米山記念奨学会

米山梅吉氏
日本以外の国籍を有し、ロータリークラブの存在する国または地域から日本の大学院、または研究所に、留学または研究のため在籍している外国人に対し、国際理解と親善に寄与することを目的とした日本のロータリー独自の国際奨学制度。
奨学金の支給、留学の目的を達成するために必要な医療費の補助、学会、見学、研修等への出席補助のほか、奨学生一人一人に世話クラブおよびカウンセラーを定め、相談相手になっているのが特色である。
大学院、学部、クラブ米山、地区米山、特別米山等の奨学制度があり、毎年約1,100人に支援をしています。
 米山奨学生の紹介
李月さん 李 月(り ゆぇ)さん
略歴:
1988年 中国白求恩医科大学歯学部卒業
1988年〜1992年 中国白求恩医科大学口腔医学院助手
1995年 中国白求恩医科大学大学院卒業
1995年〜1996年 中国白求恩医科大学口腔医学院講師
1996年〜1997年 日本朝日大学保存学講座客員研究員
1997年〜2001年 日本朝日大学大学院歯科研究科大学院生

1999年〜2001年度のロータリー米山奨学生
来 日 雑 感
私の故郷は中国の東北地方の長春で、1930年代に日本に統治されたことがありますから、色々なところに日本の面影があります。日本人が造った道路や丈夫な建物などがまだ残っています。子供の時に教科書や映画などから学んだ日本はあまり良くないと思っていました。偶然に中学校では外国語として日本語を勉強するようになり、日本人、日本の歴史、文化、富士山、桜などが頭に溢れて、それらに対する感情も親しみに変わってきました。
ちょうどその時に数十年間閉鎖されていた中国のドアが開き始め、外国の情報や商品がどんどん流れ込むようになり、だんだん日本に対する悪いイメージも無くなってきました。日本が分かるにつれて、先進国、美しい国と言われる日本に留学することは大学時代の私の夢になりました。
運よく、ついに実現した。四年前の九月に、初めて祖国と離れ、緊張と不安な気持ちで関西空港に降り立ちました。「熱烈歓迎―李月先生」と書いてある紙を挙げていたお迎えの先生たちと会った時になんとなく親切な感じがして、ほっと落ち着きました。それから、あっという間に四年が経ちました。その間に私費留学生として言葉や生活や勉強などの面で、心のやさしい日本の方々に助けて頂きました。何度も挫折しかかったのですが、皆様の温かい支援に支えられて、今まで健康で楽しく毎日を過ごしています。さらに留学生を温かく支援してくれている米山の奨学生になることができ、ほんとうに感謝の気持ちで一杯です。
生活環境から見ると日本は空気も新鮮だし、水もそのまま飲めるし、治安もいいし、とても住みやすい国だという気がしています。日本人は、狭い道路で車が来ないことが確実なのによく信号を守って、誰かが見ていなくても規則を守る精神を持ち、真面目で良質で丈夫な製品を作ることに感心しています。
日本の発展の速度は速いと感じます。例えば、四年前日本に来た時に携帯電話を持っている人はそんな沢山いませんでした、今では小学生でも携帯電話でメールをやってます。
また、日本の外国語ですが、色々な電気製品の説明書や製品販売会社のカタログなど、半分以上がカタカナで発音した外来語で書かれています。そして、新聞でも時々沢山の外来語を使っていました。これは日本人が外国語の使用を通して外国のことをよく理解しようとしていると考えます、これが日本人の国際化の意識だと思います。
日本に来てから、日本の社会と人のいい面と悪い面を見ました。日本が素晴らしい国で、日本民族が偉い民族であることには異論がありません。祖国を離れて、日本から祖国を見ると祖国のことがよく分かるようになりました。自分の人生にとってもいい体験ができ、私にとって日本の留学生活は一生の宝だと思います。これからまだ2ヶ月の留学生活を送りますが、日本の進歩した学術、文化など、できるだけ沢山のことを勉強したり、聞いたり体験したり、教えて頂いて帰りたいと思っています。
李月(り ゆえ)さんは、めでたく歯学博士の学位を取得され、中国へ帰国されることになりました。
帰国にあたって本巣RCの例会に出席され、お礼の挨拶をされました。ご紹介します。
お礼の挨拶   平成13年3月27日  米山奨学生  李 月

学位を取得し笑顔の李月さん2年間に米山奨学金のおかげさまで、経済面で困らないからやりたいことが精一杯やれるようになりました。ほんとうにいろいろな勉強になりました

皆さんのおかげさまで、ほとんど寂しさ、ホームシックなど感じなく、温かい環境で最後の2年の留学生活が過せました。いまもうこの国が大好きになり、離れたくない気持ちで一杯です。

よろこびや悲しみを分かち合えた体験は、私にとって大きいな心の支えとなっております。これも皆さんがいればこそと、心より感謝しています。

日本での研究生活といろいろな体験は帰国後必ず役に立て、生涯の財産にしたいと思います。皆さんと付き合えることと4年の留学生活が自分にとってすべてが宝物です。この宝物を大切にしてこれからも精一杯頑張っていきたいと思います。

最後に、いろいろと面倒を見て下さった私のカウンセラー渡辺先生と皆さんとにあらためて深く感謝申し上げます。本当に有難うございました。
私は帰国後、深?市内の総合病院で勤めることになりました。お近くにおいでになられましたら訪ねて下さい。  
それでは 再見 (原文のまま)

 本巣ロータリークラブの皆様へ    米山奨学生 李月より
いつもお世話になった米山奨学生李月です。4月に帰国してからこちらの様子を一日も早くお知らせしなければと気にしていたのですが、つい仕事が落ち着かないし雑事に追われ、今日まで延び延びになってしまいました。

誠に申し訳ございません、お許しください。皆様には如何お過ごしでしょうか、お伺い申し上げます。

日本へ行く前の就職先の白求恩大学(現在は吉林大学)では、博士号を持つ人は職員を辞めることがなかなか難しいです。

主人と二人同時に辞めるということで、もっと難しくなりました。長い時間いろいろと努力してやっと辞めました。

8月10日吉林省長春市から広東省深せん市へ引越ししました。16日から深せん市蛇口人民病院に勤め始めました。
ここの残暑はまだまだですよ。毎日30℃ぐらいで、エアコンしないと眠れないです。岐阜はいかがですか?

皆様と別れてもう5ヶ月になり、一緒に例会に出席したことなど、よく夢を見たんですよ。2年間大変お世話になり感謝の言葉もございません。いろいろな事を思い出して懐かしいです。ほんとうにありがとうございました。

深せん市は移民都会です。あちこちから来た人ばかりで、現在600万人ぐらいのまあまあ大きい都会です。山と海があるので環境がまあまあいいです。今後、デジタルカメラで写真をとって送ります。

ゴルフ場とゴルフ練習場がいくつかありますよ。皆様、是非、深せんに遊びに来て下さい。楽しみにしています。

では、健康とお幸せをお祈りします。