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ECM New Series

Album cover reproduced by courtesy of ECM Records, Munich
●ジャケット写真はECM Recordsの許諾のもと、掲載しております。(musicircus


Jean-Luc Godard
Histoire(s) du Cinéma

Jean-Luc Godard

ECM New Series 1706

toutes les histoires
une histoire seule
seul le cinéma
fatale beauté
la monnaie de l'absolu
une vague nouvelle
le contrôle de l'univers
les signes parmi nous

Recorded 1988-1997

ECM New Series 1706 (5-CD Set)

国内盤未発売
 
 
「神の道化師」あるいは「裸の声」

 ――ジャン=リュック・ゴダール『映画史』サウンドトラックを聴く

 
 
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   「小説ではなく。絵ではなく。でもまずは謎であるもの。これこそが映画です」

(ジャン=リュック・ゴダール「ピエール・ブロンベルジェ著『シネマメモワール』の序文」より。『ゴダール全評論・全発言V』〈奥村昭夫訳、筑摩書房〉所収)


 
   たとえば、闇のなかから差しのべられた、皺深い掌のモノクロ画像と、緑の平原を背景にして、宙をさまよい指先で求めあうような、男女ふたつの手の精細なカラー画像。それからまた、モノクロの、笑顔で男に手を伸ばし、踊るようなかっこうで静止した黒い水着のエリザベス・テイラーに、ジョットーが描いた金色と赤のマグダラのマリアが、天空から手を差しのべるかのように重なっている画面。そしてべつの画面では、黒の上にただ白く "MONTAGE MON BEAU SOUCI" (モンタージュ わが美しき悩み)という文字があり、重なって赤く "UNE VAGUE NOUVELLE" (ひとつの新しい波)の文字。  
   あるいはまた、雨のなか黙々と泥道を歩む修道士たちや、片手を振りあげ、叫びながら駆けてきて、銃撃され街路に倒れる女。絶望し掌で顔を覆う少年。これらのモノクロ画像はそれぞれイタリアの、ロベルト・ロッセリーニによる三つの映画の場面である。短い煙草をくわえたロッセリーニの肖像写真と並ぶのは、雲がかかった月のような、イングリッド・バーグマンの顔。それから詩人ジャン・コクトーの顔や、"UNE HISTOIRE SEULE" (ただひとつの歴史)という白い文字がうすく重ねられた、小説家ヴァージニア・ウルフの、思索的な顔。霧に白くかすんだ林で、どこかに遠い呼び声をあげているらしい、女の小さな影。  
   労働者の群衆。赤い文字で "KINO PRAVDA" (キノ・プラウダ 真実の映画)。収容所の男の、痩せ衰えて棒切れみたいになった腕と、骸骨のような顔。鉄格子ごしに女が男の手の指に接吻する、ロベール・ブレッソンの映画『スリ』のラストシーン。または、鉄条網のそばで小銃を構えたパレスチナのゲリラ兵士のカラー画像。あるいは、カール・ドライヤーの古い映画の一場面らしい、舟べりに片腕をかけ眠る女を乗せて川を渡る、小舟のモノクロ画像。そこに重ねて赤く "EURYDICE" (エウリディケ)の文字がある。  
   フェルメールの有名な絵もあって、青いターバンの少女の、神秘的な光を宿した眼差しが、振り向きざまにこちらを見つめている。マネの描いた居酒屋のナナも、白粉をはたく手をとめてふくよかな顔を向ける。"JE SAIS A QUOI TU PENSES" (あんたのかんがえてることわかってるのよ)。そして、切り返しみたいに暗い眼をこちらに向けるファスビンダーやフィリップ・ガレルの顔。ブレッソンの端正な横顔など、映画作家の肖像がいくつもある。道化のメーキャップでヴァイオリンを弾く『ライムライト』のチャーリー・チャップリン。憂わしげな面差しのバスター・キートン。リタ・ヘイワースを抱き寄せ、合わせ鏡で増殖する『上海から来た女』のオーソン・ウェルズ。闇に浮かぶヒッチコックや、ジャン・ルノワールの風貌。哄笑するジャック・リヴェットや悩めるトリュフォー、風格のあるロメール。そんなヌーヴェルヴァーグの作家たちの顔も、それぞれ闇のなかに浮かんでいる。"TOI HISTOIRE" (きみ 歴史)という、白い文字。暗がりで斜め横から照らされ、顔半分しか見えないが、眼鏡をかけたゴダールの顔が二重写しに、うっすらと透けているのがわかる、瞼を伏せて慈愛の微笑みを浮かべた、レオナルドの素描による聖アンナの像。  
   火花の閃光によって暗闇のなかからオレンジ色に浮かびあがるのは、美しい女の裸体である。その臍と下腹部と影のような恥毛と、片手と腿だけが、くっきりと見える。あるいは大島渚の『愛のコリーダ』から、死のけはいを濃厚に漂わせながら、騎乗位で性交する女と男の、白黒になった画面。そこに "FA" という白い文字があるのは、その上に、赤い服を着たアンナ・カリーナが鋏をもってこちらを睨んでいる『気狂いピエロ』の画面があって、"DO RE MI" という文字が重ねられているからだ。"FA" は、窓を開ける白い寝巻姿の女の背中で、黒い文字の "FATALE" (宿命的)となり、窓の向うに囚われた黒い服の男の胸で、"BEAUTE" (美)という赤い文字になる。  
   "SEUL" (ただひとつ)という文字が重なっている、鶏の顔や皺深い男の顔写真。ぐったりとしどけなく寝そべるアンヌ・ヴィアゼムスキーを載せたまま、赤い旗と黒い旗とを青空に翻し、宙高く浮かぶカメラのクレーン。そこに透けるのは、"SEUL LE CINEMA" (ただ映画だけ)という文字だ。  
   白黒のぼやけた人影、滲む光。緑と紫の光にゆらめく、モネの絵のような水面に、溺れてもがく男。女たちの歓喜や、驚愕や、虚無の表情。フランシス・ベイコンの絵の、燃えたつ黄や赤に溶けるような、歩くゴッホの像。金髪の若い女優のあどけない顔に重なる、クリムトのきらびやかな『接吻』の絵、さらに重ねて "LE VOYAGE" (旅)。それからまた、黒の画面に "USINE DE REVE" (夢の工場)の白い文字、そして夢のように淡く黄色い薔薇の花。


 
 
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福田光一
Kouichi Fukuda

『映画史』解説/堀潤之 (堀 潤之のホームページ top page

 

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