『新・街道をゆく』その3
〜黒島への道(中編)


 港から集落の方向へと、道が一本伸びている。ゆるい上り坂を少しあがると、一軒の民宿のような家屋があった。
「あった。なあんだ、ここか」
 S氏が言った。ちょっとわかりづらかったが、看板に「なんくる」と書いてある。目当てのレンタサイクルはここで借りることができる。
 なんくる、とは変わった名前をつけたものだ。この方言は、本土では“なんとかなるさ”という意味を持つ。およそ店の名前らしからぬ感があるが、それでもここ八重山のおおらかな空気に包まれた土地ならではの発想であるなら、“なんとかなるさ”でも変ではない。

 この店がある部落は、保利という。目立った建物は全く見あたらない、こじんまりとした村である。道の両脇には整然と石垣が並び、古い木造家屋の赤瓦が見えている。民宿の客を乗せたワゴンカーが通り過ぎると、ふいに自分の足音ばかりがよく聞こえた。
 先着の関西方面からと思われる中年夫婦が、奥にいる店員を呼んでいた。じきに返事があり、裏手にまわってくれと言う。家の中から子供のはしゃぐ声が聞こえる。何やら賑やかそうだ。
 店の裏手には、十数台の自転車が整然と並べられていた。よく見るとそれぞれの車両が、黄、赤、青の3色の塗料で彩られている。その不自然さを除けば、多良間での車両に比べるまでもなく、性能は申し分なさそうだった。
「どうぞ、お好きなのをお選び下さいね」
 感じのよさそうな店の女主人が、奥から姿をあらわした。関西の夫婦が、ああだこうだと言いながら品定めをしている。僕とS氏がその様子を見守っている。やがて、旦那の方も気に入った車のハンドルを手にすると、ひょいと飛び乗るようにサドルにまたがり、さっそうと漕き出すかに見えた。しかし、立派に成長していた自転車の体格に、旦那の体が追いついていない。
「あっ」
 旦那の足は、地面はおろかもう一方のペダルにも届かず、真空をするどく切り裂くばかりで、その姿はあまりに滑稽すぎた。それから彼は、そのまま過度のよろめきによる妙な体の舞いを披露とするとともに、神業ともいえる偶然のハンドルさばきでなんとか激突転倒を回避したのだが、本人にはこの上なく冷や汗であったらしい。ただ、それを見て彼の奥さんは大笑いするばかりである。
「あかん。見えを張ってしもうたわ」
 照れ笑いする旦那は、謙虚に中型の車両を選び直していた。今度はどうやら調子がいいらしい。そして、僕は迷わず旦那が放棄した車両にまたがってみた。この自転車を借りることにした。

「空気入れ貸して下さい」
 僕の言葉に、女主人が店の中の誰かを呼んだ。すぐに小学生ほどの男の子が空気入れを手に外へと出てきた。なぜか表情がない。
「前ですか。後ろですか」
少年は、敵意はないものの好意もなさそうな口調で僕に言う。
「あ、自分でやるからそれ貸してくれる?」
「いえ、(僕が)やります」
 少年の毅然とした答えに圧倒された。僕は彼にその仕事をまかせるしかなかった。きっと、これが彼の仕事なのだろうと思った。
「朝のうちに、全部空気が入ってるか見ときなさいよ」
 女主人の声が聞こえた。少年にむかっての言葉なのであろうが、少年は応える素振りも見せず、黙々とタイヤに空気を入れていた。

 わら半紙の簡単な島の案内図をもらい、僕とS氏は島の探検を開始した。女主人に言われたとおり、すぐに舗装道路を折れ、村外れの方向へとペダルを漕いだ。西周りで島を周遊する予定だ。
 道は狭く、未舗装であったがそれほど走りにくくはなかった。車どころか人通りも皆無なので気が楽である。集落はすぐに終わり、噂に聞く牛の放牧場が目の前に広がった。
「おお、たくさんいるぞ」
 寝ている者、散歩をする者、草を食む者など、そこかしこに黒い肌の牧牛が、各々思い思いに昼のひとときを過ごしているのが見えた。この光景もまた、なんとなく沖縄らしくない風景である。

「これじゃ農業にむかないわけだ」
 S氏が地面のそこかしこを見ながら言った。黒く変色した石灰岩らしい大小の岩が、よく見ると一面にゴロゴロしている。耕作しようとすれば、まずこの岩を除けなければならないだろうが、あまりに数が多過ぎる。中でも大きなものはとうてい人の手で動かせるものではない。この状況を見ただけで、この島の産業が牛の放牧に変遷せざるを得なかった事情を理解させられてしまった。

 じきに道は林へと入り、わずかに確認できた表示板に従い脇道へと折れると、木々の向こうに海が見えた。西の浜に着いた。
 林の出口で自転車を止め、浜に下りようとしたときに、妙な視線をそのとき感じた。周囲には誰もいない。すると、頭上で羽音が聞こえたので見上げると、なんと無数のカラスが枝に止まってこちらの様子をうかがっている。無視してしまおうかと思ったのだが、カラスの注意が我々の荷物に向けられていることを直観的に察した。
「荷物は持って行こう。奴らはエラく利口そうだ」
 S氏が了解すると、我々はカゴから荷物を取り出し、自転車だけを置いていくことにした。こちらにも都合があるのだ。

