| アバ庭vsオド庭 |
昨年(2000年)、私は恥ずかしながらも実家のアバ庭(リンク解除、詳細はモ本100,101頁参照)を公開してしまいました。これが予想以上に反響を呼びました(?)ので、今年もまたやってみようと思います。撮影日は2001年8月16日の朝。咲いている花の種類や庭のつくりなど、基本的には、昨年と全く変わりありません。花壇の作り方ですが、クレオメやハツユキソウ、ヒマワリなど一年草は、こぼれダネから芽生えた苗を適宜間引きしたり、ちょっと場所を移したりして咲かせたものと聞きます。アバが言うには、「花っこは黙ってらたって咲ぐがらえなだのも、他の草になば参ってしまう。してゃっこ油断しぇばベロベロおがるおんで・・・(※)」だそうです。とすれば、これは徹底した引き算のガーデニングと言うことになります。
※日本語訳: 花は黙っていても咲きますから問題ないのですが、他の草(雑草)には参ってしまう。ほんの少し油断するとベロベロ生長して来るんです。
相変わらず、クレオメやハツユキソウ、ヒマワリが旺盛ですが、
今年はルドベッキア タカオが加わってます(まん中の黄色小花)。
ヒメヒマワリとハツユキソウ。バックはリンゴ畑です。 おやっ。変な花が・・・。
右上の変な花の正体はヒオウギでした。
終わった花はあのように捻れるんですね。地面を埋め尽くすのはマツバボタン。日照りが強いほど元気と聞きますが、
朝の撮影なので開花はイマイチ。
以上、今年のアバ庭をお目に掛けましたが、ここは、元々は、私の父(以下、オドと表記)が造った和風庭園でした。オドは四半世紀ほど前から、百姓の合間を縫って、庭師のアルバイトをしております。「(^^;)親方がら教えてもらった造園技術が勿体ねえ、わえの庭でもやってみるべー。」と、十数年前、わざわざ築山し、石灯籠を置いたり、松を植えたりと、オドはオドなりに一生懸命頑張ってたようです。ところが、アバは、オドのそのような庭造りに批判的でした。最初は(`◇´)悪態をつくだけだったのですが、十年前、ついに\(`◇´)行動を起こしました。その引き金になったは、たぶん息子の私のGウイルス感染だったと思います。当時、私は借家住まいで植え場所も無いのに新しい植物はドンドン買う。当然、植物が少し増えたり、飽きたりすると、誰かにあげるか捨てるしかないのですが、さいわい実家が比較的近いので、もっぱら実家に運んでおりました。アバにとっては、わざわざ買いに行かなくとも、珍しい花がドンドン飛び込んで来ますから、こんなにいいことはありません。このことが自らの野望を実現する格好の口実になったようです。かくて状況は一変。(^o^;)あれよあれよと言ってる間に、\(`◇´))))アバは快進撃。オド庭は、ナント!203高地(築山)の頂まで、アバ好みの草花達に占領されてしまったのです。
そんなわけで、うちの実家では、かつての和風庭園としての庭姿は、晩秋と春先のごく限られた時期にしか拝めなくなりました(冬場は積雪で参拝は困難)。
下の写真二枚は、アバ庭を、トップ写真とは少し違う位置から写したものです。チョンマゲなどから、かつてオド庭(和風庭園)だったよすがを感じ取って頂けましたら(^^;)これ幸いです。
褐色のヒマワリの丈は3mを優に越えてました。その後や右にはチョンマゲが!
(^^;)まだ結構、チョンマゲが残っておりまする。
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(本頁は2001/08/25に初アップしました。)