トルコ・ギリシャ旅行

期間:2000年11月23日(木)〜2000年12月2日(土)
旅行ルート:アテネ(ギリシャ)〜イスタンブール(トルコ)

旅行で撮った写真と日記をまとめました。(見てきたことが中心です)

トルコ・ギリシャ旅行で私が一番印象に残った風景はこちらのページ 


行程
第1日目 11月23日(木) 成田〜モスクワ アエロフロートに乗ってはじめてのモスクワへ
恐怖のトランジットホテル
第2日目 11月24日(金) モスクワ〜アテネ さすが?モスクワのホテル
一気に暑い国ギリシャへ

ホテル探し
第3日目 11月25日(土) アテネ

古代アゴラと国立考古学博物館
トルコまでの交通手段

第4日目 11月26日(日) アテネ ミケーネ遺跡にたどり着くまで
ミケーネ遺跡
第5日目 11月27日(月) アテネ〜イスタンブール あこがれのイスタンブール
宿探し
第6日目 11月28日(火) イスタンブール イスタンブール観光
第7日目 11月29日(水) イスタンブール

トプカプ宮殿
新市街

第8日目 11月30日(木) イスタンブール グランドバザール
カーレイ博物館
第9日目 12月 1日(金) イスタンブール チェックアウト
アタテュルク国際空港まで
一人旅の男性と
第10日目 12月 2日(土) モスクワ〜成田 -


第1日目 11月23日(木) 成田〜モスクワ   →目次へ戻る
アエロフロートに乗ってはじめてのモスクワへ

今回の旅行でロシアのアエロフロートを利用しようと思った理由は、航空運賃が安かったということもあるが、一度モスクワに足を踏み入れてみたかったし、モスクワの寒さを少しでも体験してみようと思ったから。日本時間の午後1時に成田を出発し、モスクワに現地時間午後6時ぐらいに到着。モスクワ空港付近の上空から地上を眺めると、辺り一面真っ白だった。日が暮れて時間はだいぶたったが、雪の白さで辺りはまだ明るかった。到着したモスクワ空港は、照明が暗く、とても首都の空港とは思えない質素さだった。モスクワの気温は-14度くらい。外はとても寒い。トランジットホテルに泊まる人たちは合計10名ぐらい。その中に日本人は4人くらい。それぞれ指定されたトランジットホテルに向かった。

恐怖のトランジットホテル

この日はトランジットのためモスクワに1泊。日本出発前に調べたところ、モスクワのホテルは「部屋に監禁される」、という大げさなことを聞いていた。まさかとは思っていたが、当たらずとも遠からずといったところだろうか。事実、ホテルのフロア-からは一歩も外に出られなかったので。ホテルはツインで、一人にしては広々としていて快適だった。ホテル代は朝食つきで約1万円ぐらい。ホテル代は高くても、飛行機代と含めると今回の往復チケットは8万円程度でそれほど高くない。当然かもしれないが、モスクワの蛇口が、右にお湯、左に水だった。やっぱり寒いところだからな、という新鮮な感じがした。


第2日目 11月24日(金) モスクワ〜アテネ   →目次へ戻る
さすが?モスクワのホテル

昨日ホテルの人から、モーニングコールの時間、朝食の時間などの説明があった。その説明の通り、飛行機が出発する3時間前にモーニングコール、その30分後に朝食が運ばれてきた。朝食から30分後にロビーのエレベータ前に集合、ということだったので、エレベータ前に行った。エレベータ前はこれから出発しようとする人たちと、今到着した人たちがたくさん集まっていた。今朝モスクワに到着した人たちは、エレベータから次々と降りてきた。インド人らしき人が多く、頭にターバンを巻いていた。せっかく時間通りに集まったのになかなか点呼を取ろうとしない。始め場所を間違えたと思って、エレベータから下に降りようとしたが、さすがにホテルの人(?)に制止させられた。同じように待っている人に尋ねたら、彼らもずっと待っているとのこと。結局30分以上は待ったかと思うが、その後昨日預けていたパスポートをもらってバスに乗り込んだ。内心パスポートが戻ってこないんじゃないかと不安だった。昨日同じホテルに日本人が4人ぐらい泊まったはずなのに、朝は誰もいなかったことも少し不安な気持ちにさせた。

