第49話 正直な女郎(その三) 
下谷広小路あたりの、けころを置いた女郎屋へ、加賀金沢(石川県金沢市)藩前田家の足軽らしき男が遊びに来た。
足軽が帰ったあと、女は鼻紙入れを忘れているのに気づいた。急いで追いかけたが、もう姿はない。
「そのうち、また来るであろう。そのとき、渡そう」
と、女が中身をあらためると、金はなくて、谷中の感応寺の富札が一枚はいっているだけだった。
女は鼻紙入を親方にあずけた。
その後、足軽はいっこうに来ない。名前もわからないため、届けようもない。
親方は富札をそのままにしておくのも気がかりなため、富くじの抽選日になると、いちおうたしかめておこうと、谷中の感応寺に出向いた。すると、一の富に当選していることがわかり、賞金の百両を得た。
親方は仰天し、
「これは大変だ」
と、金沢藩や、支藩の加賀大聖寺(石川県石川市)藩前田家の屋敷などにそれとなく問い合わせたが、足軽のことは皆目わからない。
「きっと、これは感応寺の仏さまのご加護であろうよ」
親方は女郎屋を廃業して、けころを女房にした。
その後、その百両の金を元手にして感応寺の門前に酒屋を開業し、ふたりは富裕な暮らしをしたという。
(筆者曰く)
その一からその三まで、根岸鎮衛著『耳袋』に拠った。
著者の根岸鎮衛は江戸町奉行を務めた幕臣である。『耳袋』は、当時の見聞や風聞を書き留めたもの。
さて、第一話から第三話まで、場所や人物こそ変わっているが、筋立ては同工異曲である。しかも時期がはっきりしない。実話というより、美談を求める江戸市民が創造した、一種の「都市伝説」であろう。少しずつ変形しながら語り継がれるというわけだ。
なお、この三つの話はそっくり、『岡場遊廓考』にも収録されている。
『江戸の風俗八百八店』の連載を締めくくるにあたり、美談で掉尾を飾ることにした。
長いあいだ、ありがとうございました。
(終わり)
|