第47話 隅田川U(その一)
江戸時代、隅田川に浮かんだ舟は男女の出会いの場として利用された。現代のカーセックスに相当するであろう。
天保元年(1830)ころの隅田川である。 「なんと、気散じに舟で向島へ一見、おのおの、いかがか」 非番の勤番武士の三人連れだった。 江戸暮らしが長い大西が誘うと、園田と植木のふたりは「なんと、よかろう」と、すぐに賛成した。 こうして初夏の行楽をしようと、三人で藩邸を出て、柳橋までやってきたのである。 勤番武士は金に余裕がないものと相場が決まっていたが、三人は藩邸内の増改築工事を監督する役職にあり、商人からふんだんに付け届けがある。ふところも温かかった。 「舟はよしか、舟はよしか」 と、通行人に声をかけていた船宿の亭主も、相手が武士と見て、口調をあらためた。 「お舟はよろしゅうございますか。すぐにできます。もしもし、旦那」 大西が問う。 「じきにできるかの」 「ハイハイ、すぐでござります」 「そんなら、頼む」 「サア、屋根一艘、早くせい」 亭主が船頭の三吉に命じた。 三吉がさっそく屋根舟の用意を始める。 「モシ、旦那、御酒はいかがでござります」 亭主が、舟に酒と肴を用意するかどうかをたずねた。 「言わでも知れたこと。早く言いつけてくりゃ」 「お酌取りは、よい妓がござります」 と、芸者も勧める。 「そうさ、三筋もなくては寂しい」 大西は芸者を呼ぶことも承諾した。 亭主が言った。 「コレ、三吉、お菊さんを見て来い。すぐに来なと言え。てめえが、三味線箱を持ってこい。供はいらねえと言え」 「ハイハイ、かしこまりました」 三吉は顔をほころばせ、近くの芸者置屋に走った。じつは、芸者のお菊と恋仲だったのだ。心の中では、「しめた、マがよければ、きょうは一番できるぞ」と張り切っていた。 表から、声をかけた。 「お菊さん、お客だよ。向島だ。早くしたくをして、おいでよ」 お菊も船頭が三吉と知って、顔を輝かせた。 「いい都合だ。ちょうど、三味線を箱にしまったところだったよ」 「箱は、わっちが持って行きやしょう」 「そんなら、お頼みだ。まあ、お待ちよ。着物を着るばかりだ。一緒にまいろう」 と、お菊が手早く着替える。 「そんなら、早くなせえやし」 三吉は玄関で待ち受ける。 お菊は帯をしめると、駒下駄に足をのせた。 「ハイ、行ってまいります」 置屋の女将が玄関まで見送りに来て、火打石をカチカチ鳴らして火花を散らした。 駒下駄をカラコロ鳴らしながら、お菊は船宿に向かう。あとに、三味線箱を持った三吉が続いた。 船宿の亭主が、お菊を桟橋に案内する。 「もう、旦那がたは舟だ。早くお乗り」 「アイヨ」 と返事をしながら、お菊は屋根舟に乗り込んだ。 三人の前に出ると、手をついて挨拶をする。 「みなさま、よういらっしゃいました」 大西が目を細めた。 「おいでだの。もっとこっちにお寄り」 「恨みっこのないように、真ん中にいたしましょう」 と、お菊は三人からはほぼ等間隔に座った。 芸者だけに、その辺はソツがない。 「豪儀に気がきいておるの。とかく世の中は、女でなくてはいかぬわい」 大西が言い、あとのふたりも笑った。 船宿の女中が舟に酒と肴を運びこんだあと、三吉が棹で岸を突いて、舟を出した。 神田川を下った舟は、隅田川に出て行く。 (続く) |
第47話 隅田川U(その二)
お菊が酌をして、三人は酒を呑んだ。
舟遊びは初めての園田と植木は、隅田川からのながめにしきりに感心している。そんなふたりに、大西も満足そうだった。 盃が回ったところで、お菊が三味線を取り出し、俗曲を唄った。 「旦那、どこに着けます」 三吉がたずねる。 大西が答えた。 「どこでもいいが、連れがまだ麦斗庵を知らぬというから、そこにしよう」 麦斗庵は、向島の料理屋「武蔵屋」のことである。 「よろしゅうござりやす」 三吉が櫓を漕ぎ、やがて舟が河岸場に着いた。 舟からあがると、そろって武蔵屋に向かう。 女将が満面の笑みで、 「お客だよぅ。これは、いらせられました。奥座敷にいたしましょう」 と、三人を迎えた。 すでに顔なじみのお菊は、女将にあいさつした。 「お久しゅう」 「このほどは、お遠々しゅう」 「ハイ、わたしが来たくても、お客しだい」 「さようさね。さあ、さあ、あちらへ」 と、女将がみなを奥座敷に案内した。 酒と料理が次々と出てくる。 三人は大いに呑み、食べた。 お菊が席を立ち、手水場に行く。あとから、そっと三吉がついてきた。 用を足して出てきたお菊に、三吉が廊下の隅で抱きついた。 「きょうは、いいあんばいだの」 「そうさ、わたしも嬉しかったよ」 三吉が唇を合わせながら、裾を割って指を入れてきた。 お菊がその手を押さえた。 