『新・街道をゆく』その2
〜八重山への道(中編)


 川平(かびら)湾は、沖縄でも有数の景勝地として名高い。湾を見下ろす高台の林からの風景は、どこか日本的な様式美を感じさせる。手前には湾の中洲らしき島がいくつか浮かび、砂浜からの海は透明度が群を抜いて高く、光源の角度や上空の天候により微妙な緑や青色を映し出す。それが周囲の木々の緑と海岸の砂の白さと交じり合うと、絶景の表現に見合うだけの風光明媚を醸し出す。
 この湾では、真珠の養殖が行われている。真珠の中でも、特に珍重されている黒真珠である。高価なため、土産にするには難儀である。

 S氏が感慨もなく湾を見つめている。いくら風光明媚とはいえども、天候がその魅力を半減させていては、その本来の姿を知る旅人には素直に喜べないものがある。
 横から声がして目を向けると、関西方面から来たらしい中年の一団が、感嘆の声を上げながらしきりにシャッターを切っていた。僕は、初めてここを訪れたときの気持ちをにわかに思い出した。たしか、雨だった。
 浜に下りると、客待ちのグラスボートが静かに停泊していた。ここはちょうど北風から守られている地形であるため、風がほとんどない。気温はもともと高い場所なのだから、ちょうどよい塩梅である。やはり、海の透明度は圧倒的だった。

「ハブの館がある」
 と、S氏が言った。同じ川平湾の駐車場にあるレストハウスの裏という。ついて行くと、彼はレストハウスのガラス扉を押し開け中に入っていく。入り口横のレジから、店員がいらっしゃいませと声をかけてきた。それを尻目に店の中をさらに奥へと進む。大きな水槽に、真っ青な小魚がたくさん泳いでいる。せまい中庭への扉を抜けると、ハブの館だった。
 薄暗い蛍光灯の小屋のような建物には、いくつかの仕切られた水の入っていない水槽があり、予想どおりそれぞれにはヘビがいた。キングコブラ、ハブ、サキシマハブ、アカマタ、ニシキヘビなどいろいろいる。ニシキヘビは大きいが、本島の玉泉洞王国村にいるやつのほうがだんぜん大きい。見応えがある。建物の奥行きはせいぜい4メートルで、入り口とは別にもう一つの出入り口があった。
 そこを出ると、また蛍光灯の小屋があった。ハブのぬいぐるみからキーホルダー、ハブ酒、謎の丸薬とこれらはみやげ物だ。この小屋はよく見渡すと奥にむかって階段状の座席になっている。座席から正面の位置には大きなガラス張りの空水槽が設置されている。そこに一匹の哺乳動物が無気力に周囲を伺っている。
 ──マングース……だ──
 店の主人の笑顔が気味悪い。水槽の手前のガラスビンに対戦相手のまだ子供のハブが入っていた。僕はなぜか再び客席に目を向けた。ここで夜な夜な(昼間でしょ)行われる蛍光灯下での対決をじっと見守る観客の気だるそうな姿がふと目に浮かんだ。
 でも、誰がわざわざここまで来てこのショーを見るのだろうか。もう充分に昼時だったが、館の客は誰もいない。レストランも営業していながら客足は皆無である。この館に不遇の時代を乗り切る体力が残されていることを期待するほかない。

 館を出ると、現世に帰って来たような心地よい解放感に包まれた。ちょうど、長い冬眠を終えて久しぶりに外の空気を吸い込んだクマの気持ちと同じである。空腹そうだ。そういえば、僕もそろそろ腹がすいてきたところである。昼食はいい店がある。車をその方面に向け出発した。

 隣でS氏が地図を見ながら言った。
「荒川の滝っていうのがある。知ってる?」
 勿論、知らない。場所は道すがらにあるようだった。車はほぼ島の北部に入っていた。すでに人家どころか畑もない。一方は海、そしてもう一方は南国の原生林が広がるばかりである。
 そのガイドの写真で見るかぎり、滝自体は大きくはないがそれを囲む鬱蒼とした樹木や周囲の巨石がいかにも手つかずの大自然を思わせてくれる。多少山道を歩いても服が汚れてもいい、それだけの価値のあるような場所であるような気がした。
 島の北部には米原のキャンプ場と呼ばれる美しい海岸がある。シーズン中は、まさにテント一つで何カ月もここで暮らす人々で賑わうらしい。荒川の滝はその付近にあるようだが、何度もこの島を訪れていて滝どころか、その標識の存在すら気づいたことがない。後天的に観光ポイントにされたにせよ、あまりに知られていない場所だ。途中、それらしきところで減速するがなかなか見つからない。ついに米原のキャンプ場に着いてしまった。車を引き返す。見つけるのだ。
 滝というくらいだから、川があるはずである。川は何本かあった。そのうちのいずれかに違いないことはわかっている。やがてバス停を発見。「荒川」とある。近い。さらに注意して車を走らせると、道の脇に車が2台も止まれば満車であろう駐車スペースがある。少し朽ちかけた案内板もある。僕は期待を持って車を止めた。

