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rovamimi returns |
多田雅範 Masanori Tada
update
2008. 6. 8. |
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| 幼稚園から吹き続けてはいたが2年生になるまで謂われのない教師のバッシングにあい苦労していた。 |
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| ある日となりのともこちゃんがふたりっきりでおしえてくれた。 |
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| 帰宅するなり「ママ!ハモニカにもドレミファあるんだね!」と叫んだおれ。 |
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| 「あんた、いままでどやってハモニカを吹いてたんだい?」と母親。 |
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| おれは3年間もデタラメに息を出し入れしながら、みんなが演奏する音楽に自分が放つすっとんきょうな音色が混じっているのを、その不協和音を楽しんでいたのだった。 |
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| 音楽はアヴァンギャルドなものとして到来した。 |
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| ウルトラマンの怪獣の咆哮に毎日興奮したが、それは当時の現代音楽であった。 |
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| 4年生になって音楽クラブにはいって大太鼓をやった。 |
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| わたしの好きな女の子ベスト10にんのうち9にんが音楽クラブに入っていたのだ。 |
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| かわいい女の子たちがピアニカにくちをつけてほっぺたとゆびをうごかしているのを見るのが好きだった。 |
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| ピアニカがいっしょうけんめいになると、おれもいっしょうけんめいになってタイコをたたいた。 |
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| 音楽は女の子のうごきだった。 |
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| ランドセルを揺らしながら当時は丸暗記していたベートーベン『運命』の第4楽章をくちずさんで帰った。 |
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| 紅潮するほっぺ、うごくゆび、ピアニカ、おれのタイコ、運命、まさにシュトルム・ウント・ドランクな函館市港小学校だ。 |
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| 6年生になって新しい恋の音楽、アグネス・チャンの「草原の輝き」とチューリップの「心の旅」、に出会って、音楽クラブをやめてしまった。 |
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おやじカンタービレ vol. 2 ▼ Niseko-Rossy Pi-Pikoe @musicircus |
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<006> 「カラフルなメシアンでさらなる次元のピアニズムを胎動させている」 児玉桃ピアノリサイタル〜メシアン生誕100年を記念して〜 2008年3月1日(土) 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール <007> <008> <009> <010> |