江戸の風俗八百八店

永井義男


第38話 湯島天神(その一)

 東京都文京区にある湯島天神は、初詣の場所として有名である。学問の神様ということから、受験生や、その親の参詣も多い。
 江戸期は湯島天満宮と呼ばれていた湯島天神は、富籤(現在の宝くじ)興行でも知られている。天保の改革で富籤が禁止されるまで、抽籤の日には境内は群集で埋め尽くされた。また、門前町には男色を売る陰間茶屋が軒を並べ、ラブホテルに相当する出合茶屋も多かった。学問の神様の門前は、淫蕩な歓楽街だった。
 文政八年(一八二五)ころの、湯島天神の門前町である。


 房吉がお末の上に重なっている現場に、女房のお花がいきなり障子をあけ、踏み込んできた。
「あっ」
 房吉もお末も、あまりのことに、ことばもない。
 お末は、お花の実の妹で、夫婦と同居していた。
 房吉は義妹と浮気をしていたのだが、家では思うようにはできない。そのため、きょうは出合茶屋で逢引をしていたというわけだった。
 かねてから、お花は、夫と妹の行状に疑いをいだいていた。きょう、外出する夫にあやしいと見当をつけ、こっそりあとをつけていたのだ。
 すると、湯島天神の雑踏で待ち合わせていたふたりは、そのまま門前町の出合茶屋に入っていくではないか。
 お花は、こみあげてくる怒りをじっと抑えた。なまじすぐに踏み込んでは、内密の話をしていたなどと誤魔化されるかもしれない。言い逃れのできない現場を押さえようと思ったのだ。そこで、しばらく待ち、ころあいはよしと見て、そっと出口から入って階段をのぼるや、ふたりが交合しているところに闖入したのである。
「ほんに、ほんに、ほんに、まア、おめえさんは、なんのことだのう。まことに、あきれて、物が言われねえよ。きのうの晩、わたしと二番したではないか。いい加減、飽きそうなものだ。ちっとは義理ということを知りなせえ。ほんに、おめえさんは、おめえさんは、馬鹿馬鹿しい」
 お花は寝床のそばに座り、夫をなじった。
 息がはずみ、言っていることも支離滅裂である。
 房吉は、逃げ出そうとする義妹をとどめた。
「アア、これ、お末、うろたえて逃げずともよい。今、抜かれてたまるものか。これ、かかあどん、静かにしろえ。外聞が悪い」
 この期におよんでも、きちんと射精するつもりである。しかし、挿入したままの陰茎はさすがに急速に萎えてきていた。
 お花が激昂した。
「静かにしろ、だって。あきれらァ。おめえさん、外聞の悪いということを知っているか。馬鹿馬鹿しい、ほんに、ほんに馬鹿馬鹿しい」
 怒りの矛先は、妹に向かった。
「このガキもガキだ。てめえの姉の亭主をつかまえて、よくこんな真似ができたものだ。馬鹿馬鹿しい。これ、このザマぁ、見られるか見られねえか、見やァがれ。うぬめ、どうするか、どうするか見ろ。もう、内には置かれねえ。たった今、母さんの所へ出て行きやがれ」
 お末は男に組み敷かれたままの姿勢で、必死に謝った。
「姉さん、堪忍しておくれよ。わたいは、そんなことをしては姉さんにすまねえから、イヤだと言ったけれども、兄さんが無理にしなんしたから、それでわたしも、したのだわね。どうぞ、堪忍しておくれ。拝みますから」
 お花が夫の肩をゆすぶる。
「ほんに、ほんに、おめえさんはそういう人だ。みんな、おめえさんの咎だ。こいつも悪いが、元はみんな、おめえさんが悪いのだ。まことに、あきれ返る人だぞ。そして、そのザマはなんだな。早く抜きなせえ。馬鹿馬鹿しい」
 ふたりはまだ挿入したままだったのだ。
「仕掛けて途中で抜くと、淋病になるというから、ひょっと淋病になると、おめえにも不自由をさせねえけりやァならねえから、ちっとの間辛抱して、大目に見てくれろエ」
 房吉はまだ、最後をまっとうするつもりである。
 お末は上になった男を懸命にどかせようとするが、身動きが取れない。
「アレサ、もう、わたいはそれどころではねえ。いっそ、怖くってならねえよ」
「それでも、もうふたつ、みっつ腰を使えば、気がいってしまうものを。ヨウ、かかあどん」
 房吉が女房に許しを請う。
 お花もついに、夫の頭を張り飛ばした。
「ならねえよオ、馬鹿馬鹿しい。おめえさん、目を開いて自分のザマを見なせえ。なんというザマだァ」
「ボボをするというザマさァ」
「やかましい。黙んなせえ。ほんに、わたしの妹なら、おめえさんのためにも妹だ。きょうだいでそんなことをして、畜生のようだぞ。口をきかずに、早く抜きなせえ」
 お末も下から、泣き声で懇願した。
「早くどうかおしよ、兄さん」
「せっかくいきかかったものを。チョッ、いめえましい」
 房吉もとうとうあきらめ、お末の上からおりた。それでも、ふてくされている。まるで、邪魔をした女房が悪いといわんばかりの態度だった。