「ここでは、できねえよ。あの客人をおだてて、堀からチョウにやって、ふたりで帰ろう。そうすりゃ、道々、好きなことができるはな」 堀とは山谷堀、チョウ(町)とは吉原のことである。 「俺もそう思っている」 「ここを早く切り上げて、おだてれば、客人もチョウに行く気になるのさ。そりゃ、わたしが心得ている」 お菊は廊下で三吉と別れ、座敷に戻ると言った。 「みなさまは、お泊りかね」 大西が酔いで赤くなった顔で答えた。 「とんだこと。しかし、おまえひとりで、三人のまかないができるなら、泊まろう」 「淫乱じゃあるまいし」 「それでも、女郎は三人くらいは廻しを取るぞ」 「そりゃ、おまえさん、商売だもの。わたしなども座敷によっちゃあ、十人でもお客の相手をいたします」 「腰が抜けはせぬか」 「冗談ばっかりお言いだね。芸者は、そのほうはきついご法度。わたしも男なら、これからすぐに吉原に行きますけれども、女という者はつまらないものだねえ。今度は男に生まれましょう」 すでに酔いがまわっているため、園田も植木も口々に言う。 「女のほうがいいじゃねえか」 「なぜにえ」 「女は誰にでもさせようと思えば、好きにさせられる。男はそうはいかぬ」 「それでも、女郎買いに行ってごらんなさい。好きな女とできます」 「そりゃ知れたこと。花魁から、小見世、切見世、二十四文の夜鷹まで、好きにできるから面白くないのじゃ。女房などは一文も払わずに毎晩好きにできるゆえ、珍しくない。それゆえ、いい女房を持ちながらも、男は女郎買いに行くのじゃ。花魁でも夜鷹でも、開(ボボ)は同じことじゃが、ただ心持ちだ。家で呑む酒はうまくないというのは、酒飲みの癖。それと同じじゃ。女もそうであろうよ。亭主とするより、間男とするのは格別よいそうじゃ。これも心からさ。おまえも亭主を持ったら、間男しそうな顔付きじゃ」 「いやなことをお言いだねえ。そんな淫らな女じゃありませんよ」 お菊がツンとした。 大西がふたりに言った。 「無駄口ばかりきくより、さあ、舟に乗ろう」 先ほどからお菊にあおられて、その気になっているようだった。 (続く) |
第47話 隅田川U(その三)
武蔵屋の女将や女中が河岸場まで来て、
「みなさま、お静かに」 と、一行を見送る。 舟が河岸場を離れた。 大西も園田も植木も、かなり酔っていた。 大西がお菊を誘った。 「このまま屋敷に帰るというのもつまらんものじゃ。吉原を見物するとしようか。おまえも一緒に連れて行こう」 園田と植木も、 「そうだ、そうだ、一緒に行こうではないか」 と、誘った。 「チョウへ行って、見物だけで帰るお方はないもの。女郎衆は芸者なんぞとは格別違っておりますとさ。それに、女が行くと、女郎衆が嫌がるということでございます」 お菊はあれこれ理屈を並べて、吉原へ同行するのを断わった。自分が吉原に行くのをあおっていただけに、冷や汗ものだった。 やがて、山谷堀が近くなった。 大西が三吉に命じた。 「船頭、堀に着けてくれ」 「ハイ、ハイ」 三吉は内心、しめしめという思いである。 舟が山谷堀の河岸場に接岸し、三人はあがった。 「そんなら、おさらばよ。また、後日」 「うらやましいねえ」 と、お菊が別れの挨拶をした。 三人は山谷堀から日本堤を歩いて、吉原に向かう。 あとは、船頭とお菊のふたりだけである。 「出しとくれ」 「承知、承知」 舟が山谷堀を離れ、隅田川に出て行く。 はた目には、いかにも船頭が芸者を送っていくところに見えた。 三吉は櫓を漕ぎ、勝手知ったる静かな岸辺に舟を着けたあと、女のそばににじり寄ってきた。 「うまくいったやつさ」 「ソリャ、如才ないよ」 お菊がほほえんだ。 唇を合わせる。 三吉は女の着物の裾をまくり上げると、奥のほうに手をはわせた。しだいに、お菊の鼻息が荒くなってきた。それでも、芸者だけに、髪や衣装への気配りは忘れない。 お菊は髪を乱さないよう三味線箱にかじりつき、帯は解かずに着物の裾を大きくまくり上げて、尻を男のほうに向けた。 「早く入れておくれよ。けさから、待ちかねていたわな」 「俺もそうよ。武蔵屋の手水場でくじったときから、一物が勃ちどうしだぁね」 三吉がお菊の背後からとりつく。 ふたりの動きに合わせて、舟がゆらゆらと揺れた。 川のなかだけに、隣近所をはばかることなく声もあげられる。ふたりは思い切り気を遣った。 終わったあと、お菊が、 「まあ、お待ちよ」 と言って、鼻紙を取り出し、男の一物をきれいにふいてやった。 「さあ、腰が軽くなったぁ」 と言いながら、三吉が櫓に取り付く。 「さあ、帰るばかりだ」 お菊は髪や裾の乱れを直している。 舟は一路、柳橋を目指す。 (終わり) 第48話へ |