ホテルからバスに乗り込むとき、外の寒さを改めて実感した。ダイヤモンドダストのようなきらきらしたものが空気中を舞っていた。ギリシャ行きの飛行機までリムジンバスで行き、階段から飛行機に乗り込んだ。その時の寒さと風の冷たさは今でも印象に残っている。でも、昨日モスクワ到着したときに、空港にいた日本人ビジネスマンに聞いたら、雪が降ったのは最近でそれほど寒くないということだった。飛行機は、その翼についた氷を取り払うために(多分)、クレーンにホースをつけて湯?をかけていた。

一気に暑い国ギリシャへ

モスクワを現地時間朝8時半に出発し、ギリシャのアテネにはほぼ予定通り昼前の11時ごろに到着した。上空から空港近くの景色を眺めると、赤褐色の岩山に背の低い草木が生えており、岩山に張り付くように白壁の家々がところせましに建っていた。モスクワの氷点下の寒さから一転、ギリシャは気温約20度で暑いくらいだった。到着後さっそくバスの乗り場を探したが、当然ながらギリシャ語で書いてあって乗り場が分からない。久しぶりにギリシャ文字を見たので、数学を思い出した。空港のインフォメーションで乗り場を教えてもらったが、インフォメーションの人にしてはずいぶんと不親切な人でだった。バス乗り場に行きチケットを買おうとしたが、おつりがお札2枚ぶんぐらい足りない。数えなおし足りないとジェスチャーすると、渋々返してもらった。ギリシャ1日目でやれやれという感じだった。

ホテル探し

空港からバスでデルファイまで行き、そこで降りて、地下鉄でシンダクマ広場まで向かった。シンダクマ広場はアテネの中心といってよく、近くには国会議事堂もある。ガイドブックで紹介されているホテルをいくつか回りながら、アテネで泊まる宿を「ホテル・ニキ」に決めた。朝食つきで1泊8000Dr.程度(日本円 3000円くらい)だった。立地条件は良くいろいろな観光地に歩いて行ける距離にあり、部屋はそれほどきれいとは思わなかったが十分くつろげそうな部屋だった。

昼過ぎ、荷物を置いてさっそく歩いてパルテノン神殿へ向かった。パルテノン神殿は結構高い丘の上に建っており、そこからはアテネ市街を見渡すことができた。
パルテノン神殿 パルテノン神殿

ここまできれいに残っているとはびっくりです。
なんと2500年くらい前に建てられたそう。
リガヴィトスの丘 パルテノン神殿から
リカヴィトスの丘を眺める

パルテノン神殿は結構高い位置にあることをあらためて感じさせられました。

第3日目 11月25日(土) アテネ  →目次へ戻る

古代アゴラと国立考古学博物館

朝8:00ぐらいにホテルを出発して古代アゴラへ行った。古代アゴラはパルテノン神殿近くにあり、その中には柱廊博物館、神殿の跡、図書館の跡などが残っている。敷地内は石で組んだ柱や壁、像などが残っているだけだったが、昔の大きな建物を想像できるのに足る跡地だった。
午後は、国立考古学博物館へ。この博物館はギリシャ各地で発見されたものが紹介されていた。確か教科書にも載っていた「ミケーネの仮面」が置いてあった。石造や昔の象形文字もあった。この博物館でミケーネ遺跡に対する興味が湧き、実際にミケーネ遺跡に行くことにした。

トルコまでの交通手段

トルコまでどうやって行くか結構悩んだが、結局飛行機で行くことに。バスか電車で行けば、途中の風景が楽しめるし、国境越えを体験できるのでできればそのほうが良かったが、やっぱり限られた時間では飛行機のほうが便利。ちなみにバスの所要時間は、アテネからイスタンブールまで24時間もかかるらしい。飛行機のチケットは、ホテル近くの旅行代理店を探して買うことにした。ところが今日は土曜日。ほとんどの旅行代理店が閉まっていて開いているお店を探すのに苦労した。オリンピック航空の旅行代理店に入ってみたが、イスタンブールまで日本円で片道2万円程度とのこと。一度発券してもらったものの、ちょっと高いと思って別の旅行代理店をあたってみることにした。

次に行った代理店では、片道約1万円の航空券を紹介してもらった。これだけ安いのはわけがあるが、とにかく安い航空券を見つけたので購入することに決めた。近くのキャッシュディスペンサーでお金を降ろし、ようやくのこと航空券を手に入れた。帰国はイスタンブールからにしていたので、とりあえずイスタンブールに行けるということでほっとした。