 空が晴れ上がり、強い日差しが降り注いでくる。白い砂浜からの照り返しでうまく目が開けられない。その向こうに透明な青と緑の海が広がり、新城(あらぐすく)島と西表島の島影がはっきりと浮かんでいる。打ち寄せる波は穏やかで、まるで凪いでいるように静かに揺れている。風もいつのまにか弱まったようで、聞こえるのは波が小さく引く音だけだった。
 遠くに、一人この浜を歩く若い女性の旅人の姿が見えるほかは、地元の釣り人があちらの岩場の上にいるだけで、人影は見あたらない。S氏は浜を散策している。僕は、いつものように貝殻探しに没頭していた。
 貝殻と一緒に、子供の握り拳大のサンゴ片を見つけた。手にしてみると、ちょうど適度な突起が掌のツボに当たるようだったのですぐに気に入った。これを自分の土産にしよう。S氏が戻ってきたので、それを見せると思った以上に絶賛してくれていた。彼もまた同じようなものを探してみたところ、肩のツボを押すのに適した棒状のサンゴを見つけていた。
「それにしても、この浜はいい」
 S氏によれば、ここ黒島の西の浜は、沖縄でも有数の美しい砂浜であるらしい。僕も方々沖縄の海を見たが、この浜は中でも格段に美しいと思う。何よりこの砂浜の白さが素晴らしい。

 さて、次は海沿いの道を少しずつ南下する。牧場と林を交互に通り抜ける。しばらく行くと、人の気配を感じた。先ほどの関西夫婦である。
「おっ、さっきの兄ちゃんたちや」
 夫婦は足元に転がるヤシの実を見ている。ここは別の海岸の入り口だった。我々が自転車を下りると、彼等も浜に下りてきた。この浜は足元に岩が多く、先ほどの西の浜とはだいぶ雰囲気が違う。ちょうど、潮が引いているせいもあってか、ところどころに潮溜りが残っている。海の底から生えてきたようなキノコ岩が、ぽつんぽつんと立っていて面白い。映画『ウンタマギルー』で見た頭にヤリを突き刺した男がよたよたとこの場所に現れてくるのではないかと、つい期待したくなる風景である。

 僕が再び貝殻探しを始めると、向こうでも関西夫婦が同じようなことをしている。日差しが急に強くなったので、僕はキノコ岩の庇の影に隠れて、そこから貝殻を探していた。
 そのときである。
「うまいっ」
 S氏の声が聞こえた。
「うまいよ、これ」
 すぐそこの潮溜りの淵にしゃがみ込み、S氏は何やら足元から何かを摘むとそれを自分の口に持っていっては、うまいを何度も連発している。何かを食べているのだ。
「何してるの?」
 僕の問いに、S氏は今摘み取った緑色の小片を見せた。
「これアーサだよね」
 S氏が満足げな表情をしている。本当にうまいらしい。アーサは岩海苔の一種であり、沖縄では汁の具としてよく目にするが、こうして海から直接摘むなりそのまま食べてしまうようなことはまずしない。S氏は生のアーサを食べ続ける。さすが食通である。せっかくだからと薦められたものの、さすがに僕は辞退した。
 弘法筆を選ばずというが、食通もまた膳を選ばないのであろうか。そうであれば、ともになんとなく似た風情である。さらにS氏は、一匹の小さなカニを見つけた。これも食べるのだろうかと、僕は半ば期待を抱いていたのだが、さすがにその気はなかったらしく、彼はそれを安全な潮溜りに逃がしていた。
 関西夫婦は、小さな巻き貝をたくさん手にしていた。
「今夜の酒のつまみや。けっこうイケるんや」
 旦那がそう言うと、
「この人、こういうのが専門だからエラい詳しいんです」
 と彼の奥さんがそれを受けるように話してくれた。はて、専門とは何なのだろうと、僕とS氏は彼のスーツ姿から彼の本職を想像してみたものの、全く想像がつかない。

 アーサについて、後日談がある。
 黒糖であれば波照間黒糖、などと同じ黒糖の中にもブランドがあるように、実はアーサにもブランドがある。ここ黒島で採れたアーサこそ、そのブランドの中でも最たるものと言われているらしい。八重山地方では、黒島のアーサというだけで、その価値はすでに一目置かれてしまうという驚くべき真実を、この旅から戻ったのちに、とある書物でそのことを偶然知った。
 うまいと言って、生であのアーサを食べていたS氏の言っている意味を、僕はそのとき初めて理解することができた。S氏はこのことを知っていて、あんなことをしたのだろうか。いずれにしても、彼は正真正銘の食通である。僕も一口くらい食べておけばよかった。

 (後編に続く)
  帰りの船まで、あと1時間30分。こんなにのんびりしていていいのか。
  さあ、急げ。島を巡るのだ。予定の行程はまだ1/4。
  この旅人の前途はいかに。乞う、ご期待。




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