                              (続く)


第38話 湯島天神(その二)

 房吉とお末の密会現場にお花が踏み込み、三人がののしり合っている隣室では、佐太郎とお夏が、われ関せずと抱き合っていた。
 ふたりは恋人同士である。
 親の目を盗んで、時には女の家で忍び会うこともあるが、なかなか落ち着いてはできない。そこで、きょうは出合茶屋で思う存分に堪能しようというわけだった。
 座敷と座敷の境は襖一枚のため、大きな声をあげると隣室には筒抜けである。
隣りで派手な痴話げんかがおきているのはわかっていたが、佐太郎とお夏はいっこうに気にならない。もう、夢中になっていた。せっかく出合茶屋に来たのである、隣室の騒ぎなどに気を取られて集中できないようでは、金を払う意味がないというものだった。
 昼間だけに、お夏も抵抗した。
「そんなにしては、いっそ恥ずかしい。アレサ、見てはいや。アレサ、見ちゃあ、どうもいや」
 佐太郎がなだめた。
「見たとって、減りやしめえし、いいわな。たとえどのような恥ずかしいことでも、かまわず、打ち解けてするのが信実というものだよ。恥ずかしがっているうちは、まだ実が薄い」
「それだと言って」
 お夏は恥ずかしがりながらも、男の要求にこたえて、大胆な姿勢をとった。
 窓の障子はピタリと閉ざしているが、日の光が障子紙を通して差し込み、座敷の中をほの明るく照らしている。
 佐太郎は、女の秘部を昼の明かりのもとにむき出しにした。
「湯島天神の一の富は百両だが、俺にはおめえの開のほうがよほど値打ちがある。こうしてくじるのは千両、入れたら万両だァ」
 男の指の動きにつれ、お夏があえいだ。
「エエ、モウ、アア、どうも、まことによくって、よくって。きょうはもう、どうしたのだねえ」
 歯を食いしばり、声を立てないようにしようとするのだが、お夏は我慢できなかった。頬は紅潮し、鼻息が荒い。
 佐太郎がわざとからかう。
「おめえ、このごろじゃあ、ほんとうにできるのう。そんなによがるのを、誰が教えた」
「おや、憎らしい。おまえさんが教えておいて」
「ナニ、誰かほかにする者がいるだろう。こねえだ、新道の湯屋の前で、羽織を着たいい男と話をしているのを見た。怪しいやつだ。あの野郎にも、こうしてさせるのか」
「アア、モウ、憎らしい。ありやァ、長唄のお師匠さんの所の息子だはナ。いい加減にお冷やかし。そんなことを言うと、食いついてやるよ。エエ、モウ、じれったい」
「サア、しっかり食いついてくれ。下の口で」
 ふたりは肌と肌を合わせた。
佐太郎がゆっくりと挿入していく。
 お夏はひたいに皺を寄せ、両足で締め付けながら乗り出した。
「ア、ア、ア」
 それまでにじゅうぶん濡れていただけに、ふたりはまたたくまに上りつめた。
 終わると、佐太郎が女からおりる。
 ふたりはぐったりとして、並んで横になった。
 おたがいに懐紙で後始末をするでもなく、そのまま余韻にひたっている。
「アア、モウ、俺も、きょうのようなことはなかった。これが、本当の開のうまみだァ」
「モウモウ、どうしてこんなにいいものだねェ。こないだまでは、なんだか皆が『気が行く』の、『いい心持ち』だのと言うが、根っからわからなかった。ただヒリヒリするようで、つまらないものだと思ったハ。指でくじってもらうほうがなんだかいいようだっけが、恥ずかしいねえ、きょうというきょうは、なんとも、たとえようがないわな」
「いやでか」
「エエ、モウ、憎らしいネエ」
 お夏が横目でにらみ、男の肩口を軽く噛んだ。
「痛い、痛い」
 佐太郎が女を引き寄せる。
 ふたりは唇を合わせた。
 若いだけに、回復も早い。
 佐太郎は、もう一番できそうだと思い始めていた。

                              (終わり)
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