江戸の風俗八百八店

永井義男


第42話 吉原](その一)

『傾城秘書』と題する奇書がある。著者も画師も不詳だが、序文には安政六年(1859)と記されている。
 内容は、吉原の遊女に接客の秘伝を説いたものである。
 同書のなかから、客を類型に分け、それぞれの落とし方について述べたところを、以下に紹介しよう。現在にも通じるものがあるようだ。けっきょく、人間の本質は変わらないということか。
 なお、筆者が現代語訳をしたが、読者にわかりやすくするため、多少の説明を補ったし、逆に煩瑣なところは割愛した。


 芸自慢の客

 宴席などで、客が浄瑠璃などの芸事が好きで、内心ではかなり自信を持っていると見たら、床入をしたとき、こう切り出すべきである。
「わたしはお世辞を言うのは嫌いでございますから、正直に申しますが、腹を立てないでくださいましね。あなたのお顔には惚れませんが、芸には真実、惚れました。あなたような芸達者な方と朝夕一緒に暮らせるなら、人間こんな楽しみはございますまい」
 しみじみとした口調でこう言われると、客はこう考える。
「なるほど。俺の顔に惚れたなど言うのは嘘にきまっているが、俺の芸に惚れたと言うのは、真実味があるな。それに、芸に惚れたなぞ、この女、なかなか見る目があるし、おもしろいな」
 もう、客は女郎が嘘をつけない性質と思い込み、しかも自分の芸をほめられて有頂天になり、あとは身代のありったけをつぎ込む。


 顔自慢の客

 自分の容貌に自信があり、色男とうぬぼれている客には、変にもったいぶらず、まっすぐに切り出すべきである。
 寝床で、うっとりしたように言うべきだ。
「もし、あなたのような美男と暮らせるなら、わたしは銭金はいりません。どのようなご機嫌もとりましょう。あなたのようないい男と一生暮らすのが女の本意ですが、しょせん、磯の鮑の片思いでしょうねぇ」
 こう言われると、客は生来のうぬぼれ心をくすぐられてよい気分になり、それからは足繁く通ってくるであろう。


 実直で教養のある客

 生真面目で、学問も修めているような客には、こう言うとよい。
「わたしは正直に申し上げます。あなたの男ぶりに惚れはいたしませんが、真面目で親切なご気性と、いろんなことを知っておいでになるのには、まことに感心いたします。そもそも、女というものは心の狭いものでございます。あなたのような物知りさまのお側にいて、いろいろと教えていただいたら、どんなにか心が広くなることでございましょう。なんぼう男がよいといっても、浮気者を亭主に持てば一生胸を焦がさねばなりません。それにひきかえ、あなたのような頼もしいお方のお世話になれば、一生安心して暮らせましょう」
 と、心の底から信頼しているように言う。
 すると、客はこう思うであろう。
「なるほど、この女の言うとおり、俺は堅い気性だし、学問も修めている。たしかにあたっている。遊女は浮気者で、金のある色男になびくのが常と聞いていたが、堅い気性と学問のあるところを見込んで俺に惚れたというなど、なかなか見上げた女だ」
 客は自分が正直な性格だけに、この女郎も正直に違いないと思い込み、もう夢中になる。


 男気のある客

 男気があり、気前がよいことを誇りに思っている客には、つぎのように持ちかけるとよい。
「あなたのように気ッ風がよくては、つまらぬことに出費がかさんでしまいましょう。少し、お気をつけなさいまし。しかし、あなたのような度量の大きい方のお世話になり、一生添い遂げることができましたら、親たちも呼び寄せることもできましょうに。世の中は思うようにはいかぬもので、先日来、わたしを引こうの、請け出そうのと言ってくださるお客があり、ずいぶん男っぷりもよい方なのですが、気の小さい、心の狭い人なので、わたしもためらわれてなりません。その人の世話になると、肝心の親たちにも一生不自由させるであろうと思い、それがいやなのでございます。わたしはこういう気性ですから、男っぷりや金には興味はありません。あなたのような気の大きな方に世話になり、親たちの面倒もみてもらえればと、そればっかりを朝晩、神様にお祈りしております」
 と、しんみりと孝女の心情を述べる。
客はこう思う。
「なんと、感心な女ではないか。これほど親孝行であれば、きっと亭主も大切にするであろう。それに、親子ともども俺の世話になりたいというのだから、俺の気性に惚れたというのは嘘ではあるまい」
 その後は、熱を上げて通いつめるようになる。
       
