2007年11月10日 加筆修正
遠州鉄道の誕生から、これまでの歴史をたどってみましょう。
年月日 |
出来事 |
補足事項 |
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| 1909年12月6日 (明治42年) |
「大日本軌道浜松支社 鹿島線」として浜松−鹿島間が開業 | 「浜松」とは、後の遠州浜松駅です。線路幅は762mmで、蒸気機関車牽引の列車が走りました。 線路は、現在よりも西に敷設され、二俣西街道(県道)上にあったそうです。 浜松−鹿島間の所要時間は、なんと2時間! |
| 1919年10月12日 (大正8年) |
資産を大日本軌道から譲り受け、「遠州軌道株式会社」が発足 | |
| 1921年8月17日 (大正10年) |
会社名を「遠州電気鉄道株式会社」に改称 | 改軌・電化に備えての社名変更 |
| 1923年4月1日 (大正12年) |
全線の改軌・電化が完成
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3年を掛けて行われたこの事業は、遠鉄の歴史の上で画期的な出来事でした。もし、この全線改軌・電化が無かったとしたら、遠鉄は今、存在していなかったことでしょう |
| 1924年2月1日 (大正13年) |
遠州浜松−遠州馬込間が開通。遠州馬込駅に国鉄線との連絡線を設置 | 国鉄との貨物のやり取りが可能になりました。 |
| 1925年7月25日 (大正14年) |
車両の連結器を自動連結器に付け替え | |
| 1927年9月2日 (昭和2年) |
遠州馬込−旭町(後の新浜松)間が開通 | これにより、国鉄浜松駅からの乗り換えが格段に改善されました。 遠州馬込駅からは、スイッチバックでの乗り入れとなりましたが、平坦な路線でのスイッチバックは全国でも珍しいそうです。 |
| 1938年3月1日 (昭和13年) |
国鉄二俣線の建設に伴い、路線上に位置する遠州二俣駅を約400m南に移動し、「西鹿島駅」として開業 | |
| 1939年6月1日 (昭和15年) |
国鉄二俣線全線開通。西鹿島駅は国鉄二俣線との接続駅となった | 当時、西鹿島駅は国鉄が運営していました |
| 1943年11月1日 (昭和18年) |
遠州電気鉄道・浜松自動車・遠州秋葉自動車・掛塚自動車・遠州乗合自動車・気賀自動車の6社が合併して「遠州鉄道株式会社」が発足 | |
| 1945年2月〜7月 (昭和20年) |
浜松市街への爆撃や艦砲射撃により、遠州上島駅より南で、車両・路線・駅舎に大きな被害が出る | それでも、助信駅を臨時起点駅として折り返し運転を続け、1日も運転を休まなかったそうです! |
| 1947年5月1日 (昭和22年) |
浜松鉄道線を合併し、「奥山線」とした。 「二俣線」を「二俣電車線」と改称 |
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| 1948年3月31日 (昭和23年) |
年間輸送人員が1140万人を記録 | 現在も破られていない最高記録 |
| 1950年4月26日 (昭和25年) |
奥山線の東田町−曳馬野間が電化開通。 | |
| 1951年8月1日 (昭和26年) |
奥山線の曳馬野−奥山間が気動車化(蒸気機関車廃止)。 | |
| 1952年12月20日 (昭和27年) |
集電装置をポールからパンタグラフに変更 | 乗務員の苦労が軽減されました。 |
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1953年1月8日 (昭和28年) |
急行電車の運転開始 | 旭町−西鹿島間を38分で走ったそうです |
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1958年6月1日 (昭和33年) |
奥山線の基点「東田町駅」と「遠州浜松駅」を統合し、「遠鉄浜松駅」として開業。従来の「遠州浜松駅」は、貨物駅に変更 | 奥山線との乗り換えが、ひとつのホームでできるようになりました |
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1958年11月1日 (昭和33年) |
西鹿島駅経由で国鉄二俣線の「遠江二俣駅」まで乗り入れ開始。非電化区間への乗り入れのため、国鉄からキハ04型気動車2両を購入 | |
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1958年11月 (昭和33年) |
最初の30系電車(モハ31号+クハ81号)導入 | 湘南顔で有名な30系電車の試作車。性能試験は名鉄各務原線で実施したそうです |
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1961年5月16日 (昭和36年) |
国鉄二俣線乗り入れ区間を「遠江森駅」まで延長。この時、気動車を1両増備 | |
