私は器用と言われて育ちました
すぐ下の妹と二人目の妹が2年目毎に生まれたので、一人遊びを覚えて育ちました。
母が洋裁店をしていたのと、編み物が上手で、姉妹のセーターは母の手作りだったので、門前の小僧の例えもあるように、私の遊びは布の切れ端でキューピーさんの洋服を縫う事や、セーターを編んであげることだったのです。
幸か不幸か母は仕事が忙しく、「自分で考えなさい」と言うのが母の何時もの台詞でした。
失敗の様な自分の不都合になるような事は、覚えていませんが、失敗した作品は裁ち屑の中に、隠していたのかも知れません。只、失敗を叱られた事はありませんでした。
ミシンも「気を付けなさい」と言うだけで、使う事を許してくれてましたし、鋏は切り方を注意しただけで、使わせてくれました。
ですから、小学校1年生でお弁当を持っていく事になった時の弁当風呂敷は、臙脂色に白のチェック柄の木綿で、縁を三つ折りにしてミシンをかけて自分で作りました。
自分で作った代表作なので、いまだに縫っている自分の姿と、足で踏んだミシンの感触を覚えていますし、大切に6年生迄使っていました。
父も器用で、模型飛行機作りを教えて呉れましたし、写真は自分で現像焼付けはもとより、引き伸ばしの機械を、古い写真機を使って作ったり、電気炬燵をサーモスタット付きで拵えたり、ラジオも手作りで、家の中は手作りの物で溢れていました。
ですから、小学5年生になって手芸・裁縫が教科に加わった時、クラスの誰よりも上手に出来て先生に褒められ、私は器用なのと自惚れて居ました。この自惚れは、仕事にした洋裁、妹が始めたリボンフラワーの手伝いと続いていました。
自惚れの鼻柱を折られた出来事 其の一
リボンフラワーの手伝いを始めて間もなく、フラワーデザインの必要性を感じ、妹が師事した事の有る、ビル・ヒクソン先生の講習を受けた時の事です。
以前妹が持っているフラワーデザインの写真を見て、アレンジをした事が有ったので、自信満々授業に臨みました。
授業が始まって、実習が始まるとノートに取ったスケッチや書き込みを見ても、理解の出来ていない頭には、何の事やら判らず、先生の見本と机を何回も往復してやっと仕上げると言う始末でした。私の器用さはまったく通用しなかったのです。基礎のパターンを理解出来たのは3年、三回目の講習を受けてからでした。
その経験が、リボンフラワーを教える時、何回も問い直す生徒さんの気持ちが判り腹を立てる事が無くなりました。
自惚れの鼻柱を折られた出来事 其の二
ヒクソン先生にエッグアートの先生を紹介された2年後、エッグショーに初出品する事になり、私は日本人は器用なのよ、と一寸アメリカ人に対して見くびった気持ちを持って、目一杯手間を掛けて日本人だったら絶対褒めて呉れそうな作品と、自分は満足しているけれど、アメリカ人には地味過ぎるかも知れないと思う作品を持って参加しました。
エッグショーがオープンして、ショックだったのは、手間をかけた作品より、地味だと思っていた作品の方が、コレクターに気に入られて買って頂けたのです。
同じ会場に出品している方で、作り方が雑なのに、作品がとても好く売れる方が居たのですが、其の方の暖かな人柄が作品に出て居て、ファンが多いのだと伺いました。
好きなら作れば好い
アメリカのエッグショーでの事です。
アクロンと言う都市で開かれたエッグショーに行った時の事、豪華な馬車や、宝石箱を並べている作家の中に、ひな壇の様な展示で、同じデザインの作品を並べている方がいらっしゃいました。近寄って見ましたら、記念切手をデコパージュにした単純な作品でした。そこで感激したのは、作者はかなりなお年寄りで私に「いいでしょう?」って言われたのです。日本人だったら「恥ずかしくてこんな作品出したくない」と言いそうな作品です。でも其の方はきっと御自分の好きな切手を卵に飾ってと考えて、持っている技術に見合ったデザインになさったのでしょう。他の方の能力と競争をしているわけではないのです。皆さんに見ていただきたいだけなんですね、きっと。
コンテスト好きでよく出品する私は、大いに反省させられました。
コインランドリーでの事
アメリカでは下宿をしますが、最初の下宿の洗濯機が壊れてコインランドリーに行っていた時の事、待つ間の一寸離れたベンチで何か作っている方が居ました。手芸好きの私が見ていると、手招きで呼ばれたので、近付きますと広げて見せてくれたのは、日本で以前流行した文化刺繍でした。柄は竹に寅の模様で、私の趣味とは違ってました。でも其の方は、にっこり笑って自信に満ちて「素敵でしょう?」とおっしゃるのです。勿論とても素敵と答えながら、エッグショーの方も、コインランドリーの方も、好きな物を作る喜びを味わって、其の喜びを私に分けてくださったのだと思い、素敵なアメリカ人に逢った幸せを感謝し、「手芸が好きなら作ればいい」「絵が好きなら描けば好い」を実行しようと考えました。
リボンフラワー教室での事
妹が創案したリボンフラワーを産経学園で教えて居た時の事、「私は不器用なんですが、入学しても好いですか」と言って、入った方が居ました。其の方はお姉さんがとても器用な人で、小さな頃から不器用と言われて来たと言っていました。入った後も「貴女に教えて呉れる先生が居るなんて不思議」と言われて居ましたが、習う事が楽しく熱心でした。
入ってから1年後、びっくりするほど上達して、お友達の娘さんのブケーを作る程になり、憎まれ口をきいていたおねえさんも感心するようになったと、喜んでいました。
其の方の経験から私も教える楽しさを覚え、不器用は、なれて居ないだけを自信を持って言うようになりました。
器用と自負している人は損をする
蒔絵教室に通い始めて頃、一緒に入ったグループにとても上手な方が居ました。先生も認めて居ましたが、一年程経た頃、御病人の看病で3ヶ月お休みになりました。友人として其の方の作品を見るのが楽しみだったので、電話をしたのですが、3ヶ月も休んで遅れてしまったからと、止めてしまわれたのです。蒔絵の場合3ヶ月は大した事の無い遅れなのに、なまじ自信をお持ちだったので、同じに入った人に遅れたと思い込み折角の才能を発揮するチャンスをなくしてしまったのでしょう。それとも他のお教室に行って居るのかもしれませんが。
不器用だと思っている人に3タイプ有ります
其の一は、家族がどなたも手作りに興味のないお家で育った方。
其の二は、お母様がとても器用で、学校の工作など、全部お母様が作ってしまうと言う方
其の三は、御兄弟に器用な方が居て、何時も比べられて、劣等感を持ってしまった方
其の他に手仕事にまったく興味が無い方が居ますが、興味の無い事は、上達しないのが当たり前なので、不器用とは言わないと思います。
私は、スポーツに関しては見るのは好きですが、不得手です。
文章の悪さはお許し下さい。
