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インドは過去から未来が現在に同居しているような本当に不思議な国です。
ハイウエイで自動車が走っていると思えば、その横を象やらくだや牛が歩いてる。人も歩いている人も自転車をこいでいる 人も居る。それらが本当に流れるように動いている。 遠くから煙をはきながら走ってくる。あれはナンだ?まだ現役で蒸気機関車も走っていますよ! 日中はとても暑い。木陰で横たわっているとどこからか同じリズムで甲高い男と女のハーモニーの心地よい音楽が流れてくる。もう何もしたくなくなって気持ちよく眠ってしまいそう。 本当に悠久の国に迷い込んでしまいます。 <インドはデッカイ!> ちょっとやそっとではその全貌はつかめない! 人口は9億とも10億人とも言われている?実にEU12カ国の総人口の3倍である。 国土の大きさ(約329万平方キロ)はEU12カ国を合わせた総面積(約237万平方キロ)さえも上回る。 また、インドの紙幣には15種類の言語で金額が書かれていることも有名である。 実際にはさらに多く約260の言葉があると言われている。 日本の中流人口1億に対してインドの中流は総人口に対して少ないが2〜3億人もいる。 本当にインドはデッカイ!10億人もの人間がそれぞれの言語、文化、宗教、習慣、そして 価値観を異にして生活しているのがインドである。 |
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ピンクシティ ジャイプル |
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デリーから南西300km、町並みがピンク一色に統一されているのでピンクシティと言われている。 ジャイプルにはジャイ.スイン2世が建設したCity Palace、かつて宮廷の女性たちが町を見下ろした風の 宮殿や町を囲むように聳え立つ山城アンペール城や丘の上の砦がある。 この丘の上の砦からの町を見下ろした景色は絶景である。また丘の北側にはタール砂漠が広々と見渡せる。 ピンクシティには商店街があり色々と買い物をするのも楽しい。 また、町の中には天文台ジャンタル.マンタルがあり ここを探索するのも一興である。 疲れたら、マハラジャが住んでいたと言う大きなホテルで休憩し、夕刻からタクシーで丘の上まで行きビールを飲みながら町の夜景を見るのはまた格別である。 |
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ベナレス(ヴァーラーナシィー)とサールナート |
ベナレス(ヴァーラーナシィー)にはデリーから飛行機で行った。電車でもいける。 ヒマラヤ山脈の雪解けの水を集めたガンガーが悠々と流れている。 3000年以上の歴史を持つヒンズーの聖地、シヴァ神の聖都。 ヒンズーの信仰によれば、このガンガーの聖なる水で沐浴すれば全ての罪は清められ、ここで死んで、遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得ると言われています。 朝早くホテルを出て沢山の巡礼の人たちと泥道を歩いて行くと路上では花を売る女や子供や乞食なども大勢寄って来る。 岸辺から階段になってガンガーの河水に没している堤(ガート)があり、そこで皆んなが沐浴をしている。 ゆっくりこのガンガーの川の流れを眺め、ここに集まる巡礼の人たちの沐浴する姿などに接していると悠々の国インドを感じる! 水は濁っており綺麗な水ではない、しかし聖なるガンガーの水ですから心配ご無用! せっかく来たのだから沐浴しようと足まで水に入ったが冷たく足だけの沐浴となった。 水辺には大きな傘を立てた台に座って沐浴にきた人たちに説法をしているバラモンがいた。 ベナレスから北東に約9Kmのところにサールナートという町がある。 この町こそ、ブッダが初めて説法をしたところで、仏教徒の聖地ですよ! 大きな並木の道を行くと芝生が広がる中に大きな仏塔や寺院がある。 6世紀に建てられた大きなダメーク ストウーパやムルガンダ クティー寺院が有名です。日本の寺院もあったよ! |
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カジュラホ「金色のナツメヤシのある村」(Khajuraho) |