古代アゴラ 古代アゴラ(左)

いろいろな建物の跡があり、図書館の跡もありました。昔の想像図と実際に残っているものを比較すると、その大きさにはびっくりさせられました。
第1回近代オリンピックの会場(右)

細長い競技場でした。
第1回アテネオリンピック会場

第4日目 11月26日(日) アテネ  →目次へ戻る

ミケーネ遺跡にたどり着くまで

今日はミケーネ遺跡を見に行く予定。7:30頃にホテルを出て、タクシーでバスターミナルのあるキフィソウまで向かった。キフィソウはアテネの中心から車で30分ぐらい離れた場所にあり、ギリシャ国内のバス路線ターミナルとなっている場所。ここかミケーネ遺跡まではバスで約2時間。今日ミケーネ遺跡を見に行こうと思ったのは、アテネ郊外に行ってみたかったし、ギリシャに来たからには一つでも遺跡を見ておきたかったからだ。でもなによりも、昨日考古学博物館で見た黄金の仮面が輝いていたのが印象的だったからだ。

バスターミナルに着いてさっそくバスチケットを買った。ギリシャのチケット売り場などにいる人はどうもサービス精神にかけるところがあって、ちょっと聞いても丁寧な返答が返ってこない。おかげでバス乗り場が良くわからなかった。売店の人に聞いても間違った場所を教えられるし、バスの運転手に聞いてやっとミケーネ行きのバスに乗った。

バスはピレウス港、海岸を通ってペロポネス半島に。真っ青な海に、真っ青な空、背の低い草木が覆っている赤茶けた山、遠くに雪をかぶった山など、写真で見たことのあるギリシャのイメージにぴったりだった。

ミケーネ遺跡近くでローカルバスに乗り換えるために下車。バスを降りたのは自分ひとりだけ。ちょっと心細い。バス停近くの雑貨屋?さんで帰りのバスチケットとローカルバスのチケットを買った。バスで20分くらいかけ遺跡のある丘へ。結局ローカルバスに乗っていたのも一人だけだった。バスの運転手さんに何時くらいにまた来るのかを確かめて、遺跡を見ることにした。

ミケーネ遺跡

ミケーネ文明は紀元前16〜12世紀につくりあげられた文明で、19世紀後半にシュリーマン(トロイの遺跡を発見した人)によって発見された。
遺跡は丘の上にあり、土台や壁の一部が残るだけだ。でも紀元前16世紀ということを考えるととても高度な文明だったんだと改めて感じさせられた。丘の上からは遠く海が見渡せた。バスターミナル方面は緑が広がっていた。

ミケーネ遺跡・獅子の門
ミケーネ遺跡入り口の獅子の門

ミケーネ遺跡 ミケーネ遺跡(中央丘の上)

アレトウスの宝庫まで歩いていく途中で、振り返って撮った写真です。
アレトウスの宝庫 アレトウスの宝庫

3000年前に建てられたそうです。中は、球型の天井ですべて石で組みあがっていました。
国会議事堂の衛兵 国会議事堂前の衛兵

衛兵の交代式は1時間ごとやっています。
身動きひとつしません。ミケーネ遺跡から帰ってきて、明日ギリシャを発つ前に見ておこうと思って街に出ました。


第 5日目 11月27日(月) アテネ〜イスタンブール  →目次へ戻る

あこがれのイスタンブール

イスタンブールは以前より行きたかった場所。それはシルクロードの基点、ヨーロッパとアジアの中間点、ということでいろいろな魅力を感じていたからだ。7:00にホテルをチェックアウトしアテネ国際空港へ。今日乗るのはトルコ航空イスタンブール行き。たくさんの日本人観光客がいた。飛行機に乗るととなりに若いトルコ人男性が座っていた。彼はイスタンブールから少し離れたプルサの大学生だそうで、アテネにいる彼女に会いに行き、帰る途中だということ。大学では薬学を勉強しているという。トルコに行く前に予備知識として彼からいろいろ聞くことができた。話の中で印象に残ったのは、アタテュルク大統領はトルコの英雄だということ、トルコには過激なテロ集団がいるということなど。政治的に少し偏った考えを持った人なのかと思ったけど、将来を考えている一学生なのかな、と思ったりした。

