『新・街道をゆく』その2
〜八重山への道(前編)


(前回の多良間島から、まだ旅は続きます)

 那覇から船出した古の旅人にとって、ここ八重山は特別な風景に映る。
 沖縄本島の山原(やんばる)と呼ばれる北部の山岳地帯と違い、那覇のある中南部は丘陵が多いものの、それほどの高地は存在しない。果てしなく平坦な東シナ海の海原を進み、はじめにまず宮古島へと到着すると、この島を中心として池間島、伊良部島、下地島など宮古諸島を編成する島々は皆一様に平坦な島である。さらに行くと多良間島だ。すでに言うまでもなくこの島も平坦である。
 起伏のない風景を見続けた末に、旅人はついに石垣島を中心とする八重山諸島にたどり着くと、思わず感嘆した。突然、山々がそびえている。島の先端から山脈は続き、遙か奥手はぼんやりと霞んでいた。無数の山々が幾重にも連なっているように見えるこの景観から、この地を人は「八重山」と名付けた。「やいま」、「えーま」と発音する。

 現在でも沖縄では石垣島というより、八重山といったほうが通りがいい。もちろん、石垣島ゆえにあたり一面石垣だらけではない。その昔、島がイシャナギジマと方言で呼ばれていたものに、後から当て字を行ったため石垣島と表現されているに過ぎない。そう納得してから、あらためて石垣島という文字をみると、実にうまい表現であると思わざるを得ない。そして、「めんそーれ」が「おーりとーり」と、方言も全く異にする。

 前日の強風にすっかり冷えきった体は、ホテルの大浴場で充分に回復することができた。こんな南国の島で、熱い湯につかり極上の気分を味わっているのだからどうしようもない。湯上がりの浴衣姿で、ヤシの木を眺めているのも、考えてみれば妙な光景である。
 朝食を終え、ロビーで待っているとレンタカー会社の青年が、僕とS氏を迎えに来た。5分ほどで事務所に着き、いつもの小型車をあてがわれた。
 ハンドルは僕が握り、エンジンをかける。そのとき、S氏が言った。
「どこに行こうか?」
 行き先を、まだ何も決めていないことに気がついた。

 とりあえず車を走らせ、今いる島の南端の市街地を抜け、海沿いに西の方角へと向かった。かれこれ、互いに八重山へは何度となく足を運んでいる。たいがいの観光地は、もう何度も訪れて魅力を感じない。
 たまたま、S氏が空港で島のガイドブックを見つけていた。これが重宝する。彼は本職の立場から、この観光客向けの冊子の装丁をしきりに褒めている。詳細な道路地図はもとより、観光地の説明や豊富な写真、土産屋、食事処、酒処、おまけにナイトスポット(?)が各店ごとに網羅されている。特に「ロシアより愛をこめて 金髪ダンサー豪華ショー!! 南の島のエキゾチック・ナイト!!」の、クラブ豊(ゆたか)さんの広告がいい。
 冗談はさておき、この冊子は確かに便利である。『石垣島タウンガイド』(表紙がマンタの写真)を見つけたら、1冊持っておくといい。(無料)僕が思うに、多分、この本以上の島の情報は見つからない。

 市街を抜けて、じきに宮崎観音堂に着いた。左右を深い緑に覆われた石灯籠の続く階段を登る。厳粛さがこの空間に宿っているのがよくわかる。ふと、左右の木々におびただしいおみくじが結ばれているのに気づいた。
「あ、今年はまだ占っていなかった」
 僕の言葉に、S氏がちらりと目を向けた。ふと、堂宇が目の前に現れる。が、観音像を期待していたS氏のあてが外れた。残念ながら堂宇は改修中らしく、数人の職人達が黙々と作業をしている。おみくじも売っていない。僕の今年の運勢は、まだ謎のままである。
 観音堂の階段下、道路を渡るとすぐに海岸がある。竹富島が正面にひっそりと浮かんでいる。夕方は、この場所からの沈む夕日が美しい。堤防に座り、東シナ海に沈んでいく太陽をぼんやりと眺める。そんな時間をいつか生涯の伴侶なる人と過ごしてみたい。
 などと思っていると、少し離れた場所から若者達の笑い声が聞こえてきた。八重山と胸に刺しゅうのある野球のユニフォームを着ている。八重山高校の学生だ。なにやら一人ずつ立ち上がっては、皆の前に立ち歌やら漫才、奇怪な芸をしては笑われている。
「新入部員の儀式じゃないかな」
 S氏が一緒になり笑いながらそう言った。きっと、間違いない。その横でマネージャーであろう4人の女の子達が、なんとも冷やかな笑顔を作ってその光景を傍観している。どうか男の世界をわかってやってほしい。

