《 夢の宮10 》
は な
薔薇いくさ
作者:今野緒雪
表紙・挿絵:波津彬子
コバルト文庫7-16 1998年9月10日初刷
ISBN:4-08-614499-9
夢の宮、というシリーズの中でも薔薇にちなむ作品はちょっと特別であろう。何故なら、基本的に一話完結の形式をとっているにも関わらず、『薔薇の名の王』『十六夜薔薇の残香』『薔薇いくさ』は共通の登場人物を持っているからだ。それだけ、登場人物たちが並々ならぬ資質を備えているともいえる。
しかも、今回はこれまで脇役であった巫女にスポットがあてられた事で、ますます興味深い。
巫女とは神と交信できる女であるわけだが、鸞神の巫女はそれを夢という方法で行うようだ。つまり、神が直接巫女の体を憑巫とするのではなく、託宣を夢という形で降ろしてくるわけだ。一度にひとつの夢しか降ろす事ができないのは当然と思われる。いわば巫女は夢の憑巫であり、これは巫女の一部たり得ない。異物である。それを複数受け容れる事は、自己を保つ事がそれだけ困難になる事を意味する。ひとつ、という限定は、巫女自身を守る安全弁と言える。また、当然これを完璧に除去するためには、言葉を介して全て出してしまわなければならない。偽ったり、述べ残してはいけないというのは、ここに由来するのであろう。
ならば、それを伝える事が相手を破滅させうるとしたらどうするか。勿論自分が破滅したくなければ、巫女(medium)は文字通りの媒体(medium)として、考える事なく全部伝えてしまわなければならない。但し巫女も人間である以上、託宣すべき内容を知っていれば、それが難しい事もある、というディレンマが今回のテーマなわけだな。夢はひとつだけ、という安全弁を設けるくらいなら、もう一つ、巫女は託宣する内容を知り得ないという、古今東西しばしば見られるもうひとつの安全弁も設けておけばいいのになあ……。
ともあれ、知ってしまったがために、自分の将来を投げ出して運命の相手に捧げ尽くしてしまう照葉も照葉ながら、宿命は潔く受け容れながらも、かけひきを忘れない鸞王妃[糸巣]糸もなかなかしたたかだ。それとは対称的に、いつもながら、その相手役はおおぼけだった。宰相の要黐がいなければ、この代はたちゆかなかったんじゃないか? と思えてしまうぞ。それくらい、木香は頼りなく見えるのだよなあ。次の王となった茨木の事を考え合わせても、まさしく「要黐、御苦労様でした」なのであった。
〈1998/09/03〉