彼はなかなか親切な人で、初めてトルコに来た一旅行者が空港に来て迷うこともあるだろうということで、空港に着いてから誘導してくれた。
内心、親切だからといって信用するのはまずいと思っていたが、イスタンブール市街までタクシーに一緒にのって行くことにした。そう決めた理由は、この人はあやしくないと信じたわけだ。タクシードライバーは少し怒りっぽい人のようで、ガソリンスタンドに給油に入ると若いトルコ人と何か言い合いを始めた。後で英語で説明してくれたけど、内容は忘れてしまった。彼はバスターミナルからプルサまでバスを使うということで、イスタンブールへ行く途中のバスターミナルで降りた。降りる前に、彼はトルコ語でドライバーに「彼をイスタンブールの駅まで送ってくれ」と言って(多分、英語でそう言っていたので)降りた。降りる前に彼にお礼を言ったが、十分なお礼を言うことができなかったのが残念だった。

宿探し

タクシーはエミノニュ桟橋に到着。本当はトプカプ宮殿近くのホテルに泊まりたかったので、タクシーでここまで来てしまったのはまずかった。桟橋近くでも良いのだが、周りを見るとあまりに騒がしいところなので、前もってガイドブックで調べておいた宿に行くことにした。宿を探すために、スィルケジ駅に行き、列車に乗って2駅のクムカプ駅まで行った。

ガイドブックの地図を見ながら歩いていると、ホテルの前にホテルマンが立っていた。絶対客引きにはつかまらないぞ、という気持ちで歩いていたので、さっさと行ってしまおうと思っていた。だが、ホテルマンは「見るだけでいいから」ということを強調してホテルの中に入れようとする。まあ見るだけならいいか、という軽い気持ちでホテルマンと一緒にホテルに入ってみた。部屋を見せてもらったが、ツインの大きな部屋でテレビ、暖房、シャワー、トイレなど付いているしなかなかきれいだった。しかも朝食つき。値段の交渉をすると、1泊15ドルで良いらしい。最初に行こうとしていたホテルが15ドルぐらいだったので、ここでもいいかと思ってイスタンブールの宿はこのホテルに決めた。


第 6日目 11月28日(火)   イスタンブール  →目次へ戻る
イスタンブール観光

今日はホテル近くにある、アヤソフィア、スルタンアフメットジャミイ、地下宮殿、国立考古学博物館、ガラタ塔へ。アヤソフィア、スルタンアフメットジャミイは向き合うように建っているが、お互いに建てられた時期も違うし、外から見る雰囲気もぜんぜん違う。それぞれの良さを感じることができた。2つの建物を見終わると、アヤソフィア近くの地下宮殿に行くことにした。地下宮殿に入ると、中の光景にびっくり。地下は高さ8mの柱が何本も立っていて、柱の下には水が貯まっていた。奥のほうには大きな逆さの頭が柱の下になっていた。
スルタンアフメットジャミイ スルタンアフメットジャミイ

別名ブルーモスク。これに相対するようにアヤソフィアが建っています。ステンドグラスがきれいでした。2つ下の写真。 
アヤソフィア アヤソフィア

西暦6世紀に建てられたそうです。ガイドブックによると「ビサンツ建築の最高傑作」だそうです。
スルタンアフメットジャミイ内部 スルタンアフメットジャミイ内部

外の光を通した、ステンドグラスが素晴らしかったです。
メデューサ 地下宮殿のメデューサ

地下宮殿の中は、8mくらいの高さの柱が何本もあり、このメデューサは柱の根元部分に逆さになっています。
地下宮殿はちょっと気味が悪い。
アタテュルク大統領 トルコ初代大統領アタテュルク

イスタンブール行きの飛行機の中で出会ったトルコ人が、「アタテュルク大統領はトルコの英雄だ」と言っていたのを思い出した。
アレキサンダー大王の石棺 アレキサンダー大王の石棺(国立考古学博物館)

