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 彩耳記
 
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2 柴田南雄の《追分節考》と《ふるべゆらゆら》  
 

柴田南雄(1916-1996)は、日本の前衛音楽をリードしてきた作曲家でした。歴史や文化的背景のなかから音楽のあり方を捉えて、種々の因果関係を詳細に分析した上で位置付ける手並みの良さは、さすが東大で植物分類学を修めた経歴のたまものでしょうか。「芸術音楽」としてのアヴァンギャルドを導く確かな羅針盤として、日本のクラシック音楽の進展に大きな役割をはたしました。著作も多く、教育面を含め各方面で活躍しましたが、一般的な音楽ファンにとっては、1980年代半ばに近藤譲氏にバトンが渡されるまで長きにわたって続いたNHK-FMでの海外の最新の現代音楽の解説紹介がもっとも印象深いのではないかと思います。

 作曲家としての柴田南雄は、音楽を「音の楽しみ」であると同時に、さまざまな仕掛けや謎を施した知的生産行為とし、時に挑発的な、時に遊戯的な、時に実践学習的な印象をもった数々の魅力的な作品を残しています。

 柴田南雄の作品は、その響きを聴いていると脳内が活性化してくるような新鮮な魅力が特徴です。音を聴きながらあれこれと想像がふくらんで左脳が回転しはじめ、やがて今音楽を聴いていることを思い直すようなこともしばしばです。でもそれがひとつの統一的な体験として収まっているところが、やはり「作曲家・柴田南雄」の懐の深さであり、個性であり、実力なのだと思います。

 

柴田南雄は、1970年代以来作曲を試みてきた合唱による〈シアターピース〉の成果により、1982年度の「サントリー音楽賞」を受賞しました。当時、その受賞記念コンサートが東京と大阪で開催されましたが、東京公演は2日間に亙って行なわれ(大阪は一日のみの公演)、初日は《追分節考》《北越戯譜》《萬歳流し》《念仏踊り》の四作品、二日目には《ふるべゆらゆら(布瑠部由良由良)》、そして演奏時間に約一時間近くを要する大作《宇宙について》が取り上げられ、私は幸運にも両日ともホールで鑑賞することができました。

 

1973年作曲の《追分節考(おいわけぶしこう)》は、西洋音楽の理念でもある固定したリズムや拍節感、和声にもとづいた創作とは根本的に異なった音楽的思考によってつくられているたいへんユニークな作品です。私はもう7回以上ライヴで聴いていますが、そのたびに感動を新たにし、日本の現代音楽作品の最高峰ではないかとさえ思います。作品の鍵は、演奏者ひとりひとりが独自の音楽的時間を形成しながら、全体としてある種の秩序を成立させる、そのやり方にあります。整然と組織された固定的な音楽ではなく、むしろ音楽的な場の創出と言ったほうが相応しいように思いますが、そこには、西欧が構築してきた理念を越えようとするあたらしい方法論が明確に読み取れます。

 楽譜には断片的な演奏用の素材が提示されており、それぞれに「お」「い」「わ」「け」等の記号が付されています。指揮者は各記号が記された〈うちわ〉を舞台前面の机にさしたり引き抜いたりしながら、作品内で起こる音の出来事を即興的にアレンジしていきます。個々の演奏者はその〈うちわ〉を見ながら音を発していくわけです。したがって、作品のすがたは演奏のたびに異なったものになります。

 《追分節考》の演奏素材は以下のものからできています。――追分節とそのヴァリアント数種(男声)、即興的発声(男声)、佐久のお座敷歌と化した信濃追分(女声)、追分節の旋律構成音およびその倍音からなるクラスター(女声)、西洋音楽導入に功績のあった明治の音楽学者、上原六四郎の著作で民謡を野卑なるものとした論考「俗楽旋律考」の朗読(女声)、そして尺八奏者(一名でも複数名でも可)が奏でる追分節の旋律。

 通常、柴田南雄の〈シアターピース〉作品では、演奏者は客席や劇場全体を自由に移動しながら演奏を行ないます。音楽の中心は複数化し、部分と全体が相互に浸透する空間がつくられます。たとえば、上述した東京公演初日での《追分節考》の演奏では、最初に客席のドアが開け放たれ、遠くから追分をうたう声がゆっくりとちかづいてきて演奏が始まりました。やがて歌い手の数がふえて、劇場全体は、互いにぶつかりあい、しぶきをあげ、うずを巻いて打ち寄せる響きの波紋で満たされていきました。やがて、その恍惚状態は、追分と基音を半音ずらして突然始まるお座敷歌がもたらす違和感と、「俗楽旋律考」の早口の朗読が喚起するアイロニカルな気分によって所々で破られていきます。

 

