江波戸哲夫

2009年11月1日更新

98 全体像へと至る道のり 

*月*日
 夕方から、作家、編集者4人で飲み会。
 昔はよく仕事が絡んだり遊んだりした同世代だが、近年は1年に1回ほどの飲み会しか顔を合わせることがない。
 難しい話もすこしやったが、後半は当たり障りなくはしゃげるワイ談が多くなった。
 芸能界のホモ人別帖……、女が天井まで飛んだとSは例年のもちネタをこりずに繰り出してきた。
 おじさんたちの飲み会で、ワイ談は(巨人軍より)永遠に不滅です、である。

 3次会で共通の知人・Aの話題が出てきてびっくりした。
 A、凄い酒乱らしい。私以外はみなそれを見聞きしていてこもごも語る。
「Aの奴、酒を飲んでいてある量を超すとコロッと変わるんだよ」
「ホステスに、おめえグラスの置き方も知らねえのか、と口汚く罵るんだ」
「ぼくはタクシーで一緒に帰ったことがあるが、途中で運転手に絡み始めた。お前、いまどこ走っているか知っているのか? おれは三流運転手の車には乗りたくねえんだときた。あわてて引き摺り下ろしてもう少しで殴るところだったよ」
 私は数年前まで二人で一緒によく飲んでいたけど、そんな場面は見たことがない。そういうと、
「あれは弱いものいじめなんだ、エバトさんには見せないよ」
 私のほうが彼らより少し遅い時期にAと付き合っている。たぶんAも年で丸くなっていたのだろうが、一度くらい見せて欲しかった。

*月*日
 午後、取材。
 私の取材は、相手に話を聞きながらノートにメモを取る、というやり方である。これが一般的と思うが他の人の取材方法はよく知らない。
 テープを採ることもあるが、それを聞き直すには時間がかかるので、編集部で起こしてくれるとき以外ほとんど使ったことがない。

 あとで自分にしか読めないメモ書きを見ながら、パソコンで取材原稿に起こす。メモ書きのままでは使い物にならない。(新聞記者などメモをそのまま使っているようだが、それでは可読性が低く参照するのに不便だろう?)
 この際、取材時にわかったふりで聞いておいたもの(いちいち質していたら時間がいくらあっても足りない)をネットで調べて取材原稿にコピペするか、プリントアウトする。
 こんなときネットはすこぶる強力である。
 取材中、まったくわからなかったことを片言隻句でも書き留めておくと、たいてい検索できて目からうろこが落ちる。
(あ、こんなことだったのか?)
 ネットで関連事項をそれからそれへと辿っていったら、取材は何倍でも豊かになる半面取材原稿がいつまでも完成しないことになる。

(群盲、象をなでる)という言葉は差別用語なのだろうか?
 これはふつう否定的な意味に使うのだろうが、取材しているときこの言葉が浮かぶことがある。
 取材とは、「群盲」ではないが「盲」の状態から、めったやたらにあちこちをくり返し撫で回して象の全体像を知ろうということだ。
 天才は1を聞いて10を知るのかもしれないが、天才ならぬ身にこれが全体像にいたる唯一の道だ。単純で当たり前で手間ひまかかるが、必ず効果がある。

 いま私はある象をなでている。撫ではじめて2月近く経つ。
 いままで闇雲に撫でてきたところが互いに関連を持ってきて、象の全体の見当がつくようになってきた。
 霧の中から怪物?が大きな姿を現してくるようで、このあたりが一番面白い。


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