《 夢の宮6 》
亞心王物語
作者:今野緒雪
表紙・挿絵:波津彬子
上巻:コバルト文庫こ7-7 1996年4月10日初刷
下巻:コバルト文庫こ7-8 1996年8月10日初刷
ISBN:4-08-614182-5/4-08-614225-2
亞心王……不思議な名前ではある。名前に凝っている事の多い《夢の宮》であるが、ことに本作では主人公の弟琲きゅう(「叫」の字の偏が虫偏であるもの。例によってJISにないのだ)が名前の意味にこだわっている事から、その他の主要な登場人物の名前にまで、思考が巡らされる。
実際、亞心王、その解題は終幕にあたってれん鳥(これまた「れん」の文字がない)により、彼の本名である琅蜃の頭の一字、「良い王」を裏返した「悪王」であろう、と解かれている。事実、彼は悪を為してきた者であり、また、悪を見せる事で実の弟を導いてもいる。だが本当にそれだけなのだろうか。れん鳥の解題は、あまりにもストレートでありすぎはしないか。
亞(亜の旧字体)という文字には、幾つかの意味がある。ひとつは「醜い」という事。もうひとつには「次(の位)」であるという事。「分岐点」という事。そして「言葉が不自由である」という事。
彼を本来あるべき地位から追い落としたのは、後宮に繰り広げられた「醜い心」から出た「醜い行為」であり、それをれん鳥は幼い頃から繰り返し夢に見た。次に、そもそも彼は側室腹である。側室、すなわち正妃に次ぐ者であり、側室腹とは嫡子に次ぐ存在だという事だ。そしてまた、彼は養父であった盗賊の頭の後を継ぐ事で頭の実子を追い、その導きによって彼らに、そのまま賊として生きるも良民に立ち返るも自由であるという選択の余地を示した。彼らの人生の分岐点となったともいえる。最後に、彼は自分の出自を黙して語らず、盗賊の頭としては生きて捕らえられない事で、鸞王家に大して大きな役割を果たした。言葉が不自由であるという点では広い解釈をしなければならないが、自らの口を封じたのである。これらの事を考え合わせると、亞心王という名はなかなかに面白い意味を秘めているのではないか、と思う。
〈1998/09/07〉