁には、これまでにもましてひいきにしてもらえることは計算ずみである。 猪牙舟が亀屋の河岸に着いた。 竹蔵が呼んだ。 「亀屋ぁ、亀屋ぁ」 亀屋から河岸番の若い者が駆け出してきて、舟の艫綱を桟橋の杭につないだ。 「お危のうございます」 若い者の声に迎えられ、直次郎は舟から桟橋にあがる。 そのとき、富が岡八幡宮の鐘がボオン、ボオンと鳴った。 別な若い者が、亀屋の店先の軒提灯に灯をともす。 亀屋の二階座敷は大にぎわいだった。 かるこのお登勢が若い者に言った。「かるこ」とは、二階座敷を仕切る女のことで、新石場独特の用語である。 「コレサ、定どん、定どん」 若い者の定吉が返事をする。 「なんだ、なんだ」 「表座敷のお三人がいま羽織衆がひけたから、中六へお床を廻してくんな。そして、そのついでに、吉野屋のおひとりも、角の八畳へ、兵庫屋のお客と割ってくんな」 「羽織衆」とは芸者のこと、「中六」とは中の六畳、「吉野屋」や「兵庫屋」は船宿、「割ってくんな」は割床にするという意味だった。 割床とは、いわば相部屋である。吉野屋の船で来た客と、兵庫屋の舟で来た客は、屏風で仕切っただけの八畳の部屋で女郎と同衾するわけだった。 「おっと、承知、承知」 定吉が、酒宴が終わった客の寝床を用意する。 (続く) |
第33話 新石場(その二)
直次郎は寝床の上にあぐらをかき、煙草をくゆらせながら、船頭の竹蔵と所在なげに話をしている。
四ツ(午後十時ころ)の鐘が鳴った。 ようやく、お秀が直次郎のいる座敷にやってきた。たったいま客を送り出したばかりのため、床着のままだった。御簾紙を持った片手で着物の褄を取り、片手で障子を開けた。 「おや、竹どん、よく話をしていておくれだの。直さん、今夜はまことにあっちこっちの落ち合いで、間が悪かったよ」 「そう言いなんす口元、目元。ハテ、あざやかなもんだ。直さんが迷ったも無理じゃない。ツトンチャン」 竹蔵は口三味線で、踊る真似をした。 「エエモ、この人はいけ好かねえ。悪い道楽だよ。無駄なことを言わずと、早く下へ行きなよ」 お秀も、竹蔵の冷やかしに怒った真似をする。 「ヘヘエ、きついお急ぎだ。お邪魔ならめえります。しかし、それでは今夜が思いやられる。直さん、気をしっかりお持ちなせえ。命ずくでございます。ヘエ、では、ごきげんよう」 「ムム、早く行って休まっし。あしたの朝は、間違えなく六ツ(午前六時ころ)に頼むよ」 直次郎が起こしてくれるよう頼んだ。 「呑み込みました」 竹蔵は障子を開けて出て行く。 亀屋の階下にある船頭部屋で、ほかの船宿の船頭らと雑魚寝をするのだ。 あとは、直次郎とお秀の差し向かいである。 「ほんに胸が張り裂けるような。わたしという者が世になくば、おまえさんも勘当されることもあるめえし、はかない目にあって、人の家に厄介になることもあるめえと思えば、わたしが憎かろうが、どうぞ堪忍しておくんなせえ。なにを言うも勤めの身、金がなければ会われぬ習い。去年の春の初仕舞、こうのああのと言うたびに、かかるところはおまえさんのふところ。洲崎の涼み、佃の月見と通いなさったその折は、うれしいように思ったが、それがみんなおまえさんの身の滅びの種とはなりました」 お秀は男の膝にすがって涙ぐんだ。 直次郎は女の背中をなでた。 「ナニ、世の中に不幸がなければ孝も知れず、孝がなければ不幸も知れねえ。みんなこれも先の世からの悪縁とあきらめれば、なんのこともねえよ。くよくよ泣かずと、笑い顔を見せてくれ。それより、このあいだも文に書いて寄越したが、親父の病気は少しはいいか」 「きのうも母さんが来て言うには……」 と、お秀は父親の病気と、実家の窮状を述べた。 勘当される前であれば、直次郎は気前よく薬代などを渡してやれたのだが、いまではなにもできない。 涙にむせんでいたお秀がようやく顔をあげた。 「ほんに、わたしは自分の身の悲しいあまりに、久しぶりのおまえさんにまでこんなつらいことを聞かせて、さぞ気になさるだろう。もうもう、よしにして、サアサア、帯を解いて、寝なはらねえか」 「だいぶ夜更かしをした。サアサア、お静まりとしよう」 ふたりは帯を解き、肌と肌を合わせた。 そのとき、廊下から障子越しに、かるこのお登勢が声をかけた。 「お秀さん、ちょっと」 お秀は廻しを取り、別な座敷に客を待たせていた。あまり直次郎の座敷が長いため、別な客のもとにも顔を出すよう、催促に来たのだ。 「アイ、いまに行こうと思っていたところだはナ。騒々しい、静かに呼びな」 お秀は腹立たしそうに答える。 直次郎がやさしくうながす。 「早く行ってやるがいい。先でも、さぞ待ちかねているだろう」 「いっそ、いけすかない屋敷衆だはな」 お秀は、武家の客への憤懣を口にしながら、しぶしぶ寝床から起き上がり、帯を締める。そのとき、袂から手紙のようなものがポロリと落ちた。あわてて拾おうとする。 「おや、いい人からの文か」 直次郎はふざけ半分、横から奪おうとする。 ふたりの取り合いとなった。 その拍子に、お秀の右の腕がまくれた。 「あっ」 直次郎は思わず声をあげた。 右の腕に彫られていた「直次郎二世の妻」という文字が、灸で焦がし、消されていたのだ。 女の右の手を握り締めながら、直次郎は真っ青になった。 しょせん、金だった。勘当された若旦那など、とっくに見捨てられていたのだ。何か言おうと思うのだが、胸の動悸が激しいだけで、ことばが出てこない。 いっぽう、お秀は右手を握られているため、立つに立てない。横目で直次郎の様子をうかがいながら、心の中で対応を懸命に考えていた。弁解、泣き落とし、居直りとさまざまな手練手管があるが、しょせんは男の出方次第である。 (終わり) 第34話(その一)へ |