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『新・街道をゆく』その1 |
僕とS氏、そして何となくあやしい素行の男性客を乗せて、そのマイクロバスは集落に向けてゆっくりと走り出した。 交通量は当然多くはない。皆無といっていい。しかし、だからといってとばさなければならない理由はない。バスはのんびりと舗装された一本道を走る。すると、運転手が鼻唄を歌い出した。曲目はわからない。 車窓からは広大なサトウキビ畑が左右にひらけているのが見渡せる。小さな島とはいえ、限りなく平坦な土地であるから、それが延々と続くととてつもなく広さを感じてしまう。畑によってキビの丈はまちまちで、ところどころ刈り取りが終わった畑がある。ちょうどこの時期はキビ刈りのシーズンでもある。 10分は経過していないだろう。やがて家屋の数が目立ちはじめてじきにバスは集落の中心部らしきところに到着した。中心とはいえ、それを象徴するようなものは何もない。運転手に料金を聞くと、一人400円という。持ちつ持たれつの島社会では、これをボっているとは考えないほうがいい。 目の前に小さなスーパーがある。道路を挟んで向かいにも同じような店があった。こちらが目指す中央スーパーであった。 通りもそうだが、店の中にも人が一人もいない。男の店員が猜疑心を含んだ目を向けている。 「こちらで自転車をお借りできると聞いたのですが」 その問いに店員は首を横に振り、ここから150メートルのところにある自転車屋に行けといった。仕方なくS氏とその自転車屋を探した。 ときおり雨粒が落ちてくる天候の中、看板もなく真新しそうな自転車が数台土間に並べてある家に辿り着いた。店とはとうてい思えなかったが、この家以外に自転車を余分に置いている家屋はなかった。 「ごめんください」 奥から僅かにテレビの音が聞こえる。反応はない。 「ごめんくださーい」 S氏が少し大きな声で呼んでみた。すると、奥から人の気配が近づいてくるのがわかった。しかし、なかなか姿をあらわさない。10数秒を経て、老人の店主がゆっくりと出てきた。目が不自由らしく、手さぐりで我々の近くまで歩を進める。勝手はよくわかっているらしい。自転車を貸りたいと言うと、何台かと聞いてきた。2台というと新車の横にあるかなり旧式の自転車をあてがわれた。もともと貸自転車は2台しかないらしい。選択の余地などは全くない。 1便で来た今日最初の客でこうなのであるから、なかなか厳しい。乗り心地も性能も、一見しておおよそ想像はついた。東京ではこれらよりも断然程度のいい放置自転車がゴロゴロ落ちている。だが、こんな事態は離島ではよくあることだ。波照間島では漕ぐ度にチェーンが空回りする自転車をS氏は苦労して乗っていた。要は走ればいい、それ以外にこの自転車に求めるものはない。 店から自転車を出そうとしたときに、奥から出てきたここの若奥さんらしき女性に呼び止められた。そして、今できたからと揚げたてのサーターアンダギーを一袋惜しげもなく我々に手渡した。 「揚げたてはうまいんだよ。さあ、食おうぜ」 笑顔でS氏がいいながら袋の口をほどいた。確かに揚げたてだ。熱感でそれがよくわかる。そして食べてみる。本当だ。これはうまい。揚げたてのサーターアンダギーは初めてであったが、これほどおいしいものだとは思わなかった。食通のS氏は笑顔が止まらない。 さて、これから島を巡ろうというときに困ったことがあった。地図がない。近年、沖縄がブームとはいえ、どの旅行雑誌にもこの多良間島についての記述は皆無に近い。だからこそ興味が沸いての訪問であったのだが、何もわからないのではどう巡っていいのかもわからない。仕方なく、見当で島を探検するしかなかった。滞在可能時間は4時間だったが、島は広くない。いずれにしても島を全部見ることはできるような気がした。僕もS氏も方向感覚が驚異的に優れていているため不安は全くない。 空港は島の南東の端、集落は島の北側に寄り添うように存在している。その集落を取り囲むように森があちこち点在していて、あとはたいていがキビ畑だ。森は集落を台風から守る防風林の役目を果たしている。 島の北側の海岸に出た。小さな港もある。晴れていればさぞかし美しい場所であろうが、今日はだめだ。冷たい北風がそのまま襲ってくる。 自転車を降りて海岸に立つと、漂流物がたくさんあった。流木あり、椰子の実あり、中でも一番多いのがペットボトル類のゴミ。拾って出所を確かめると台湾からのものが多い。香港製もある。黒潮に乗り300キロを旅したゴミたちである。 かつて、この海流は琉球と日本にアジアにおける農耕文明というかけがえのないものを運んできた。この海流なくして、琉球および日本はおそらく存在し得なかったことであろう。ところが時代を経て、今この海流はその文明が行き着いた末の行き場のなくなった悪しき膿をただ無意味に運んでいるのである。漂着物という響きにはロマンがあるが、この浜に打ち上げられたこれらのゴミを見て、そこから想像する異境の国に僕は行ってみたいという気が起こらない。 どこまでも平坦な島だが、それでも島の北西部はいくらか台地状になっている。それがどう関係しているのかわからないが、このあたりの鬱蒼とした森には墓が多い。どれも亀甲墓だが、その多くに石組みの立派なアーチが架けられた門があった。人一人が腰をかがめてようやく通れる程度の高さで、それを抜けると墓と門、左右をぐるりと囲む小さな広場となっている。4〜5メートル四方はあるだろうか。墓として考えれば非常に広い空間である。さらに周りは樹木に囲まれ、その場所がより荘厳に思えてくる。どうやら、この一帯が島の墓地らしい。 高台という地形を利用して、北側に宮古遠見台、西側に八重山遠見台と呼ばれる石組みの狼煙台がある。勿論、現在は使われていないが、昔は離島間の重要な通信施設である。よじ登り眺望を楽しもうとしたが、それ以上に高く成長していた樹木に邪魔をされ、今にも降り出しそうな曇天を見上げることしかできない。 |
〜今度こそ後編に続く〜 揚げたてサーターアンダギーのパワーはもう切れる。 果たして二人は多良間に思い出は残せるのか。乞ご期待。 |
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