『新・街道をゆく』その1
〜多良間への道(前編)


 平成11年、西暦では1999年という区切りの年をめでたくむかえた。
 以前から再度八重山を訪れたいと東京で編集の仕事をしているS氏とともに、那覇から空路にて先島諸島へと飛び立った。
 沖縄本島からさらに離島に向かう場合、日本トランスオーシャン航空(JTA)を利用する。私は座席に腰掛けると同時に、ここの機内誌『コーラルウエイ』をまず失敬。それから客室乗務員(スッチーといわれる)にキャンディを大量注文する。意味はほどんどないが、旅の途中私は飴があると安心する。
 上昇する機体が雲の層を抜けると、眩しいほどの直線的な光が小さい窓から差し込んできた。こんな天気のもとで旅ができれば最高なのであるが。
 S氏によれば今回の八重山訪問は2年もしくは3年ぶりと言う。昨年の11月に八重山に訪れたばかりの私と比べて、彼の高揚した気持ちが非常に対照的であった。だが、何度訪れても八重山はいい。石垣空港に降り立つと、例外なく私はそんな感想を抱いてしまう。
 あいにくながら、沖縄の気圧配置はあまりよくはなく、天候は曇りがちで風も強かった。念のため持参した厚手の上着が、既に役に立っている。寒さを感じる八重山など、私には全く経験がない。
 予定では今回の八重山滞在は3日である。初日の今日はこれからさらに飛行機を乗り継ぎ、道のりを少し戻って宮古群島に属する多良間島に向かう。
「飛ぶかな?」
 待合の時間、食堂で八重山そばをすすりながら、強風にしなり続けるヤシの木に目をやるなりS氏が言った。いちだんと北風が強くなっているようだった。

 多良間島へは1日1便DHC-6という機種が石垣島から就航している。
 現物を生で見ると、いつも無条件に微笑ましくなる愛らしい機体だ。座席数19のプロペラ機と言えばイメージが沸くだろうか。明らかにB747とは何もかもが違う。だが、この飛行機はよく頑張っている。実はこの機体は多良間へ往復するだけが仕事ではない。まず、朝一番で日本最南端の有人島である波照間島を1往復する。それから多良間島に飛び、そこから宮古島とを3往復する。最後に多良間から石垣へと戻り一日のフライトを終了するのである。
 この飛行機のよいところは、非常に簡素であることである。客室乗務員はいない。機体の重さが直接燃料の消費に関わるためだと思う。したがって余計な機内サービスもない。少し広めのワンボックスカーに乗る感覚で席に腰掛けると、係のおじさんがざっと乗客を見渡し、
「あ、じゃああなたとあなた席を交換して下さい」
 と簡潔に指示を出す。左右の重量バランスが飛行に影響するからだ。この指示には絶対に乗客は従わなくてはならない。そして、ベルトの着用を確かめるとおじさんは降りて外からドアをしめる。すぐにエンジンが始動し、滑走路へと向かう。離陸は200メートルもあればいい。着陸はその半分くらいだ。
 コクピットとは薄い板の扉で仕切られているだけである。開けっ放しのときは操縦の一挙一動が全て見えている。操縦席からの正面の風景も然りで、着陸の際次第に近づいてくる滑走路が感動を誘う。この簡潔かつ手軽さが、本来退屈な空の旅を余計に楽しくさせてくれる。

 私はこの機体には2度乗っていた。1度は同じ機体で波照間に行ったとき。もう1度は奄美大島から喜界島へである。いずれも快適なフライトであった。勿論今回もそうであるはずであった。だが、しかし……。
 乗り込むため機体に向かって歩いていく。機体が風でぐらついている。もうイヤな予感。乗客は我々2人と観光客らしい男性1人の3名のみ。チャーター便になってしまった。しきりにもう一人の男性がフラッシュを焚いて機内の写真を撮影している。彼もまた初めての多良間行きを楽しんでいる。
 離陸はうまくいった。その後、飛行機は高度を雲のすぐ下にとり、石垣をゆっくりと後にした。海が手に取れるように近くにある。4メートルという波が海面を大きく荒らしているのがよく見える。フライト時間は僅か25分である。じきに多良間の島影が見えてきた。平坦でそれほど広くもない。レンタサイクルで充分に観光ができると思った。
 飛行機が着陸体勢に入る。途端に強風にあおられだした。これは最悪のパターンだ。機体が左右だけでなく前後にも揺れている。端から見れば、ヨタヨタ飛んでいるように見えるのであろう。だが、乗っている側からすればそんな悠長な表現はしていられない。かつて、「トップガン」という映画でトム・クルーズのライバル役の乗るF15戦闘機が、命からがらフラフラになって空母に着陸するというシーンがあった。そう、あのシーンと今が同じだ。すごい。一生懸命に水平を保ちながら高度を下げているキャプテンの背中を見ながら、
 ──貴殿にこの命を預けます──
 などと心の中で私は呟いた。
 こうして人生最高のハードランディングを体験し、多良間の地を初めて踏んだのである。空港のターミナルも羽田とは違う。どちらかというと内装は近所の郵便局によく似ている。それ以上でもそれ以下でもない。それが実にいい。

 機体はターミナルから約20メートルのところで停止する。乗客はそこから歩いてターミナルへと向かう。預けた手荷物はターミナルから出動した軽トラックが前進してきて荷物を積み、受け取り台までバックで戻りそこで客に手渡される。宮古の3便を含め1日4回の出動のための車両である。この車両担当の仕事、なかなか悪くはない。
 ふと、思った。軽トラックは1回の出動で40メートルしか移動しない。1日4回だから全部で160メートル。毎日飛行機が運航するとして、1月で4800メートル。これは少ない。さらに1年で58.4キロだから、仮にこの車の耐久走行距離が10万キロだったら、実に1700年間この車1台で大丈夫ということになる。
 また、燃費も20キロ/リットルでタンクが40リットルとすれば、1回の給油で軽く13年間は無給油で走り続けられるのである。この軽トラック、前回の給油はいつだったのだろうか。

 多良間島は、宮古島の西55キロ、石垣島の北東35キロの二島の中間位置にある周囲約17キロの島で、東西5.8キロ、南北4.4キロのぐるりと美しい円形をしている。全体的に平坦な地形で、周囲は珊瑚礁の海に囲まれていて絶景である。島の主要産業はサトウキビで、製糖工場ではブランドでもある多良間黒糖が日々生産されている。また、気のせいかヤギが多い。人口は約2000人程度の静かな島である。行事「八月踊り」は超有名。

 レンタサイクルは空港で借りられるはずであったが、あてがはずれた。ここには自転車はない。借りたければさらに集落まで行き、中央スーパー(?)で借りるのだと客待ちのタクシー運転手に教えられた。彼は再び島の人間と会話を始めている。島の方言なので全くわからない。
 集落とを往復するマイクロバスに乗り、ともかくも集落へと向かうことにした。機内で一緒だった男性もいつのまにか乗り込んでいた。乗客はまたしても同じく3人。バスが走り出した。天候は回復する様子はなさそうである。

 (後編に続く)
  次回、多良間島の全貌が明らかに。乞ご期待。
  ちなみにこの当日は1/15。




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