江戸の風俗八百八店

永井義男


第46話 野外

 野外での交合を俗に「青カン」という。もとは「青姦」で、おそらく青空の下でおこなう姦淫という意味であろう。
 本来、人間の祖先は青カンをしていたはずだが、もちろんそれは原人のころ。「人間」になってからは、夜、屋内で秘めやかにおこなうのが原則となったが、青カンがなくなったわけではない。現代でもおこなわれている。家ではできないが、かといってラブホテルに行く金がないとか、スリルを楽しみたいとか、山歩きをしていて我慢できなくなったとか、理由はいろいろであろう。
 江戸時代は、青カンが盛んだった。住宅環境が劣悪だった反面、夜になればちょっと人家から離れると外は真の闇だったからだ。いきおい恋人同士の婚前交渉や、不倫の男女の逢瀬は青カンとなった。とくに農山村では、恋人同士や若い夫婦は田畑のまわりの草むらなどで思い切り交合し、これは「野良出会」と呼ばれた。
 さて、江戸とその近郊のホタルの名所として、斎藤月岑著『東都歳時記』は王子あたり、谷中蛍沢、高田落合姿見橋あたり、目白下通り、目黒あたりの田畑、隅田川堤などを挙げている。
 文政八年(1825)ころの、谷中蛍沢(現在の東京都台東区谷中の蛍坂のあたり)での青カンである。


 姉妹と男ふたりの、合わせて四人がホタル狩りをするため、日が暮れるのをみはからって谷中の蛍沢にやってきた。みな浴衣に下駄ばきで、団扇やホタル籠を手にしていた。
 お勝とお玉の姉妹は女だけでは物騒なので、近所に住む辰次と富蔵を誘ったのである。
 さきほどから夜道を歩きながら、お玉と辰次はそっと手を触れ合ったり、指を握ったりしていた。ふたりは恋仲だったのだ。
 蛍沢には、ホタルが光を流しながら群れ飛んでいた。あちこちで、やはりホタル狩りにきた男女の歓声が上がっている。
「まあ、きれいだねぇ」
 お勝がうっとりしたように言った。
 富蔵がさっそくホタルをつかまえ、
「お勝さん、見なせえ」
 と、自慢らしくホタル籠に入れた。
 お勝も富蔵もホタルに夢中になっている。
 それを見て、辰次はお玉の手を引っ張った。じつは、夜道を歩きながら、どうにかしてお勝と富蔵を出し抜き、ふたりきりになりたいと、そればかり考えていたのだ。
 お玉も男の気持ちはわかっているため、黙ってついてくる。
「ここなら、いいや」
 辰次が女を引っ張りこんだのは、ちょっとした空き地だった。片側に柳の木が数本立って、目隠しの役を果たしている。
 さきほどから、辰次は興奮しきっていた。さっそく女の裾をめくり、体をかがませようとした。
 唇を合わせたり、いちゃいちゃするのならともかく、野外で交合をしようとしているのを知って、さすがにお玉も抵抗した。
「アレサ、辰さん、およしよ。こんな所で、恥ずかしいわな」
「ナニ、かまうもんか。姉さんも富公も、あっちの方へホタルを採りに行って、ここには誰も人はいねえ。こんな事でもしねえくらいなら、谷中くんだりまでわざわざ付いてくるものか。面白くもねえホタルを採って、いったいどうするもんでい」
 辰次はひたすら、いどみかかる。
 お玉はなおも渋っていた。
「それでも、ここじゃあ、わっちはイヤだよ。犬じゃあ、あるめえし」
「犬でねえ代わりに、俺が馬だからいいじゃねえか」
「冗談じゃねえ。姉さんでも来たら、どうする」
「ナアニ、ふたりともホタルを追っかけているから、滅多に来るもんじゃねえ。しかし、富公もすばやい男だから、存知のほか、姉ごをつらめえて、始めているかもしれねえぜ」
 そう言いながら、背後から女の秘所を指でくじった。
 お玉もついに承知し、
「しょうがないねえ。みんなの来ねえうちに、早くおしよ」
 と、地面にかがんだ。
「サア、サア、もっと尻をあげねえ。コレサ、地面に手をついてささえなけりゃあ、着物が汚れらあナ。気のきかねえ」
 と、姿勢に注文をつけながら、女の両脚を開かせ、強引に後ろからのしかかろうとする。
 お玉もカッとなり、
「なんだァな。そんなに叱らずともいいじゃねえか」
 と、手で背後を払った。
 その手がピシリと、男の睾丸をはじいた。
「あいたたたた……」
 辰次は思わず、悲鳴をあげた。
 ふたりの横をスーッと、ホタルの光が流れていく。

                             (終わり) 第47話へ


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