北京、西安、洛陽、鄭州、上海(中国)
日程:2004年11月7日〜11月15日
| 碑林(9日) 「碑林(ベイリン)」という場所は、前日の寝台列車で同室になった中国人が、西安でもおすすめの場所として教えてくれた場所だった。その場所は、地図で見ると明徳門(南門)から1Kmに満たない場所にあるようで、小雁塔をあとにして碑林へ向かった。 途中に通る明徳門(南門)は、周囲14Kmにわたる城壁の南に位置する門であり、昔は門の前のつり橋をたおして城の中と外を行き来していたらしい。ちなみに、地図を見ると、唐時代の城壁は現在の明の城壁の北西側にもあったようである。 城内に入り西の方へ歩くと、書院門古文化街がある。ここは昔の町並みをよく残しており、骨董品がたくさん売っていた。にぎやかな通りである。店先で毛筆で字を書く老人を見かけたりした。
碑林は、別名陝西省博物館(入館30元)といい、昔孔廟があった場所である。中に入ると、碑亭をはじめとする主に石碑を中心とする展示がある。ガイドブックによれば、碑亭の石台孝経は、玄宗皇帝自らが儒家の経典孝経に注解を加えて隷書で書いたものらしい。石碑は漢の時代から様々な年代のものを見ることができる。何のことが書いてあるかよく分からないが、論語の一節を書いている石碑もあるようで、「子日・・」ではじまる文章を見かけた。ここは書の研究でも不可欠な場所であるよう。石碑以外は、西安で発見された魏や唐の時代の仏像が展示されており、中でも唐時代に各国から献上された動物を形どった石像は、その大きさや形がよく出来ていて素晴らしかった。 石碑の展示室では、拓本(参考Web 1、2)の作業をしているところを見かけた。石碑がいくつも立ち並んだ暗い展示室内で、薄い画仙紙を石碑の全面に貼り付けて、直径20センチくらいの円形をしたタンポで黙々と叩いていた。
明の城壁と清真大寺(9日) 西安にある明時代の城壁は、一部改修をしている場所も見かけるが、ほとんど完全な形で残っているようである。城壁の上にも登ることができて(10元)、その上を観光用の自転車や車も走ることができる。碑林近くから城壁に上がり東の端まで歩いて行こうとしたが、あまりにも遠すぎるので、途中まで歩いてあきらめて引き返すことにした。実際に昔あったかどうかはよく分からないが、兵隊が城内を守るとき、この長い城壁を一列になって守ったのだろうか。それにしても長い城壁であった。 城壁を後にし、鐘楼までひたすら歩いた。長い距離である。城内の広さを十分に感じることができた。遅い昼食を取り(20元)、鐘楼の東に位置する清真大寺に行くことにした。 清真大寺は12世紀初頭に創建されたイスラム教のお寺である。西安はイスタンブール(トルコ)に通じる、シルクロードの東端に位置するだけあって、昔からイスラム教も盛んであったようだ。イスラム教といっても、一般的に想像するモスクではなく、仏教形式の建物である。何回も王朝が入れ替わった中国にあって、少数派と予想されるイスラム教のお寺が、建物だけでなく建物内のしきたりも含めて、きちんと現在まで残されていることはすごいことである。清真大寺奥に位置する礼拝大殿は透明感のある青色の屋根を有し、建物の中では額を床につけてお参りをする教徒も見かけることができる。 清真大寺周辺の北院門街は昼も夜も大変なにぎわいで、西安という土地柄干した食べ物が多いことと、イスラム教の寺院近くということで羊肉の料理が多い。ここは西安の中でも雑踏を感じることができる場所である。
鼓楼から鐘楼方面を眺める(9日) 清真大寺近くの鼓楼に登り、西安の街の中心である鐘楼方面を眺めた。鼓楼と鐘楼の間の公園には、多くの人の憩いの場になっているようで、凧揚げをしている人も見受けられた。西安市街はこの鐘楼を基点に東西南北に大きな道路が伸びている。 この日は、北京からの寝台列車で朝西安に着き、1日中西安市内の各所を見て周った。
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