『新・街道をゆく』その3
〜黒島への道(晩編)


 島の中央あたりに位置する東筋の集落は、少し有名である。集落の南端に大きな御嶽 (ウタキ)があり、宮里の集落からの東西横断道路(?)はちょうどこの場所にたどり着く。そこから道は北に折れて、東筋の集落を通りながら伊古桟橋の方角へと伸びていく。
 ふと、足元の感触が違うのでよく見てみると、道路の舗装が終わっていた。道幅はそれほど狭いわけでもなく、我々が幹線道路を外れてしまったわけでもない。どうやら、この一見不便そうな未舗装は、「ワザと」のようである。

 サンゴの白砂を敷いた道が、真っ直ぐと、ときにはゆるやかに曲がっては延々と続いている。両脇には琉球石灰岩のまだ新しい少し黄色がかった石垣の塀が同じように続き、平屋建ての赤瓦屋根の家々が立ち並ぶ。遠い昔に回帰したような、懐かしい気持ちになる風景が、そこに広がっている。
 僕とS氏は立ち止まり、しばらくその景観を楽しんでいた。日差しが強くなると、強い照り返しに思わず目を細めてしまう。
「なるほどね」
 S氏が言った。彼のいう"なるほど"には意味がある。
 日本の道100選、という存在は、いったいどれほどの人が認知しているものかは知る由もないが、ともかくもそこを歩き見た人に、存分な感動を与え得る道として、いつしか某に選ばれた100もの道路風景の一つとして、ここ黒島の東筋集落を通る一本の生活道路がこの場所である。

 そのことを、集落の人々はどれほど誇りに感じているのかはわからないが、道端には日本の道100選を証明する思ったよりもたいそうなモニュメントが立てられている。認定を勝ち取るための環境整備のために急造されたような石垣を見る限り、本当に集落の人々の意思がどれほど働いての仕業なのか、疑問がないわけでもないが、ここは日本の道100選に値する美しい道であると感じた。
 モニュメント見ていると、関西夫婦が目の前を通り過ぎて、気楽に蛇行しながらそのまま遠く姿を消していった。

 そういえば100選というと、いろいろあった気がする。日本の山100選、海岸100選、川100選、酒100選、味100選、寺100選、坂100選、その他何気ないモノにもあった。目をつぶって、石を投げればそこには100選があるほどだ。名水100選というのもあるが、その看板とともに「飲んではいけません」の札が架けられた名水があった。とはいえ、100選にはそれ相応の権威があったほうがいい。

 約数百メートルの島の見どころをゆっくりと進んでいく。途中で道を折れて、より細い道に入ってみたりと、しばらく集落内を散策してみた。なんとなくこの村があかぬけて見えるのは、高い防風林があまり植えられていないためで、そのため陽光がたくさん差し込んでくるのと、空が広く見えることが理由なのだと思われる。
 フクギの日陰に腰を下ろして、ひやりとした石垣に寄り掛かりぼんやり時間を過ごすのも楽しいが、この村では青空を見上げながら、集落内を散歩してみるといいかも知れない。

 東筋の集落を抜け、その北側にある御嶽に立ち寄り、港に向かった。島の東側に広がる牧場は、それこそどこまで続くものかと遠く続いていて、その果ても見えないほどであった。島の人口200。牛2000。やはり、「牛」の島であった。
 さて、時間がない。船の時間まであと15分となった。これを逃すと次は3時間後となるだけでなく、那覇に戻る飛行機にも乗れなくなってしまう。島の北側、伊古桟橋のあたりから今度は海沿いを一路西へと向かう。追い風になる予定だったが、立ち並ぶ防風林のおかげで少しも楽になっていない。空は快晴に近くなり、気温はさらに上昇してきた。こうなると、八重山は四季を問わずかなり暑い。

 またしても、行けども行けども集落は見えない状態が続いていた。昨日までの寒さに震えた日々は何だったのであろうか、いまだに信じられないこの気候の変化に驚きつつ、ペダルを巡航速度から6ノット上げてひたすら漕いだ。
「この島、思ったより全然いいじゃない」
 S氏が言った。
「うん、全然よかった。今までどうして来なかったんだろう」
 黒島も、素敵な島であった。短か過ぎる滞在であったが、それでもこの島の魅力に、少しではあるが触れることができたような気がした。また来よう、今度は滞在で、そんなことを思った。

 遠くに集落が見えてきた。保里にたどり着いた。あと残り6分。レンタサイクル屋に自転車を返し、清算を済ませるとそのまま港へと急いだ。あと3分。だが、港までは約50メートル。あっと言う間にたどり着く。船がいた。我々は、なんとか間に合った。
 舳先から乗り込み、また後ろのデッキへと向かう途中、客室内で関西夫婦とまた会った。
「お、来た来た。間に合わんかと思っとったよ」
「まあ、慣れてますから」
 と変な返事をしながら、デッキへと飛び出した。船はすぐに出航した。

 ゆっくり180度回頭すると、いきなりエンジンが高鳴りだした。港が離れていく。僕はまた後方少し左舷寄りのベンチに腰掛け、S氏も行きと同じように右舷のテラスとポールに体を預け立ったまま、遠ざかる黒島を見つめていた。
 あ、そういえば港の護岸を出る寸前は、S氏の側だと飛沫を浴びる。それを思い出し、S氏に注意を呼びかけてみたが、エンジンの音で全く届かない。
 ──ま、命にかかわるわけでもないし──
 僕はその様子をじっと見守る。その場所は覚えている。近づいてきた。3、2、1……さあ、来い!!
“バシャッ”
 その瞬間、あっという人の声が聞こえたような気がした。飛沫を全身に浴びたS氏が、片手で顔を拭っている。何かを思い出したのか短く苦笑いを浮かべていた。
 しかし、S氏はタフである。そんなことがあったからといって、テラスからは一歩たりとも場所を変えようとはしなかった。風の影響か潮の影響かは知らないが、帰りの船はデッキでは危険なのではないかと思われるほどよく揺れた。それでもS氏は自らの命など省みることなくテラスに立ちはだかったまま、とうとう石垣港までそれを貫いてしまった。“海の男”、を垣間見た気がした。

 〜黒島への道〜(完)
 
  八重山の旅はここに終了。最後に番外編ということで、次回は
  「山原(やんばる)への道」をお送りします。少し早い花見を堪能
  いただきましょう。乞う、ご期待。




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