江戸の風俗八百八店

永井義男


第37話 柳橋U(その一)

 柳橋では金さえ払えば、船宿の二階座敷、小料理屋や茶屋の奥座敷などは男女の密会に供された。いまのラブホテルに等しい。
 本来ラブホテルに相当する出合茶屋が男女の客を受け入れるのならともかく、表向きは普通の営業をしている船宿、小料理屋、茶屋が同時に裏の営業もおこなっているのだから、それだけ淫蕩な町だったといえよう。
 文政四年(一八二一)ころの柳橋である。

 小舟町に大和屋という塩問屋があった。主人は四十歳くらい。女房はお万といい、三十一、二歳。夫婦のあいだに、子供はなかった。
 あるとき、お万の夫は商用のため、一泊の予定で神奈川に向かった。出立したのは早朝である。
 その日、昼過ぎから、急に風が強くなってきた。
 江戸では、風が強くなると人々はまず火事の心配をする。ちょっとした失火がたちまち大火事に発展するからだった。
「旦那が留守のときに、この風だ。こんなに取り散らかしていてはいけない。ちっと片づけておこう」
 お万は、着物などをひとまとめにした。いざというときの用心に、早手回しに土蔵に収納しておくことにしたのだ。
「これ、定吉、これを蔵へ運んでおくれ」
 と、着物などを丁稚に持たせると、土蔵の二階にあがった。
 着物を箪笥にしまったり、そこらを整理したりしながら、なにげなく言った。
「コレ、定吉や、おまえは今年、いくつだっけの」
「アイ、十七でござります」
「むう、ほんにそうだっけの。そして、おまえは女の肌に触れたことはあるか」
「いいえ」
 定吉は顔を赤らめて下を向いている。
 お万も、初めのうちはごく軽い気持ちだった。
「なあに、知らぬことはあるまい」
「いいえ、ほんに存じませぬ」
「どれ、知ったか知らないか、見てやろう」
 お万は男の裾から手を入れた。
「あれ、およしなされまし」
 定吉はあらがいながらも、若いだけに、陰茎はすでに硬直していた。固くなった陰茎を握られ、顔は真っ赤になった。
「おや、おや、これほどな物であろうとは思わなんだ。これがまあ、子供の物か。旦那の物よりも大きいくらいだぞ」
 当初は冗談半分、からかい半分だったお万も、ここにいたっては、もうあとには引けなくなった。
 このところ、夫との夜の営みはめっきり減っていた。お万も、若い男をためしたいという誘惑には勝てなかった。
「こんないい道具を持っていて、女の肌を知らないですむものか。あたしが教えてやろうから、言う通りにしやよ」
 お万はその場に定吉を押し倒し、仰向けにさせた。裾をめくり、ふんどしを剥ぎ取ると、のしかかる。
 挿入した途端、ほーッと大きなため息が出た。
「どうだ。なんとも、悪いものではあるまい。これが茶臼というものだ。これからちょっ、ちょっと教えて、じょうずにしてやろう。それ、こう、こう」
 上にのって、お万が腰を使う。
 定吉はあっという間に果てた。
「あまり長くいると、誰ぞ気がつくと悪い。まあ、きょうはこれぎりにして、また、いい時分があれば、教えてやるからな」
 お万としては不満が残ったが、その日はそれで終わった。というより、つぎの楽しみができたともいえた。
 夫が神奈川から戻って、数日後のことである。
「もし、おまえさん、きょうは二十八日だから、不動さまへ参ってきやしょう」
 お万が夫に言った。
 寺社の参詣となれば、夫もなんの疑問もいだかない。
「うむ、行ってきさっせえ」
「これ、定吉や、きょうは留吉は洗濯もので忙しいから、おまえが供をしや」
 お万はお供に、定吉を指名した。
 これまで、女房が外出するときのお供は丁稚の留吉の役目だったが、あらかじめお万が洗濯を命じておいたのだ。
「そんなら、行ってめえりましょう」
 お万は定吉を引き連れ、小舟町の店を出た。


                            (続く)


第37話 柳橋U(その二)