当時、柴田は日本民謡の旋律構成のあり方を分析して「骸骨理論」なるものを完成させていました(『音楽の骸骨のはなし──日本民謡と12音音楽の理論』[音楽之友社 絶版])。《追分節考》はその成果を創作に取り入れたものでした。背後で流れる女声による倍音群は、この理論によるものです。(ちなみに、柴田南雄はシュトックハウゼンのやはり倍音を歌いつづける合唱曲《シュティムンク》との類似性を気にしていて、自分の作品がシュトックハウゼンとは無関係にオリジナルな発想から生まれたことを口にしていたそうです)

 また《追分節考》では、全員がひとつの音楽的時間にしたがうのではなく、いくつもの時間が平行して流れるままにまかせるという発想も重要なポイントといえます。こうした方向性は、高橋悠治やホセ・マセダ(著書『ドローンと旋律』の邦訳があります)の音楽にもみられる特徴ですが、そうした背景にあるのは、アジアの生活文化や音楽様式に立脚した具体的な思索であり行動のかたちなのです。しかし、「伝統的構造モデル」を探究し考察することでたしかに「方法論」は鍛えられるわけですが、「モデル」にしたがった創作や行為はやはりどこか窮屈なすがたにとどまる宿命にあるようにも思います。

 ちなみに最近の高橋悠治の音楽は、観念的な「モデル」の束縛から逃れる方向を強めており、身体や非支配的な組織をさらに尊重した、厳密でもあり曖昧でもある不思議なものに変化してきています。

 

《ふるべゆらゆら(布瑠部由良由良)》(1979)について。


作品に使用されているテクストの出典
1) 奈良県天理の石上(いそのかみ)神宮の「ひふみ」の祓詞(はらえのことば)、身振り手振りを伴う布瑠部の神業(かむわざ)、十種祓詞(とくさのはらえのことば)、十種神宝大御名(とくさのかんだからのおおみな)。
2) 東大寺お水とりの声明から「神名帳」(じんみょうちょう)の第八段(天一太白)。
3) 奄美の加計呂麻島の民話の語りと民謡。
4) 吉増剛造「地獄のスケッチブック」。(詩集『わが悪魔祓い』より)
5) ボードレール詩・福永武彦訳「秋の歌」。

器楽部分の素材
1) 縄文時代の石笛。
2) 弥生時代の琴。〔福岡県春日市辻田(つじばたけ)遺跡出土の琴の原寸大複製品〕
3) 弥生時代の銅鐸。〔複製〕
4) リコーダー合奏。
(NHKで放送初演されたテープ版では、リコーダー合奏のかわりに渡辺香津美、坂本龍一、小原礼、山木秀夫によるバンドが参加)

 以上すべての素材は、合唱「秋の歌」と土笛のアンサンブルの部分を除いて、演奏のたびに指揮者によってステージ上で即興的に構成されます。スコアには断片的な音符やモチーフだけが記されていて、ほとんどの部分が即興演奏になります。本作品の作曲意図と経過については、柴田南雄の著書『日本の音を聴く』(青土社)に詳述されていますので、興味のあるかたは是非御参照ください。

 

石上神宮(いそのかみじんぐう)は、奈良県天理市布留町布留山にある物部氏一族の神社です。布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)、布留御魂神(ふるのみたまおおかみ)、布都斯御魂大神(ふつしみたまおおかみ)を祭っていますが、これらは主に「神剣」です。その背景として、物部一族が戦(いくさ)と密接な関係にあったことを指摘する意見もあります。

 柴田南雄の作品のタイトルにもなった「布留部由良由良」とは、この神社に伝わるある呪文のことです。御祭神のひとつである布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)は、 十種神宝(とくさのかんだから)という霊力のある宝で、物部一族にとっては天皇家の三種の神器にあたる重要なものでした。すなわち、澳津鏡(おきつかがみ)、死返玉(まかるがえしのたま)、辺津鏡(へつかがみ)、道返玉(みちがえしのたま)、八握劍(やつかのつるぎ)、蛇比礼(へみのひれ)、生玉(いくたま)、蜂比礼(はちのひれ)、足玉(たるたま)、品物比礼(くさぐさのもののひれ)、以上十種の宝です。

 そこでこの「呪文」なのですが、先代旧事本紀の第三巻、『天神本紀』に以下の記述があります。

「もし痛むところあらば、この十宝(とくさのたから)をして、一二三四五六七八九十(ひふみよいつむななやこおと)と言いて、布留部由良由良止布留部(ふるべゆらゆらとふるべ)。かくなさば死人(まかれるひと)も生き返えらん」

(「止」は、「留」とも表記する場合があるようです)

 ここでの「由良」とは、現代語でも使う「ゆらゆら」という形容動詞。「ふるべ」とは、「震えなさい」という意味です。一説には、物部氏が信奉していた宗教が戦いの現場で心を「奮い立たせる」ことと関連して、魂を振って称えることで病人を治し、死者をも甦らせることになったのではないか、と言われています。

