『新・街道をゆく』その1
〜多良間への道(後編)


 集落に戻ろうと、森からのゆるい坂道を下った。この借りた自転車は互いにサイズが小さく、サドルもたいして上がらない。そのため窮屈に足を折って漕がなくてはならず、ろくに速度が出せない。ちょっとした上り坂になればもう進まない。だから、このように下り坂になると無性に爽快な気分になる。
 100メートルほどを一気に下ると、あたりがひらけて遠く集落風景が見えていた。道の両脇にはフクギ(福木)の並木が続いている。
「これがこの島の名物、フクギ並木じゃないかな」
 S氏が言った。事前に収集した知識からの推測である。言われてみればそうとも思えた。途中に神社のようなウタキ(御獄)があったので立ち寄った。社前の広場には小さな宴の跡らしき残骸が少々。横手の茂みには泡盛の空ビンが何百と積み重なっていた。
 どうも島に着いてから殺風景な印象がつきまとってならない。どうしてだろう。この天気のせいばかりではなさそうだ。しかし、その謎はすぐに解けた。
 ──人がいない──
 自転車屋を出てから、僕とS氏は1人の人間ともすれ違っていなかった。視界にすら人影をとらえることもなかった。こうした不安が、島独特の静けさをいまだに心地よく感じさせてくれなかったのだ。
 そんなとき、遠くから自転車に乗った子供の集団が向かってくるのが見えた。引率している女性は先生なのであろう。愉快に騒ぎながら近づいてくる。これからどこで何をするのだろう。そんなことを思いながら、内心ほっとした面持ちで集団の通り過ぎるのを見ていたら、一斉に子供達が我々の方に顔を向けて、
「こんにちはー」
 と元気に笑顔で挨拶をしたのである。思わずこちらからも言葉を返したものの、実にぎこちない返事になってしまった。遠ざかる彼等の姿を見ながら、しばし呆然としていた。

 集落に入ると幾人か子供の姿を見た。皆、我々に気づくと元気に、
「こんにちはー」
 と声をかけてくれる。これは、明らかに島での学校教育の一端であることは想像できるが、それを行うほうも、行わせようとするほうも実に素晴らしい資質を備えていると僕は確信した。お上がどうであれ、本土がどうであれ、この島の方針はこれでいい。
 子供だけではない。大人も老人もこちらが誠意を持って会釈をすれば、同様に笑顔まで浮かべて返してくれる。離島で心が洗われるような感触を持つそのカラクリはこんなところにあると思う。

 アマガーは面白い。面白好きな人は絶対訪れてみるべき場所だ。方言でガーが井戸を意味する。だが、本土のいわゆる竪堀の井戸とは違う。
 入り口があり、急な岩肌を気をつけながら一歩一歩、約5メートル下るとこんどはさらに暗闇の洞穴がずっと奥のほうまで続いている。真っ暗で外からではどこまで穴が続くのか全くわからない。勇気を出して入ってはみたものの、あたりは真っ暗闇で物音一つしない。井戸はいったいどこにあるのだろう。この状況はただひとこと、怖い。
 僕は「旅のお供」と名付けているいつものバッグからペンマグライトを取り出した。こんなものは旅人の常識として携帯している。
 ライトで奥を照らすと、穴はさらに続いていた。足元に注意しながらさらに進む。天井や側面を照らして様子をうかがう。最高に気味が悪い。さらに5メートル下る。どうやら最深部に到達したようだ。水は枯れていた。外の明かりは全く届かずライトを消せば無音の暗闇となる。怖い。
 再び外に出るとさすがにホッとした。だが、面白かった。

 島の西側の高台には、高さ10数メートルの展望台がある。螺旋階段をぐるぐる登り、テラスに出るといきなり折からの強風にあおられた。
目の前に東シナ海が果てしなく広がっている。天気がよければ、ここから宮古諸島、八重山諸島の島影がはっきりとらえられたことであろう。すごい強風。海は大荒れ。今日はやはりダメだ。
 反対側のテラスからは島が一望できる。こうしてみる限り、島はやはり広い。手前の集落の向こうには、キビ畑が延々と続き、それを農道が整然と仕切っている。最高の眺めだが、いかんせん天気が惜しい。