 お万が向かったさきは、柳橋だった。
 かつて大和屋で女中奉公をしていた女が柳橋の小料理屋に嫁入りし、いまは女将をやっていた。これまで外出のおりに何度か訪ねたことがあり、二階座敷が男女の密会に供されていることを小耳にはさんでいたのだ。
 お万も、不忍池のほとりに出合茶屋が軒を連ねていることは知っていたが、まだ入ったことはない。初めての自分が年下の男を出合茶屋に連れ込むなど、とてもできるものではなかった。そこで、柳橋を目指したのだ。
 お万が暖簾をくぐってなかに入った。
「どうだえ、変わったことはないかえ」
 小料理屋の女将は、かつての女主人のお万をにこやかに迎える。
「おや、おかみさん、よくおいでなさいました。へえ、まあ、おあがりなさいまし」
 定吉を見て、女将が言った。
「おや、きょうはお供が違ったね。留吉どんは、どうしやした」
「なに、留はの、きょうは忙しいから、この子を連れてきたのさ。これ、かみさん、ちょっと耳を貸しな」
 お万は女将をそばに呼び、耳元でささやく。
 女将は、驚いた様子は毛筋ほども見せない。万事呑み込んでいるという顔で、
「へいへい、では、二階においでなさりまし」
 と、こともなげに答える。
 これも、接客の秘訣だった。客にきまりの悪い思いや、恥ずかしい思いを極力させないためである。
 女将が先に立ち、お万とふたりで二階にあがる。定吉は階下に取り残された。
 しばらくして、女将がひとりで階段をおりてきた。
「これ、定吉どんとやら、おかみさまが用があるとおっしゃるから、二階へ行きな」
「へい」
 定吉が二階にあがった。
「定吉や、定吉や、ここへきや」
 お万が奥の座敷から呼ぶ。
 定吉が中に入ると、昼間にもかかわらず、窓の障子はピタリと閉じられているため、薄暗い。広さは六畳ほどである。すでに布団が敷かれ、木枕がふたつ並べて置かれていた。
 お万がものも言わず定吉を抱きしめ、口を吸った。 
「おかみさま、ここの内は、お心安い内かえ」
布団の準備がしてあることから、定吉もこれからおこなわれることはほぼ察しがついていた。
「むむ、ここの女房は、以前、大和屋で奉公していた女さ。いまはちと訳があって、内へ出入はしないが、あたしはどこぞへ行くとき、ここの近所を通るといつでも寄るのさ。とんだ気のいい通り者さ。それだから、おめえのことも打ち明けて、頼んだはな。このあいだは、帯も解かず、せわしなかった。それに風が吹いて気が散るし、根っから身にならねえによって、きょうはゆっくり、気遣いなしに楽しもうと思って、ここに来たのさ。あたしがまた、よおっく教えてやろうから」
 定吉はもじもじしている。
 お万は自分の帯を解いてしまうと、男の帯も解いてやった。
「さあ、ここへ来や」
 布団に横たわり、お万が呼びかけた。
 定吉が、遠慮がちに添い寝をする。
「コレ、女と寝たらの、すぐに取り掛からずにの。マア、この手を出しや」
 お万は男の手を持ち添え、自分の乳房にあてた。前戯から教え込むつもりである。
「コレ、この乳をこうすると、どんな女でも、くすぐってえようで、いい心持ちのようで、アレ、アレ、もう、どうも、それでよい。それから、この指で、ここをの」
 続いて、男の手を自分の下腹部に導く。
「これ、ここが核(さね)と言う。それ、グリグリするだろう。そこをいじられると、女はモウモウ、こたえられることじゃあねえ。それ、ヌラヌラするであろう。そこで、ぐっと奥のほうまで指を入れてみや。それから、また、ふちのほうをソロソロといじったり。アアア、もうどうにもならねえ」
 お万は喜悦の声をあげながら、男をひしと抱きしめ、口を吸った。たっぷり前戯をさせるつもりだったのだが、もう我慢できなくなってきた。
「さあ、入れてみや」
「アイ」
 定吉がのしかかる。
「入れるときはの、乱暴に入れずに、ぬるゥ〜と入れや。そう、そう、アアアア、アアア、イイイ。おまえもよかろう。あたしは、体が溶けるようだよ。そう、そう、すかり、すかりと腰を使いな。同じ動きではいけないよ。深く入れたり、浅く入れたりして、変化をつけな」
 お万はひたいに汗を浮かせ、髪を振り乱している。
 定吉は無我夢中だった。
「アア、ムウ、それ、いいよ。あれ、どうしたらよかろう。アア、イイ。もう、稽古どころじゃねえ。枕草子に『死ぬ、死ぬ』と書いてあるが、死ぬのはこんなにいいものかしらん。それ、またいいよ。おまえはどうだ」
「アイ、わたくしも、いっそよくなります」
「そんなら、マア、待ちや」
 お万が上半身を起こし、男を座らせた。
「これが居茶臼と言うのだ。サア、こうしてまた、やらせてくりゃ。しっかり、しっかり腰を使いや。おお、そうそう、おまえは器用者だぞ」
「あああ」
 ついに定吉も果てた。
 ふたりはがっくりと横になり、荒い息をしている。
 お万は御簾紙をもんでやわらかくすると、自分を拭き、男の物も拭いてやった。
「ちっと休もう。これ、茶を入れてくりゃ」
 定吉が茶碗に茶を注ぐ。
 お万は茶を飲みながら、片手で男の物をいじりまわしていた。しばらく休んだあと、もう一番、できるものならあと三番くらいはするつもりだった。
 ようやく作った機会である。また、女将には謝礼として南鐐二朱銀を二枚、合わせて金一分ははずまねばなるまい。
 この際、とことん楽しまなければ損である。
 定吉は若いだけに、回復も早い。やはり茶を飲みながら、刺激を受けた部分はもう硬直してきている。
「おやおや、しゃっきりとしてきたの」
 お万が目を細めた。
                          (終わり)
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