 それから、S氏と僕は島の東端である御願崎(うがんざき)へと向かった。ここには灯台がある。片側の断崖の下には美しい珊瑚礁が広がり、リーフの外は荒々しい波が絶え間なく打ち寄せている。もう片側は直接大波にさらされているため、ドーンという音と共に飛沫が信じられない高さにまで撥ね上げられている。天候はまだ回復していない。
 灯台から先の岩場を進んでいく。みるみるうちに足場がなくなり、強風の断崖をロッククライミングした。こういうときS氏は度胸がいい。本当に危険なところを両手両足を使い、半ば命懸けで進んでいるというのに、全く涼しい顔をしている。旅ではテンションが上がると、彼はよく言うが僕から見ればアドレナリンの過剰放出にしか感じられない。
 立ちはだかる垂直岩、僅かな突起を手掛かり足掛かりに登る。踏み外したら海まで転落するだろう岩壁にぴったり張りついて慎重に進む。ともかくも、崖をつたい岩を登り、ついに岬の先の先まで到着した。せりだした岩の下を覗き込むと荒れ狂う海が広がっている。ぞっとする。立ち上がろうにも、二本足になった途端に風で吹き飛ばされそうである。
 僕は充分に満足していた。また新たなスポットを開拓できた。さっさと帰ろうとしていたとき、S氏はなんとそこでタイタニックでお馴染みの直立で両手を真横に伸ばしてのポーズをとっているではないか。
「風、強いね」
 平然とS氏がいうせりふに、心身ともに正常な僕は返す言葉がなかった。

 島の東端への道路は、地図上ではもう少し続きある地点でぷつりと途絶えている。
「この道の最奥って、どうなっているんだろう」
 S氏と同様、その結末に興味を持った僕は、その数少ない未踏破の場所に向けて車を走らせた。
 道はしばらく何ら変化なく続いていた。こうして走っている限り、やがて半島を一周してしまうかと錯覚してしまう。対向車は依然として一台もない。途中、歩道に黒い牛が一頭つながれていた。周囲に家屋も畑もない。ここに牛がいる意図がまったく理解不能である。
 そして、だんだんと歩道に繁茂する雑草が目立ってきた。ようやく道が終わるような気がした。が、道はまだ終わらない。やはり、半島を一周しているのだ、地図はまだ修正が間に合っていないんだ、と確信を抱き始めていた。
 前方にゆるい左カーブがある。通常の速度(60キロ)で曲がる。
「あっ」
 急ブレーキ。前方には低い土手状になった草むらが。車はアスファルトが切れ未舗装だったわずかな砂利地になんとか停止した。二人ともしばし安堵の息をつく。
 道は、突然終わっていた。

「普通は何か表示があるよね」
 そう言いながら、S氏と僕は車を降り、前方の土手の奥の世界を見に行った。その先は、深い谷になっていた。向こう岸は深いジャングルが広がっている。きっと、いつか橋が架けられ、道路が延長されてこの道は半島一周道路になることであろう。
 車を切り返し、次なる地点へと再びアクセルを踏み込んだ。S氏と今の場所について感想を述べ合っているうちに珍しく対向車とすれ違った。軽トラックに地元の人らしい中年の男が一人で乗っていた。
 このまま行けば、間違いなく行き止まりにたどり着く。途中、畑も家もない。男の目的を考えているうちにふと思いついた。
 ──そうそう、牛がいたっけ──
 十中八九、彼はあの牛と何らかの関係を持っている。だからこの行き止まりになる道を走っていた。それで納得はできたが、それでも一つ疑問が残った。どうして牛をあの場所で育てているのか、それは今でも全然わからない。

 (中編に続く)
  目新しい観光地は彼等にはもうないのか。新たな未開拓観光スポットを求め、
  二人の石垣島での彷徨は続く。乞ご期待。

  ……石垣島は見どころいっぱい観光スポット盛り沢山の島です。




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