楽しく生きるヒント


良い加減にやろう

「良い加減」をふだん使い慣れた言葉に言い直すると「いいかげん」となりますね。いいかげんにやろう、なっていったら会社の先輩や上司からきっと叱られてしまいますよね。
でも本当はちょうど良い加減にやろうということであって、この良い加減の本当の意味はバランス感覚が良い、という意味だと思うのです。
あまり緊張せず、かといってだらけることなく、ほどほどに物事に対処する、実はこれが生きていくうえで大切なノウハウなのです。

アテネオリンピックにおける日本選手の活躍はすばらしいものでした。男性もそうでしたが、特に女性の活躍はめざましいものがありました。メダルに輝いた人たちに感じられることは、緊張していたというより、それを楽しんでいたように思えるものでした。一昔まえのように、緊張に押しつぶされてしまうような人はいませんでした。
緊張を楽しみ、それによって持っている自分の力をすべてを出し切る。これこそ「いいかげん」の真髄ではないでしょうか。

生きているだけで、丸もうけだ

「生きているだけで、人生丸もうけよ」とNHK朝の連続テレビドラマ『わかば』で南田洋子さん(主人公のおばあさん役)がよく口にする言葉です。
前向きに、肯定的に生きれば、少々つらいことでも何とかなってしまうものだ、ということを言いたいのだと思います。
もちろん、作者が言いたいことだとは思いますが、なんともおおらかで全てを容認してしまう、そんなように聞こえてホットしますでしょう。

生命の暗号

『生命の暗号』(いのちの暗号)。これは遺伝子研究家として世界的権威者である村上和雄先生が著した本のタイトルです。そして「あなたの遺伝子が目覚めるとき」というのが副題です。
一組の両親から生まれる子供には70兆通りの組み合わせあり、この世に生まれてきたということは、70兆という莫大な数の可能性の中から、たまたまあなたが選ばれて、この世に存在していることになります。ですからそれだけでも貴重だということになります。そして人間はみな、サムシング・グレートから何がしかのミッションを預かって生まれてきたのだ、と。
村上先生は、ここで人間を超えた存在を信じるようになった、と言っております。それをサムシング・グレート(偉大なる何者か)と表現されました。人間は大自然の不思議な力で生かされているという側面を忘れてはいけない。自然に育てれているのだと。
遺伝子はある環境に巡り合うと、それまで眠っていた遺伝子が「待ってました」とばかりに活発にはたらき出すのだそうです。
そのことをご自身が気づいたのは、先生がアメリカに行って研究環境が大きく変わったためで、それまでは「一生ヒラの研究者でいい」と思っていたものが、環境が変わり、自分自身、まったく人が変わったようになってしまった、といっております。
この遺伝子ですが、プラス型発想することによって良い遺伝子が芽生え、何かに感動することによって活発に活動するのだ、と先生は付け加えております。

さて、今日、あなたは何に感動しましたか?

旅に出よう

「旅にでよう」
なんと響きのよい言葉なのでしょう。きっと「旅」は心の癒しになるのでしょうね。同じ意味の言葉に「旅行」がありますが、こっちの方はなんとなく急ぎ足で駆け巡るような、そんな気分にする言葉です。
旅はあまり時間にとらわれず、目的もなく、ただゆっくりぶらぶらする、きっとそんな意味を持っているのでしょうか。
仕事を持っている人間にとって、時間的にも費用的にも余裕などないと思いますよね。たしかにその通りです。私もそうです。
お勧めしたいのが思いついたときにやる「ぶらり散歩」です。なんとなくイライラが続くようだったら、ちょっと散歩に出ることです。ちょっとで良いと思うのです。

趣味を持つ

他人に公表(自慢)できるような趣味を持つって、けっこう難しいことですよね。ちょっとやっただけでは自分でも楽しいという段階までいかないし、ましてや人の前でそれを披瀝することなどできないことでしょう。
そのためには、ある程度のガマンが必要です。それが何かと言えば、訓練とワザを醸成するための時間です。
訓練となればつらいものです。この、少々のつらさをガマンする、ということがなかなかできないのです。理由は簡単です。訓練の成果を認めてもらえるような状況が存在しないからです。
そこで、お奨めしたいのが、趣味を持ち、腕うをあげたならば、その成果を見てもらう場を意識的に作ることです。そして見てくれている人(達)からほめてもらうのです。ほめてもらうという言い方に抵抗があるならば、喜んでもらうのです。つまり、人の役に立つのです。
例えば、その趣味を持つ仲間とリサイタルを開くとか、それとは別に所属する研究会の仲間の会(忘年会など最高です)で出番をもらう(出演させてもらう)とか、高齢者福祉センター等でボランティア活動するとか、真剣に考えれば場はいくらでもある。
このページの書き手はマジックとパントマイムを趣味としている。この2つのワザを融合し、何とか別のヒューマン・スキルを創造したいと試行錯誤しているところです。

喜べるってどんなとき

誰でもお金が手に入るとうれしい。お金で幸せが買えると思っているからだろうか。お金はそれを手にしたときだけ嬉しいのであって、続けて持っていてもあんまり幸せではなさそうだ(幸か不幸か私は金持ちではないから、そのあたりはよくわかりませんが)。周りの人を見ても、お金持ちが幸せそうで、そうでない人が不幸に見えるかと言えば、そうでもないですね。
品物もお金と同じようですね。欲しいものを手にしたときは最高に嬉しいものです。でも、それが飽きてしまったり、不要になったりしたら、邪魔モノです。

ところでサービスはどうでしょう。
よいサービスを受けて満足した気持ちはなかなか消えるものではありません。時が経っても気持ちのよさ、すがすがしさは鮮明に覚えているものです。
よいサービスは相手に幸せを与えるものなのですね。
でもまだ、ピンときませんね。
本当の幸せ感はもっと違うところにありそうですね。
それは何なのでしょう。




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