石棺の側面にはアレキサンダー大王と推定される人が掘り込んでありました。
ガラタ塔と新市街 ガラタ塔と新市街

右側にガラタ塔の頭が見える。これからガラタ橋を渡って、塔のある新市街へ。
ガラタ塔から眺めた旧市街 ガラタ塔から眺めた旧市街

ガラタ塔から眺めた、ガラタ橋、アヤソフィア、スルタンアフメットジャミイ。トルコ・ギリシャ旅行で一番印象に残った風景の一つです。

第 7日目 11月29日(水)  イスタンブール  →目次へ戻る

トプカプ宮殿

9:00頃トプカプ宮殿に行く。宮殿内は宝物がたくさんあるということなので、時間をかけてゆっくりと見ようと思っていた。トプカプ宮殿は15世紀中ごろにメフメット2世が建てた城だそうである。中にはたくさんの宝物が展示してあった。宮殿の中の礼拝堂やハレムには、青く透き通ったようなイズニックタイルが壁を覆っていた。イズニックタイルで囲われている部屋はとても涼しげに感じられた。

新市街

トプカプ宮殿は旧市街、ドルマブチェ宮殿はガラタ橋を渡った新市街にある。最初はエミノニュ桟橋から船で行こうと思っていたが、桟橋近くで船を待っている人に聞くと、ドルマブチェ宮殿まで船はないとのこと。その日は強い風が吹き雨も降っていたので、たとえ船に乗ったとしてもかなり揺れていたはず。新市街もまだあまり見ていないし、ちょっと歩いてみるかと歩き出した。とりあえずガラタ橋を渡って、テュネル(地下鉄?)で丘の上に上がった。新市街はヨーロッパのパリを感じさせる建物が建っていた。アパレルショップ、レストラン、CDショップ、本屋さんなどたくさんのお店が建っていた。人通りもすごい多い。道を間違えたり、アエロフロート事務所などでリコンファームをして、ドルマブチェ宮殿に到着したらもう4:00くらいになっていた。宮殿内はツアー形式で英語の説明がついていた。中は大きな部屋がたくさんあり、豪華なシャンデリアが天井からさがっていた。贅沢な宮殿だなあと思った。

トプカプ宮殿模型 トプカプ宮殿模型(左)

トプカプ宮殿の中にありました。
スィルケジ駅(右)

かつてのオリエント急行はこの駅から発車し、パリまで行っていたそうです。現在はオリエント急行は発着していません。
スィルケジ駅
エジプシャンバザール エジプシャンバザールの入り口(左)

入り口はいつもすごい人ごみ。ガラタ橋の近くにあります。グランドバザールよりも少し小さめ。ここでお土産のお菓子を買いました。

第8日目 11月30日(木)  イスタンブール  →目次へ戻る
グランドバザール

今日は中東最大のショッピングモールである、グランドバザールに行く予定。その前に、ヴァレンス水道橋、スィレイマニエジャミイ、ベヤズミットジャミイ、ベヤズミット塔(イスタンブール大学)に行った。グランドバザールはイスタンブール大学正門近くから入った。どこからグランドバザールだか良く分からなかったが、小さなお店が軒を連ねていた。服、皮ジャン、携帯電話、宝石、財布、お菓子、絨毯、古本・・・と何でもそろっていた。私はあまり買い物をしないが、皮の財布だけはほしいと思ってのでグランドバザールで買うことにした。立ち寄ったお店の店主は、始めの言い値は実際買う値段の倍以上つけてきた。かなり粘って下げてもらうように頼んだ。やっぱりやめたという素振りを見せると、ライターを取り出し、「ほら火はつかないだろ」ということを言ってアピールし始める。また、隣のお店の人が寄ってきて、「これは他ではこんなに安い値段では買えないよ」と言ってくる。結局かなり粘って、1つ1500円くらいの財布を2個買うことにした。

グランドバザール、エジプシャンバザールと中のお店を眺めつつ、一休みするためにホテルへ戻った。

カーレイ博物館 

イスタンブール市内の見所はほとんど周ったので、今度は郊外まで足を運ぶことにした。カーレイ博物館への行きかたは、ガイドブックに載っていたが面倒なバスに乗らなくてはいけない。だから地図で適当に場所を調べて、一番近い地下鉄の駅で降りて歩いて行くことにした。とりあえず、トラムヴァイでアクサライ駅まで。そこから地下鉄で近くの駅に。駅を降りるとすごい辺鄙なところだったが、地図を調べながら歩いた。しばらく歩いて、道を尋ねると尋ねた人は英語がまったく通じない。また暫く歩いてやっぱり場所が分からないので、今度は携帯電話の販売店に立ち寄った。そうすると、そのお店の人は大きな通りまで行って、ドルムシュという小さなバスを止めてくれた。ドルムシュはイスタンブール市内でよく見かけるが、乗り方がまったく分からなかった。結局ドルムシュに乗って、20分くらい乗ってカーレイ博物館近くで降りた。値段は忘れたが、バス代はたいした金額ではなかった。バスの運転手はカーレイ博物館の場所をトルコ語で教えてくれたが、当然トルコ語なんて分からず、身振り手振りで理解するしかなかった。道を尋ねながらカーレイ博物館に到着すると、午後4:30くらいになってしまっていた。