「ヒカンザクラ群生地」、案内板にはそう書かれていた。そこから林道が深い原生林に向かって伸びている。5メートル奥はもう暗闇だった。
 そのときS氏が何かに気づいた。
「水の音だ。川があるんじゃないかな」
 車道に沿って10メートルほど歩く。水の音が近づいた。ガードレールから木々の間を覗いて驚いた。激しく水の流れ落ちる音、僕は見てしまった。思わず息をのんだ。見覚えのある光景。紛れもなく、そこには今さっき写真で見た通りの「滝」があった。ここが、荒川の滝、である。
「これじゃあ、見つからないよねえ」
 写真のアングルと寸分違わぬ場所から滝を見つめながらS氏が言った。してやられた、というような顔をしている。だが、怨恨は感じない。旅では、特に沖縄ではこういう出会いが珍しくない。滝は水量が多かった。

 試しに林道に分け入ってみることにした。僕は手頃な小枝を拾い、手前でぐるぐる回しながらゆっくりと進む。クモの巣に引っかかりたくないときはこうするといい。だが、もっと暖かい季節だったらこの森には入らなかっただろう。S氏も同じだ。間違いなくハブがいる場所だ。
 林道は5メートルで終わっていた。あとは勝手に進めということらしい。随分前に人が通ったらしき草の薄いところを歩く。30メートルほどで滝の上流であろう涼しげな渓流に出た。
 様々な南方の植物が群生している。ここは雰囲気がいい。さらに手頃な足場を伝って上流へと進んだ。これ以上進めない(軽装では)ところに着くと、もう周りはここが日本であることを全く感じさせない。
 今度は滝を上から望もうと川岸を下る。S氏の歩調は相変わらず好調である。義経の八艘跳びがちょうどこれに似ている。僕はといえば、どうもうまくない。ナ〇キのシューズは濡れ地に俄然弱く、薄く苔の覆った岩に滑ってばかりで身の危険すら感じる。街の色つき歩道も、雨で濡れていると恐怖のスケートリンクと化す。何度、恐るべき体験をしたことか。そういうわけで、S氏に一歩一歩指定されながらゆっくり進み、ようやく滝の上に到着した。
 滝壺に岸の木枝からロープが垂れ下がっていた。ターザンごっこができるらしい。そういえば、写真のキャプションに水遊びにもってこいと書いてあった。これは楽しそうだ。だが、今日は遠慮しておく。

 滝に沿ってロープが垂れている。このロープを使って滝の下に降りるのだ。有無も言わさず、S氏がそのロープに体重を預け降りていった。
 下は足場が悪く、しかも狭い。僕は上から滝壺を眺めることにした。S氏の掴んだロープがピンと張っている。あまり新しいものではなく、太さもたよりない。大丈夫かなと思い、巻き付けられた木の根元のほうに目をやって驚愕した。ロープの一点が極端に細くなっているではないか。そしてその箇所は、さらに別の木にこすりつけられ磨耗していく。いますぐ切れるとは思わなかったが、万が一もある。僕はこの真実をS氏に伝えようとしたものの、少し迷った。
 ──これを聞いて、彼が慌ててムリな力をかけたら本当に切れるぞ──
 そう思い、僕は思いとどまることにした。
 無邪気にS氏はロープでの滝壺ライフを満喫している。状況を知る僕には全く信じ難い光景だ。僕はその瞬間に備えて、切れた時のとっさの対応のシュミレーションに余念がなかった。すばやく掴み、握力がなくなる前に別の頑丈な木へ結わいつけるのがベストだ。適当な木を選択した。運よく、その木はすぐに見つかった。次は切れた瞬間、どちらの手で先に掴んだほうが有効かを考える。この場は左手が先がいい。両足で体重の二倍強を支えることになる。足場も固定しておいた。右手はその後すぐ左手に添え、一気にその木へロープを巻き付ける。うまくいけば二重に巻ける。こうなれば安泰だが、最悪タイミングが遅れた場合、一重どころか人力に頼るだけになってしまう。そのために、すべりどめの木をもう一本選択した。これなら多少遅れてもなんとか巻きつけるだけの僅かな時間は稼げる。その後は、自力で上がってきてもらおう。これで、計画は完璧だ。さあ、ロープよ、思いっきり切れるがよい。僕の体内にもアドレナリンが駆けめぐる。
 そうして、いつでも切れていいように準備を終え、ロープに手を添えておこうとしたとき、満足げな表情のS氏がひょいと上がってきた。
「また、いい場所見つけちゃった」
 何事もなかったかのように、軽く手を払って笑顔を浮かべている。

 かくして、僕はS氏の命の恩人になりそこねた。

 (後編に続く)
  あわや絶体絶命の危機を乗り切った二人。彼等が次に目指した場所は。
  そしてどんな昼食にありつくのか。乞う、ご期待。




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