「製糖工場に行ってみよう。島の東側だったと思う」
 S氏が言った。時間はまだあったので足を向けた。キビ畑の中を防風林に守られながら、追い風に乗り悠々と進む。行けども行けどもキビ畑。ちょうど刈り取りの作業を行っている畑もあった。人の手で作業するところもあれば、見たこともない巨大な刈り取りマシーンで根こそぎ刈り取っているところもあった。
 幾台かの運搬トラックが、これでもかというほどキビを満載して我々を追い抜いていった。この先が製糖工場だろう。

 製糖工場は大き過ぎた。こじんまりとした町工場みたいなものを想像していた僕とS氏には少し期待外れなものであった。全てがフルオートメーション化されているかのような工場の見学はあきらめ、道を引き返した。我々をそこで出迎えていたのは強力な向かい風であった。
 ただでさえ漕ぎ辛いのに、この向かい風である。今度こそ行けども行けども集落は遙か彼方である。もう、立ち漕ぎでしか前に進まない。
 ──いい体験だ。だから旅はやめられない──
 痙攣しそうな両足と次第に体温を失っていく体に限界を感じつつも、この脱日常的な経験に、僕は満足を感じていた。

 そのような中、畑の中に忽然とフクギの並木が出現した。なぜか舗装道路と平行する未舗装の道にこの並木が不自然に続いている。300メートルはあっただろうか。並木は中途半端に終わる。
「わかった。これが名物のフクギ並木だ」
 S氏の言う通り、これこそ話に聞く並木であることは間違いない。しかし、生活道路でもないようなこの場所に、この並木の意味は何なのであろうかと疑問が浮かんでしまった。S氏も同じように考え込んでいる。
 とはいえ、それは大して深刻な問題ではない。わからなければ、それでいい。いつか、そのうちにわかるときが来るだろう。

 集落内を散策してから、我々は自転車を返すため店に戻った。
「ごめんくださーい」
 30数秒後、例のおじいが奥から現れた。意味不明な問答をしてから料金を清算し、中央スーパーで空港までのバスを待った。その時間S氏はスーパーでこの島の特産銘菓である「花ぱんびん」や、多良間黒糖を買い占めていた。
「またこうして結局買い出しになっちゃうんだよなあ」
 沖縄を訪れる度に必ずS氏が口にする言葉がここで出た。

 車窓からのキビ畑の風景が眠気を誘う。運転手の鼻唄は、どうやら本土の演歌らしい。短い滞在だったが、充実した時間が過ごせた。
 帰りの飛行機は、終始雲の中を飛んでいた。外は上も下もわからない白い世界。戦時中バミューダトライアングルで消息不明になった米海軍のアベンジャー攻撃機のパイロットが見た風景と同じに違いないと、心を踊らせているうちに着陸体勢に入った。行きと同じハードランディングを予測していたが、なんと極上のソフトランディングをきめてくれた。無事、石垣島到着。
「そうそう、これだよ、これ」
 本来の着陸に、僕は何度も首を縦に振っていた。乗客は4名。多良間への旅はこうして終わった。

 あれからS氏は多良間島がよほど気に入ったらしく、島を紹介するホームページを作ろうと、資料集めに奔走している。時期をあらためての島への再訪も既に計画しているらしい。その実現を祈ろう。僕もいつか天気がいいときの島を見てみたいと思っている。「多良間島=風」のイメージを払拭するために。


 〜多良間への道〜(完)

《追補》
 この旅の当日1/15は、宮古・八重山地方に強風波浪警報が発令されていました。事実、この日八重山諸島鳩間島沖にて外国の輸送船が悪天候により沈没。大きなニュースとなっていました。
 そんな中、よくあんな飛行機(超小型)が飛んだものだと感心、かつちょっと身震いしてしまいました。やっぱり旅は「天気」です。

 「新・街道をゆく」シリーズ。次回は八重山諸島、〜黒島への道〜へと続きます。
 こちらは一話完結の予定。乞ご期待。




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