カーレイ博物館に入ると、正面にキリストのモザイク画があり、内部は狭いながらたくさんの壁画があった。壁画に描かれている話は良く分からないが、ここの壁画はなかなか素晴らしかった。中でスケッチしている人も何人かいた。

カーレイ博物館 カーレイ博物館

イスタンブールの中で、ここの博物館はとても印象に残っています。モザイク画が輝いていました。
イエスのモザイク画 イエスのモザイク画
マリア永眠のモザイク画 マリア永眠のモザイク画

第 9日目 12月1日(金)  イスタンブール〜モスクワ〜成田  →目次へ戻る

チェックアウト

チェックアウトの時に、昨日までとは違い、自分以外のお客さん(女性客4人)がいた。
ここのホテルは、いわゆる「客引き」で入ったわけで、このホテルはあやしいと勝手に思っていたが、ちゃんとしたホテルのようだった。
もしかすると、チェックアウトの時に高額なホテル代を請求されるのでは、と思ったが、チェックインしたときに言った値段どおり一泊15ドルだった。4泊したので、60ドル。きっかり60ドルかと思っていたら、なんとトルコのお金でお釣りが返ってきたのでびっくりした。なにしろ、この辺のホテルは客引きが多く、ホテルの入れ替わりも激しいとか聞いていたので、チェックアウトするまで安心できなかった。

アタテュルク国際空港まで

空港へはジャンクルタラン駅からTCDDに乗り、イェシルユルト駅まで行こうと思っていたが、来るはずの列車がなかなか来ない。暫く待つと現地の人が寄ってきて何か大きな声でしゃべってくる。その人は駅員さんにも寄っていき、なにかしゃべっている。駅員さんも必死に説明しているよう。どうやら何らかの理由で列車が止まっているらしく、結局列車を待つのをあきらめてタクシーで空港まで行くことにした。時間的にそれほど余裕がないし、値段もそれほど高くはないのでまあいいかと思った。タクシーに乗ったは良いが、そのときお金をあまり持っていなかったので、空港に着くまでメーターが所持金を上まらないかひやひやした。

一人旅の男性と

空港で飛行機を待っていると、行きの日本からの飛行機で見かけた人がいた。大きなリュックに横にはコップをぶら下げていた。その人と話してみると、トルコを旅行していたとのこと。彼は、はじめモスクワからイスタンブールまで飛行機で行ったそうだが、行きの飛行機の出発時間が相当遅れたので、スケジュールが狂ってしまったと嘆いていた。聞いたところだと、午前中出発が夕方になってしまったそう。このとき、自分の飛行機は遅れなかったのは運が良かったのかなと思った。

彼とはイスタンブールから日本までずっと一緒だった。彼は新聞社に勤めているそうで、短い休みをとって一人旅をしていたそうだ。旅行が結構好きなようで、中国を1年間旅行していたこともあると話していた。私も中国には行ったことがあるが、北京・上海などありきたりの場所しか行ったことがないので、「中国で一番好きな場所はどこですか?」と尋ねると、「洛陽」と言っていた。やっぱりそうか、という気持ちといつかは行ってみたいという気持ちになった。

飛行機は雲の上とはいえ、私は外の景色を眺めるのが好きなので夜の空を眺めていると、窓がちょうど南にあったせいでオリオン座がきれいに見ることができた。雲の上から見えるとは、と少し得した気分になった。


第 10日目 12月2日(土) 成田  →目次へ戻る

12:00頃に成田空港に到着。予定よりも1時間遅れての到着だった。たった10日間だったが、ずいぶん長く感じた。泊まった場所がアテネとイスタンブールの2箇所だけということで、自分には珍しくのんびりできた旅行だった。飛行機の中で一緒だった男性とあいさつを交わして、帰途についた。


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