●1981年9月24日(金)、新宿文化センターで行なわれた記念コンサート第二夜における《ふるべゆらゆら(布瑠部由良由良)》の演奏では、奄美の民話の語りと民謡で島尾ミホ氏が、そして自作の詩の朗読で吉増剛造氏が参加していました。ふたりが同作品の演奏にそろって参加したのはこれが唯一の機会だったようです。ステージ前方の左右には胎児の頭蓋大の灰色の石をならべてつくった小さなサークルがしつらえてあり、左手の円のなかに吉増氏が、右手の円のなかには島尾女史がはいりました。(吉増剛造の著書『打ち震える時間』のなかに、このときの「石」が発砲スチロール製で意外に軽いものだったという記述があります)
ほの暗い舞台の中央では黒装束の男声合唱団員が車座に座り、こちらは本物の石を打ち鳴らしながら上述した祓詞を朗唱していきます。おなじ日本語とはいえ、古代の神事の際に口にされる言葉です。耳から聴くだけではまったく意味が把握できない祝詞のもつオーラのようなものがひしひしと伝わってきます。
いっぽう舞台上の詩人は、何枚もの大判の和紙に大きく毛筆で書かれた詩篇を両手に捧げもち、つぶやいたり、叫んだり、どもるように音を繰り返しながら、見えない形を言葉の手のひらで少しずつ確かめながら透き通った細い声で詩への接近をくりかえしていきます。放送初演では高橋大海による急速な疾走を思わせる朗読だったこともあり、吉増剛造のぐ、ぐ、ぐ、とブレーキがかかる口調に不意をつかれました。(後年、その時に受けた衝撃が『石狩シーツ』という宇宙的戦慄を漂わせるCDの出現によって再帰します)
読み終わった大判の半紙は、一枚、また一枚と、しずかに宙を舞いながら落ちていきます。じつに美しい時間でした。
小説家、島尾敏夫の夫人でもある島尾ミホさんの語りは、まるで数百年前の時間がいきなり目の前に現れたような鮮烈な印象をあたえました。古い奄美の言葉は、意味が理解できない箇所が多いのですが、ゆるやかな起伏と小さな渦を内包した声それ自体が、なんともいえない心の手触りを伝えるものでした。
その間も合唱は、ヴェルレーヌの翻訳詩を十二音技法のスタイルで作曲したものを歌ったり、日本語のさまざまな様態を重層的に提示していきます。
古代から現代にいたるさまざまな音楽的サウンドスケープが、全体に暗く凝縮された精神の運動を暗示させつつ、現れては消えていきます。あたかも、宗教的な「秘儀」を連想させる古代楽器の音が、内向的な精神世界の営みとしての現代音楽や現代詩や即興的なロック演奏と合わせ鏡のように対置されているような印象を受けました。
(テープ版では、これ以外の音源として、石上神宮他の神官たちによる「呪文」の朗唱、高橋大海による声明と吉増剛造の詩の朗読、矢野顕子の声、銅鐸、石笛、弥生の琴などの古代楽器アンサンブル、また突然現れるロック・バンドにも不思議なインパクトがありました)