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1961年11月21日 (昭和36年) |
架線電圧を600Vから750Vに昇圧 | |
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1961年12月 (昭和36年) |
電車の色をクリーム・緑のツートンカラーから、赤(スカーレット)一色に塗り替え | 踏切事故防止の為だそうです。なぜなら、赤色は目立つから |
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1964年11月1日 (昭和39年) |
「二俣電車線」を「西鹿島線」と改称
奥山線全線廃止 |
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1966年9月30日 (昭和41年) |
国鉄二俣線への乗り入れを廃止。余剰となった気動車は、後に北陸鉄道へ売却 | 利用客の減少と気動車の老朽化のため |
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1972年10月1日 (昭和47年) |
フリークエントサービス開始
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1973年4月1日 (昭和48年) |
11分ヘッドにダイヤ改正(全駅) | |
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1974年3月20日 (昭和49年) |
全線CTC化 | |
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1976年3月31日 (昭和51年) |
貨物営業を廃止 | 国鉄浜松駅の高架化事業により、馬込駅での連絡が出来なくなった為の廃止。貨物需要自体は、まだまだあったそうです |
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1977年11月 (昭和52年) |
全線でATS導入 | |
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1977年12月23日 (昭和52年) |
電車工場と車庫を西鹿島駅に移転完了 | それまでは中間の西ヶ崎駅にありましたが、施設の老朽化対策と利便性向上のため、国鉄から用地を取得し、終点駅に建設しました。 |
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1978年11月30日 (昭和53年) |
初の冷房車導入(モハ25号+クハ85号) | 最後の湘南顔電車。静岡県下の私鉄では、初めての冷房車 |
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1979年4月 (昭和54年) |
自動放送装置、BGM装置導入 | |
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1981年2月4日 (昭和56年) |
国鉄浜松駅前再開発事業に伴い、新浜松駅を東に100m移転 | 高架完成までの仮駅 |
| 1983年4月1日 (昭和57年) |
12分ヘッドにダイヤ改正(全駅) | |
| 1983年11月8日 (昭和57年) |
デザインを一新した1000系電車導入(モハ1001号+クハ1501号)。車体色は、従来よりも鮮やかな、スパニッシュレッドに白とグレーのストライプ | 既存の車両も順次、この色に塗り替えられました |
| 1985年12月1日 (昭和60年) |
新浜松−助信間の高架工事が完成
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現在の路線が完成。浜松市中心街への移動が大変便利になりました。 |
| 1989年12月15日 (平成元年) |
プリペイドカード「ETカード」導入 | 1992年には、さらに電車・バス共通になりました |
| 1994年12月 (平成6年) |
全車両の冷房化を達成 | |
| 1999年3月31日 (平成11年) |
2000系電車導入(モハ2001号+クハ2101号) | VVVFインバータ制御の高性能電車 |
| 2004年8月20日 (平成16年) |
電車・バス共通のICカード「ナイスパス」導入 | 電車・バス共通は、全国初とのことです |
| 2005年1月 (平成17年) |
助信−上島間の連続立体交差事業着工 | |
| 2007年4月1日 (平成19年) |
「遠州病院前」駅を「遠州病院」駅に改名 | |
| 2007年8月1日 (平成19年) |
「北浜中学校前」駅を「美薗中央公園」駅に改名 | 改名と共に、駅施設を全面的に改修 |