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デリーからジェット機で2時間、カジュラホの寺院群は1986年世界遺産に登録された。 「カジュラホ」の名はカジュラプラに由来していると言われ、金色のナツメヤシのある村という意味だそうです。 カジュラホは10世紀チャンデラ王国の首都であり、80以上の寺院が立ち並ぶ一大宗教都市だった。 しかし、14世紀イスラム教徒の支配下に入りこれらの寺院や彫刻は破壊された。 現在は20の寺院が残るだけとなった。大部分はヒンドゥー寺院だが、ジャイナ教寺院も3つある。 ここのヒンドゥー寺院の外壁を埋める天女の像やミトゥーナ像(男女交合像)の彫刻から発散しているエロティックさが有名で沢山の観光客が押し寄せている。 カジュラホの村は小さな村ながら、一大観光地であるため飛行場が整備され、デリーやアグラから定期便がある。 陸路は交通の便が悪く、150km離れたジャンシー駅からバスで6時間かかる。 寺院は西群、東群、南群に分かれている。 西の寺院群にはヒンドゥー寺院が多くカンダリヤ・マハデーヴァ寺院やデヴィ・ジャガダムビ寺院が有名です。 東の寺院群はジャイナ教寺院が中心でパルシュヴァナタ寺院が有名です。 南の寺院群は緑の畑に立つドゥラーデーオ寺院の天女の像は美しい! また 西の寺院群の近くには小さなカジュラホ博物館があり、これらの寺院に置かれていた彫刻や発掘された彫刻が展示されている。 この村を本当にのんびりと歩いてこれらの寺院や農村風景を見ることをお薦めします。 また、運が良ければこれから出家する人が真っ裸かで歩いて寺院に入っていく行列にも出くわすかも知れません。 |
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「良い入り江」ムンバイ(ボンベイ)(Bombay) |
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ムンバイはインド・マハラーシュトラ州の州都、インド最大の商業都市、インド最大の貿易港。 アラビア海に面したインド西岸では最大の都市で、昔はボンベイという名前で親しまれていた。 1534年、漁村であった現在のムンバイの地は、ポルトガル人の支配下に入る。 1661年、ポルトガル王女の結婚持参品としてイギリス王に捧げられ、ボンベイ(良い入り江) と呼ばれるようになった。 覇権がイギリスへ移った後は東インド会社の拠点として発展し、近代の歴史の荒波にもまれ ながらもインド国内で随一のビジネスの中心となったた。 1995年、マハラーシュトラ州政府は、「ボンベイ」を、漁村だった当時呼ばれていた名前の 「ムンバイ」へと改称を決定した。 「ムンバイ」という名前は、住民たちが崇拝していたヒンドゥー教のパールヴァティー女神の 化身「ムンバデヴィ」に由来。 <ムンバイの観光> インド門:ヨーロッパからアフリカ大陸を回りアラビア海を越えてやって来た船が、最初に目にした のがこの門でした。いわば港町ムンバイのシンボルです。 エレファンタ島行きなど近場に向かう船の発着場となっています。 ボンベイ湾に浮かぶヒンドゥー彫刻の島”エレファンタ島の石窟”:インド門脇からボートで約1 時間の、ボンベイ湾に浮かぶ緑の小島。ここにヒンドゥー教の石窟寺院があり、ボンベイの 観光名所となっている。山の頂上近くにある7つの石窟は、6〜8世紀に掘られたもので、 ヒンドゥー彫刻の宝庫である。なかでも高さ5.7メートルのシバ神像は、創造者、守護者、破壊者の 3つの顔をもち、その大きさとダイナミックさには、見る誰もが圧倒される。 ほかの彫刻も、シバ神にまつわる神話から題材を得たものが多く、踊るシバ神像やシバ神の 婚礼の図などが、華麗に壁面を飾っている。 タージ・マハル・ホテル:インド門の前に建つ華麗なホテルこそ富豪ターター氏の夢であり、 インドの民族主義のシンボルである。 ターター氏は外国人の友人とホテルに夕食をとりに行った時、「あなたの友人は良いですが、 あなたの入場はお断りいたします」と言われた。 このホテルは、ヨーロッパ人専用だった。この出来事があってこのホテルが出来上がった。 チョウパティ−.ビーチとラマバール.ヒルでの夕涼み:3〜6月の夏季の夕涼みは、 チョウパティ−.ビーチのすぐ上にあるラマバール.ヒルのカマラ.ネルー公園が最高、 ここからの「女王のネックレス」といわれる市の西側にあるナリマン・ポイントからチョウ パティー海岸への海岸通りの弓形の海岸の街灯が首飾りのように見えて最高です。 |
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インドの避暑地 シムラ(Shimura & Chandigarh) |
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ニューデリーから自動車で7時間、電車では夜行で朝到着、遠くにはヒマラヤの雪山も望むことができる山の上のシムラの町、山の斜面にはギッシリカラフルな家が立ち並び、観光客も多く、お土産を売っている店、果物や色々の食べ物を売っている市場などもあり特に夜は星が美しい上に町の夜景も綺麗で若い二人には大変ロマンチックなところでもある。 また、山の上にはおサルさんが神様の神社もある。 ホテルも色々あり、のんびり滞在し山歩きなども素敵で、ケーブルカーで麓の町チャンディーガルに行って バラ園や綺麗な湖などで遊ぶのも最高です。 |
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