北京、西安、洛陽、鄭州、上海(中国)
日程:2004年11月7日〜11月15日
| 1日ツアーで一緒になった人たち(9日) 今日は前日に申し込みを済ませておいた1日ツアー。鐘楼飯店1Fのロビーに9:00集合。ツアーガイドが来るのを待った。ロビーにはツアー客と思われる外国人がたくさんいる。日本人もちらほら。どこの集団が自分のツアーなのかよく分からないが、時間までしばらく待った。 9:00になったがツアーガイドは現れない。前日に申し込んだときの控えは人目につくように手で持ちながら待っているので、すぐに見つけてもらうようにしてはいるのだが、やはり時間になっても担当者が来ないのはすごく不安になる。すると、予定時間より5分過ぎたくらいに、小柄な中国人女性が「今日ツアーのお客さんですよね」といった風に、声をかけてきた。ここでようやく、今日一緒にまわるガイドとツアー客の顔が分かった。 ガイドを担当する中国人女性は、30代後半くらいと思われ、小柄ながら聡明な感じできれいな人であった。ガイドに連れられてミニバス(15人くらい乗れる)に乗り込んだ。今日のツアーで一緒になるのは、中国人の運転手1名、ガイド1名、それとツアー客。ツアー客は、中国各地を観光しているというオーストラリアから来た60〜70歳くらいの夫婦、シンガポールから仕事に来ているという中年の女性、それに明日は飛行機でウルムチまで行くという若い台湾人男性であった。したがって、運転手を除くと自分を入れて全部で6名のこじんまりとしたツアーであった。 バスでの移動中、はじめに今日1日のコースの説明があり、西安市内の説明があった。バスの中で、「西安はシルクロードの起点」とガイドから説明があったが、その言葉は、ちょっとしたあこがれのような、とても心に響く言葉であった。 説明は、秦の始皇帝の話に入った。その話は自分にとってもなじみのあるものであったので、説明も比較的よく分かるが、詳細な説明が始まるとなかなか分からない。こんなときは、やはり少なくとも英語だけは完全に聞き取れるようになりたいと思うが、なかなかできないままでいる。 ツアー客の、シンガポール人、台湾人は、英語に加えて中国語も自由自在なので、ガイドとも時々中国語で話していた。中国語でもお互いに言葉は通じているようなので、北京語で話していたのだろうか。彼らは中国語のほうが使いやすいはずなのに、なぜ英語のツアーに参加しているのだろうと思ったりするが、彼らにとって中国人だけのツアーに参加するよりも英語のツアーに参加したほうがメリットがあるのだろうか。中国人だけのツアーだとバスの中が相当騒がしくなること、英語のツアーであれば違った国の人たちと知り合うことができることなどを考えれば、やはり英語のツアーのほうがよいのかもしれない。もしくは中国語が通じるとはいっても、今回たまたま通じていただけで、もし北京語以外の方言だと言葉が通じない可能性も十分にありうるからなのかもしれない。 私にとって、今日見るもので一番の期待は、やはり兵馬俑であった。 西安郊外の観光地を見物(9日) 大雁塔は慈恩寺(唐の第三代皇帝の高宗が建立した寺院)の中にある塔で、建立は652年。日本でも有名な玄奘がインドから持ち帰った、サンスクリット語経典や仏像などを保存するために建てられた塔だそうである。塔は大型の駐車場を兼ね備えており、小雁塔と比較すると、その観光地化ぶりがよく分かる。玄奘が持ち帰った経典の展示室では、日本に関する説明もあったりして、観光に訪れる日本人の多さが予想できた。 立ち寄る時間は50分程度であったが、あまりせかされることなく、見学をすることができた。
次の目的地である工房では、兵士や馬の形をした陶製の置物を作っていたり、タイルへの絵付け、家具への模様張りなどを行っていた。この工房で購入する置物は、巷で売られている安くて品質の悪いものではなく、公的な証明を受けた人たちが作っている品質の保証できるものらしい。ただし値段はそれなりに高い。 バスは再び次の目的地である、華清池へと向かった。 華清池とは、唐の玄宗皇帝と楊貴妃が一緒に過ごした場所として知られている。2700年も前に発見され、今でも熱い温泉が湧き出している。西安周辺は、地下深くを熱いマグマが流れているのだろうか。そういえば、西安市内にある小雁塔の最上階は昔の地震でくずれたという話だった。 華清池は、西安事変という歴史上有名な事件が起きた場所らしく、裏山の中腹には蒋介石が隠れていた場所がある。西安事変という事件は、日本史の教科書にもおそらく出ていたのだろうが、ここに来て初めてその事件を知った。 西安事変に関しては、こちらのサイト(このサイトはWebの検索で見つけましたが、西安事変以外の中国の歴史に関してもよくまとまっていて、とても興味深いサイトですね。)を参照。
午前中の観光も終了し、昼食をとるため中国形式のレストランへ。昼食代はツアーの中に入っており、カフェテリア方式の中国料理でたくさん食べることができた。一人で旅行していると、食事のときは寂しかったりするが、今日はツアーで一緒になった人たちと、どんなことをしているのかとか、どんな国を旅行しているのか、とかいった話ができて楽しかった。 兵馬俑は巨大!(9日) 昼食を終えて、いよいよ兵馬俑へ向かった。写真で見たことがある秦の始皇帝陵が右のほうに見えてきた。来る前のイメージでは静かな田んぼの真ん中に陵墓があるのかと思っていたが、実際は観光地化しているようで、入り口付近は果物やみやげ物を売る近くの農家の人たちが観光客をいまかいまかと待ち受けていた。 バスは兵馬俑のある秦俑博物館に到着。到着した場所から少し離れた場所に建物があるため、車での移動となる(往復5元)。ツアーは最初1号坑の中に一緒に入った。建物の中に入ると、兵馬俑の規模の大きさにびっくり。とにかく広い。たくさんの兵士像が前面に広がっている。よく見ると兵士の顔は1体1体違う。秦の時代は今から1800年も前の時代だが、当時の技術力には感嘆するばかりである。 ツアーは最初の説明を受けて解散し、自由時間となった。集合時間までは1時間半くらい。台湾人と一緒に博物館をまわることにした。このとき一緒に周った彼は、「ここは中国系の人にとって重要な場所なんです。だからたくさん写真を撮って行きたい。」と話していたのが、とても印象に残った。確かに中国系の学校では、日本で教える以上に秦の時代に関して、詳しく教えられているのではないかと思った。 秦俑博物館は全部で4つの大きな建物からなり、1号坑、2号坑、3号坑、秦銅車馬展館に分かれている。一番すごいと思ったのは、秦銅車馬展館にある銅製の馬車の像。4頭の馬と車に乗りたずなを引く御者。金銀の装飾が塗られており、馬も人もとても活き活きしていた。
見学時間はずいぶんと短いものでもう少しじっくり見たいという気がしたが、この兵馬俑に来ることができてとてもよかった。帰りは高速を使って約2時間くらいかけ西安市内へ。バスはうす曇の真平らな畑の中を、スピードを上げて走った。 次回以降、西安(10日)、洛陽(11日)をまとめる予定です。 |