第36話 芳町U
江戸の川柳や小咄では、芳町と男色は密接な連想となっている。もちろん、芳町が男色地帯というわけではないのだが、陰間茶屋が多かったのは事実である。
芳町に陰間茶屋が多数できたのは、堺町、葺屋町などの芝居町が近いため、陰間の供給が容易だったからといわれている。下っ端の若い歌舞伎役者が、副業で陰間をやって金をかせいだのだ。若いころ陰間をやっていて、のちに高名な歌舞伎役者となった者も多い。 なお、陰間茶屋は陰間を抱えているだけで、客はあげない。遊興する客はいったん専門の料理茶屋にあがり、そこに陰間を呼び寄せて飲食をし、同衾した。そういう手続きが必要なこともあって、一般に陰間買いは女郎買いよりも高くついた。 天保元年(一八三〇)ころの、芳町である。 酒宴もそこそこに、客の紋兵衛は、 「では、そろそろ」 と、女中に床入の用意を命じた。 久しぶりに若八の妖艶な姿を見て、もう下半身がうずくようだった。 「かしこまりました」 と、女中が奥座敷の準備に向かった。 振袖姿の若八は、十六歳である。月代をしていたが、それを紫の布の紫帽子で隠していた。紫帽子は簪で髪にとめている。 客が自分の容姿を見て興奮しているのを、若八もじゅうぶんに意識していた。酒宴のあいだも、ちらちらと流し目を送り、その欲情をあおっていたのだ。 「もしえ、お床がまわりました」 女中が、寝床の準備がととのったことを告げた。 紋兵衛と若八は手を握り合って、奥座敷に向かう。 六畳の座敷には、屏風が立てまわしてあり、内側に布団が敷かれていた。布団の上端には、くくり枕が置かれている。 若八は帯を解き、振袖を脱いで屏風にかけると、 「では、のちほど」 と挨拶して、下着に細帯を締めただけの姿で出て行く。手には、鼻紙と通和散を持っていた。 もちろん、紋兵衛は陰間が何をしにいくのかは知っていた。その様子を想像するだけで、自分の一部が硬直してくるのがわかった。 若八は階段をおりて、階下の手水場に行った。潤滑剤の通和散を口に入れて唾液で溶かしたあと、たっぷり肛門に塗りつけた。こういう見苦しいところは、客に見せてはならないのだ。 手を洗うと、準備完了である。 若八は客が待っている座敷に戻ると、屏風を開けるや、さも恋い焦がれているかのような性急さで寝床にもぐりこんだ。 「きついお見限りさ」 「恨みはもっとも。商用で、ちと旅に出ていたものでな」 紋兵衛が、しばらく足が遠のいていたことを弁解した。 ふたりは唇を合わせる。 若八がそのやわらかい手で、客のものを刺激した。絶妙な指使いである。 「おお、おお」 と、紋兵衛は他愛なくあえいだ。 ころあいはよしと見て、若八は手のひらに唾液を落とした。その唾液を、客の陰茎に塗りつける。 「上におなり」 若八が、自分の上に重なるよう、いざなった。 膝を曲げて腰を持ち上げつつ、若八は紋兵衛の陰茎を手で握って、自分の肛門に誘導した。 通和散ですべりをよくしているため、抵抗なくするりと入る。 「若衆をしてからは、女子はもうちっともうまくはないわい。それに、俺も尻はいくつもしたが、おめえのような菊座はまたとないぞ」 紋兵衛は感に堪えぬように、陰間のよさと、とくに若八がよいことを述懐した。 菊座とは肛門のことである。ひだが菊の花に似ていることからの別称だった。 「おまえさんに会うことだけが楽しみ。末永く、床入してくださんせいなァ。真実、兄さんと思うております。おまえさんも、必ず見捨ててくださるなよ」 「ソレ、ソレ、もう、いきそうになってきた。くわえて、引っ張るようだ。テモ、まあ、惜しいもんだが、いかずばなるまい」 客がのぼりつめているのを見て、若八があわてて言った。 「おまえさん、約束のものを忘れないでおくれよ」 じつは、紋兵衛に新しい衣装をねだっていたのだ。 金品をねだるときは、客が早くしたいと、じれているときを狙わねばならない。いったん目的を果たすと、客も急に気持ちが冷めてしまうのだ。 「もう、なんでもよいぞ。おまえのことだ、なんとでもするわい。ソレ、ソレ、ソレ、いく、いく、いく」 「オオ、いとしいわいなァ。モウ、モウ、いとしさが増して、どうもやるせないぞ。おお、嬉し、いとし、こりゃもう、どうしょうぞいの」 下から、若八が興奮をあおるようにささやき続ける。 紋兵衛は「お、お、おぉ」とあえぎつつ、果てた。 若八としては満足だった。とりあえず、客から「もう、なんでもよいぞ。おまえのことだ、なんとでもするわい」という言質を取ったのである。 (終わり) 第37話へ |