                            (続く)


第42話 吉原](その二)

 しみったれな客

 しわん坊の客には、こう言うとよい。
「あなたのようなしっかりしたお方の女房になりましたら、一生不自由はいたしますまい。わたしは女郎の浮ついた暮らしはいやで、一日も早くこの花街(さと)を出たいと願っております。それにつけましても、つい先日、あるお客からわたしを請け出して女房にしたいというご相談もあったのですが、そのお人は山師とやら、相場師とやらいう稼業で、気ばっかり大きくて堅実なところがございませんので、とても長く夫婦として添い遂げることはできまいと思い、見世の親方を通じて、お断わりいたしました。やはり、連れ添うならば、つつましい、物堅いお方でなくてはなりません。実の父さんや母さんからくる手紙でも、針仕事や洗濯、飯炊きの稽古をしておくようにと、きびしく言われております。わたしは女郎こそしておりますが、世帯の持ちようの稽古もしておるつもりでございます」
 と、真実らしく述べる。
すると、客はすばやく頭のなかで勘定し、納得する。
「女郎に似合わぬ、堅実な女だ。このような女であれば、世帯を持ってもぜいたくはするまい。それに、親の教えもなかなかよい。もとは、それなりの身分だったのであろう。こういう女だからこそ、俺のような男に真実惚れるのだろうな」
 あとは、一文惜しみの百知らずになり、せっせと通い詰めて、けちなくせに大金を投じる結果となる。


 通人ぶった客

 粋な江戸っ子を気取って、あちこちで聞きかじったことをさも得意げにペラペラしゃべる客は、このようにあしらうとよい。
「あなたは本当に、なんでも知っておざんす。さすが江戸っ子でございますね。わたしなど、しょせん田舎者。あなたのような通人には、さぞあちこちに熱をあげている女がいるでございましょう。ほかにたくさんお相手がいるのは重々承知の上ですが、わたくしのような者のところにも、時々はおたずねなすってくださいまし」
 このように下手に出て、物知りぶりに感心してやり、通人で江戸っ子だといううぬぼれをくすぐってやる。
そうすると、客は女郎が自分に惚れたと思い込んで有頂天になり、あとはせっせと通ってくるものだ。


 金持ちの客

 金持ちの客には、はっきり金のありがたさを言うのがよい。
「わたしは、世の中に金ほどたっといものはないと存じます。地面屋敷や食べ物、衣装は申すに及ばず、地獄の沙汰も金次第というたとえもあるくらいで、金さえあれば命も助かるというのが、この世ではございませんか。あなたのようなお金持ちのお側で一生暮らすのこそ女の本望でございますが、とてもわたしなどお気に入りますまい。ホンに、じれったいことでございます」
 このように、まともに金の値打ちを認め、ほめそやす。
 客はこう思う。
「俺の気っ風に惚れたなどというのは、嘘くさい。けきょく、金が目当ということが多い。しかし、このようにあからさまに俺が金を持っていることをほめるのを見ると、正直な女だな。けっきょく、金を持っている俺に惚れたということだ」
 そして、熱を上げて通ってくるようになるものだ。


 まだまだそのほかに、色々様々なお客あるゆえ、酒好きは酒の相手、下戸のお客は下戸のようにあしらい、よくよく心得、お客を大切にいたし申すべし。穴かしこ、穴かしこ。


                             (終わり)
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