江波戸哲夫

2010年1月1日更新

100 喫茶店を巡って 

 仕事場の近くにある喫茶店が、いつの間にか3つになった。

 3年ほど前にできた「Y」は、歩いて7〜8分のところにあり、60代のママが1人で切り盛りをしている。
 ママは、若い頃まず喫茶店で働き、小料理屋の女将へと出世し、その後美容院も経営し、バブル期にはスナックのママもやっていたという経歴にふさわしい雰囲気と容貌を持っている。
「Y」は日、月、火と週に3日も休日を設け、ときどき10日ほどの長期休暇もとる。2度目の夫とあちこちに旅行に出かけ、いくつかの習い事をし、踊りの発表会などもある。
 スナック時代にがっちり溜め込み、そのホンの一部の資金で開店した「Y」は、稼ぐ必要のない趣味となっているようだ。
 営業を始めた当初、客もあまり来ないので、2人だけの店でよくママの身の上話などを聞かされた。
 スナック経営の秘訣やら、子育ての苦労やら、離婚、再婚の経緯やら、都合の悪いところを隠そうとする人ではないので、その話は一級の人生ドラマ。一つくらい紹介したいが長くなるので省略。
 そのうちここに近所のアラセブンが集まるようになった。この人たちと話を合わせるのはけっこう難しい。話題選びから困ってしまう。こっちは原稿書きの疲れを和らげる散歩のついでなのだから、そんな気を使いたくなくて、今では足が遠のいてしまった。
 たまに電話がかかってきて呼び出されるが、そういうときはチョコレートくらい持っていかなければという気になるくらい敷居が高くなっている。

 1年半ほど前、歩いて5分ほどの公園の向かいにできたドッグ・カフェ「R」は、脱サラした40代のマスターが1人でやっている。
 勤めを持っている妻がたまに手伝っているが、最近になって私の職業を知られたとき、マスターが笑いながらいった。
「どういう仕事の人なのかと妻と話していたんですよ」
 私はいつもごく普通のファッションで13:00前後に行っている。
「それで?」
「歯医者さんじゃないか、ということになったんです」
「どうして?」
「いえ、白衣を着ていないから、そんなことはないと分かってはいたんですが、なんか雰囲気で」
「へーっ」と驚いた。そんな職業に見られたことはない。歯医者さんみたいな雰囲気があるとは知らなかった。

 1年前、これは歩いて4分のところにできた「S」はワーカーズ・コレクティブだそうだ。定年退職したばかりの男のTさんが中心で、45〜65歳くらいの女性が替わりばんこに店員を務めている。
 ここのコーヒーはめっぽう美味である。
 店においてある『コーヒー入門』によると、コーヒーの味は主に「豆の鮮度」「ハンドピッキング(悪い豆を取り除く)」「品種にふさわしい焙煎」「湯の温度&注ぎ方」で決まるようだ。
 それを忠実に守っているから美味なのだ。
 よく「コーヒーの通は、砂糖もミルクも入れない」などというが、ここのコーヒーなら通でなくても砂糖もミルクも欲しくない。そんなことをしたらせっかくの美味が損なわれてもったいないと、通でない私が自然とそう感じる。
 普通の喫茶店のコーヒーの多くは鮮度が低く、悪い豆も一緒に焙煎されているから、苦いので、砂糖とミルクでそれを誤魔化さなくてはならないのだそうだ。

 この辺りは昼間人口も夜間人口も少ないから、3つとも客の入りはあまりよくない。
「Y」は趣味なのだから、まあ、このままでいいのだろう。
「R」ではマスターと2人きりの時、経営のてこ入れ策を話し合うことがある。時々「ああ、それはいいですね」というアイデアが出るが、マスターはなかなか実行に移さない。
 慎重な人なのか、本当は賛成ではないのに話を合わせているだけなのか、判別できていない。
「S」は客寄せのため、来年から「大人の学校」というイベントを定期的にやりたいそうだ。お客を中心とした色んなジャンルの人に、面白い体験を話してもらうのだという。来春、開講するが、もういくつかラインナップも決まっているようだ。
 私にチラシを見せて意気込みを語るTさんの顔に(この人も参加してくれないかな)と描いてある。
(それにしてもこの人は何をしているんだろう、聞いてもいいだろうか、なんか聞いちゃいけない事情があるだろうか)
 そう思ってその先を言い出せないでいるということも描いてある。
 こっちから「やりましょう」と言い出す気はないが、「何かやってくれませんか」とはっきりいわれたとき、やってみたいことが頭に浮かばないでもない。
 何人かと共同作業をする面白さはサラリーマン時代から知っている。余計なことに関ると時間とエネルギーを取られてまずいな、と尻込みする気持ちも一方にある。
 どうなることか、新年のちょっとしたテーマである。
    *
 ところでこの「仕事場日記」もマンネリになってきましたので、100回という切りのいい今回限りで、休載させていただきたいと思います。雑誌は休刊=廃刊ですが、私の場合はどうなりますやら。主宰と寄稿者の皆様のご健闘を念じております。


前回のお話は、こちら


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