現在、浜北駅前には、再開発で建設された、大型複合施設「なゆた浜北」が建っています。 このため、かつて駅前に残っていた、日清紡績浜松工場への引込線の跡は完全に消滅してしまい、確認することは出来ません。
なゆた浜北が建設される以前の地図を見ると、本線から分岐して大きくカーブしていた引込線の跡が、はっきりと確認できます。
なゆた浜北の西側には、「二俣街道」または「二俣西街道」と呼ばれている道路(国道152号線)が南北に走っています。 この二俣街道を渡ったところに、引込線跡を利用した道路が残っています。
センターラインの無い、道幅の狭い道路で、一方通行になっていました。
引込線は、別のページで紹介している、「西遠軌道」の線路と並んで引かれていたようです。
この写真の場所はこちら線路跡の道を更に北西に500mほど進むと、道路は右にカーブしていきますが、歩道が不自然に広くなっている場所があります。
引込線は、この歩道のところに敷かれていました。(下の航空写真のB地点)
ちなみに、右にカーブしていく道路は、西遠軌道の線路跡を利用して作られています。
上の写真の奥側から、浜北駅方向を見た写真です。
引込線は、倉庫のような建物の右側から、手前に向かって敷かれていました。この場所は、現在、日清紡績関係者の駐車場になっていました。(下の航空写真A地点)
排水路に鉄橋の跡が残っていないか、探したのですが、何の痕跡もありませんでした。
この写真の場所はこちら駐車場には、ここが、引込線跡であることを示す標識が立っていました。
私が最初に訪れた2005年3月20日、日清紡績浜松工場は、既に取り壊された後で、一面の更地になっていました。歴史ある建物がまた一つ消えてしまいました。
駐車場の対面に門がありました。引込線があった当時、ここから遠鉄の電気機関車が牽く貨物列車が、工場内に出入りしていました。
今回、国土交通省のWebサイトから、昔の航空写真がダウンロードできることを知り、アクセスしたところ、1975年(昭和50年)の写真がありました。 しかも、嬉しいことに加工・転載が自由、とのことでしたので、早速ご紹介します。
この写真は、引込線が撤去されてから約3年後の写真で、引込線跡は既に道路に転用されています。 旧貴布祢駅の下の方(新浜松方)から、引込線が分岐して、大きくカーブしながら北西方向に延びていたことが判ります(赤い線)。 また、水色の線は、二俣西街道です。この当時は、片側1車線の狭い道路で、民家や商店の間を縫うように走っていました。
駅舎は先々代の木造建築です。よく見ると、上下線の列車が交換しているのがわかります。また、遠鉄とは関係ありませんが、駅の左側には、懐かしい映画館も見られます。
同じく、1975年撮影の日清紡績浜松工場付近の航空写真です。引込線は、赤い線に沿って敷かれていたことがよく判ります。
<<以上2枚の航空写真の出典:国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省より>>
ちなみに、航空写真は、こちらから閲覧できます→国土交通省ウェブマッピングシステム
更に幸運なことに、工場跡の近くにお住まいの方から、取り壊される以前の日清紡績工場内部の写真をいただくことができました。
この写真は、かつての貨物プラットホームを北から南に向いて撮影したもので、前述の工場入り口の門が、写真奥となります。
別角度からの写真です。荷物の積み下ろしの為か、ところどころ、屋根が設けられています。
上記の写真とは反対に、南から北方向を写した写真です。奥がアピタ浜北の方向です。
錆びた鉄骨、ひび割れたコンクリート、水が流れた後、歴史を感じさせる一枚です。
<<以上3枚の写真提供:hagi様>>