第48話 吉原XU
吉原は、現在の東京都台東区千束の地にあった。俗に「浅草の観音様」と呼ばれる浅草寺の、ちょうど裏手にあたる。一帯はいま、ソープランド密集地帯となっている。
江戸期、吉原は江戸市中からはかなり離れており、辺鄙な場所だった。そのため、男たちは両親や妻などにいろいろな口実をつけて外出し、吉原に向かった。口実に使われたのが、いわゆる「かこつけ場所」である。 風俗店遊びで帰宅がおそくなったときの言い訳が残業、不倫の相手と旅行をするときの理由が出張などという現代の「かこつけ」と、基本的には同じといえようか。 四季折々の、かこつけ場所をめぐる川柳を紹介しよう。 花見 花見の時期は、春情のきざす時期でもある。江戸とその近郊に桜の名所は数多いが、なかでも墨田堤は吉原に近いことから、かっこうのかこつけ場所となった。 高声で花見花見とさそうなり ことさらに大声で、「花見に行こうぜ」と、友達を誘っているわけである。 ばかりではいやだと桜連レがなし 友達を本当の花見に誘ったところ、「花見ばかり(だけ)では、いやだ」と、連れになるのをつれなく断わられてしまった。 梅屋敷 現在の東京都江東区亀戸の地に、「梅屋敷」という梅の名所があった。歌川広重『名所江戸百景』中の「亀戸梅屋鋪」に、臥竜梅という名木が描かれている。 臥竜梅見て妙計をたくむなり 梅屋敷で臥竜梅を見て、吉原に行く計画を練る。臥竜は三国志で有名な軍師諸葛孔明のこと。諸葛孔明なみに作戦を練るわけだ。 正燈寺 現在の台東区竜泉にある正燈寺は紅葉の名所だが、吉原にほど近いことから、かこつけ場所の代表格でもあった。 やぼをいやれ松とう寺直ク通り 松とう寺(正燈寺)の前まで来て、「せっかくだから、紅葉を見ていこう」と言う仲間を、「おめえ、野暮を言うんじゃねえよ」と叱り、吉原へ直行というわけだ。 しやうとうじ様御かへりと女房すね 正燈寺にかこつけて吉原に泊まり、朝帰りをすると、「正燈寺からお帰りですか」と、女房がすね、皮肉たっぷりに迎える。 浅草寺 十二月十七、十八日は浅草寺で年の市がおこなわれた。この年の市に正月用品を買いに行くというのも、かこつけに用いられた。 浅草の市に一向用ハなし 市で買物はせず、裏手の吉原に直行である。 市に無ものをむす子ハかいに行キ 市でも売っていない女郎を買いに、息子は吉原に行く。 長命寺 長命寺は現在の東京都墨田区向島にあり、名物の桜餅で知られる。 かぎつけて女房ハ喰ぬ桜餅 長命寺にかこつけて外出し、ちゃんと土産に桜餅も買って帰ったのだが、女房は吉原に寄ってきたと察して、ツンとして食べようともしない。 富士塚 江戸期は富士信仰が盛んで、各地に富士塚(人工の富士山)が築かれた。なかでも、浅草の富士権現は吉原に近いことから、かこつけ場所だった。 二三疋蛇を頼むと横へ切れ 旧暦六月一日の山開きは富士権現の祭礼で、麦ワラで作った蛇が土産品として有名だった。 数人で浅草の富士権現に詣で、土産の麦ワラ蛇も買った。帰途、当然のごとく吉原へ行こうとすると、ひとりはそのまま帰るという。 「じゃあ、これを持って帰ってくれよ」 と、自分たちの土産の蛇二、三匹を押し付け、道を横に折れて、吉原へ向かうのである。 萩寺 江東区亀戸の竜眼寺は萩の名所で、別名萩寺として知られていた。 萩寺へ内義の首がかしぐなり 夫が萩寺に萩見物に出かけてくると聞いて、「あやしいな」と、内儀が首をかしげている。 葬礼 千住から山谷にかけては寺が多く、焼場もあった。吉原にも近い。そのため、葬礼はかこつけになり、寺や焼場はかこつけ場所となった。 上下とうそをかかえてともかへり 旦那は葬式のあとで吉原に寄る。供の丁稚小僧などは、旦那の脱いだ裃(かみしも)と言い訳の嘘をかかえて、さきに店に帰るわけである。 大一座数珠をとん出すふざけ客 葬式帰りの一団が吉原に繰り込んだ。ひとりがふざけて、座敷で数珠を出して見せたのである。女郎は「縁起でもない」と、顔をしかめたであろう。 日本人の宗教と売春に対する意識はなんとも野放図と言おうか、おおらかと言おうか。しかし、原理主義的な厳格さがないことは、少なくとも市民の生き方としては楽なのではあるまいか。 (終わり) 第49話へ |