 ちなみに、平安時代以降の主流である中臣神道は「禊みそぎ」の神道であり、汚れを禊ぎで洗い落として清らかな心身に至ることが重要とされていて、物部神道とは違った流れになります。

 つい神道の話に流れてしまいましたが、これもまた「柴田南雄の宇宙」が導きなせるわざだとご理解ください。

 

1981924日(金)、新宿文化センターで行なわれた記念コンサート第二夜における《ふるべゆらゆら(布瑠部由良由良)》の演奏では、奄美の民話の語りと民謡で島尾ミホ氏が、そして自作の詩の朗読で吉増剛造氏が参加していました。ふたりが同作品の演奏にそろって参加したのはこれが唯一の機会だったようです。ステージ前方の左右には胎児の頭蓋大の灰色の石をならべてつくった小さなサークルがしつらえてあり、左手の円のなかに吉増氏が、右手の円のなかには島尾女史がはいりました。(吉増剛造の著書『打ち震える時間』のなかに、このときの「石」が発砲スチロール製で意外に軽いものだったという記述があります)

 ほの暗い舞台の中央では黒装束の男声合唱団員が車座に座り、こちらは本物の石を打ち鳴らしながら上述した祓詞を朗唱していきます。おなじ日本語とはいえ、古代の神事の際に口にされる言葉です。耳から聴くだけではまったく意味が把握できない祝詞のもつオーラのようなものがひしひしと伝わってきます。

 いっぽう舞台上の詩人は、何枚もの大判の和紙に大きく毛筆で書かれた詩篇を両手に捧げもち、つぶやいたり、叫んだり、どもるように音を繰り返しながら、見えない形を言葉の手のひらで少しずつ確かめながら透き通った細い声で詩への接近をくりかえしていきます。放送初演では高橋大海による急速な疾走を思わせる朗読だったこともあり、吉増剛造のぐ、ぐ、ぐ、とブレーキがかかる口調に不意をつかれました。(後年、その時に受けた衝撃が『石狩シーツ』という宇宙的戦慄を漂わせるCDの出現によって再帰します) 読み終わった大判の半紙は、一枚、また一枚と、しずかに宙を舞いながら落ちていきます。じつに美しい時間でした。

 小説家、島尾敏夫の夫人でもある島尾ミホさんの語りは、まるで数百年前の時間がいきなり目の前に現れたような鮮烈な印象をあたえました。古い奄美の言葉は、意味が理解できない箇所が多いのですが、ゆるやかな起伏と小さな渦を内包した声それ自体が、なんともいえない心の手触りを伝えるものでした。

 その間も合唱は、ヴェルレーヌの翻訳詩を十二音技法のスタイルで作曲したものを歌ったり、日本語のさまざまな様態を重層的に提示していきます。

 古代から現代にいたるさまざまな音楽的サウンドスケープが、全体に暗く凝縮された精神の運動を暗示させつつ、現れては消えていきます。あたかも、宗教的な「秘儀」を連想させる古代楽器の音が、内向的な精神世界の営みとしての現代音楽や現代詩や即興的なロック演奏と合わせ鏡のように対置されているような印象を受けました。

(テープ版では、これ以外の音源として、石上神宮他の神官たちによる「呪文」の朗唱、高橋大海による声明と吉増剛造の詩の朗読、矢野顕子の声、銅鐸、石笛、弥生の琴などの古代楽器アンサンブル、また突然現れるロック・バンドにも不思議なインパクトがありました)

 

じつはこの1981924日新宿文化センターでの《ふるべゆらゆら》の演奏を収録したCDが存在します。元々は柴田さんがプライヴェート盤として制作したもので、私は直接柴田南雄氏へ手紙を書いて御本人から入手しましたが、現在はジャケットも刷新されて一般のレコード店で入手することが可能です。

 

このCDには、ほかにもカウンターテナーとリコーダーのための《パイドロス──はばたくエロス》、ピアノのための《4つのインヴェンションと4つのドゥーブル》の2作品が収録されています。

 《パイドロス──はばたくエロス》を聴いた人は、たぶん笑いが止まらないんじゃないでしょうか。ボードヴィル的な雰囲気満点の、じつに面白い作品なのです。「笑える現代音楽」の最高峰かも知れません。(柴田南雄の音楽には何にでも「最高峰」と言ってみたくなります)

 カウンターテナーは全曲に渡って声帯を縦横無尽に駆使したアクロバティックな歌唱の限りをつくします。たとえばセンテンスの最後部だけ極端な音高の変化をつけたり、特定のシンタックスの強調による脱臼的効果、グリッサンドをともなう粘着的な発声等々。いっぽうリコーダーの楽譜は解読されたギリシアの遺品から復元されたものが用いられ、紀元前5世紀から紀元後2世紀までの断片を含む長短21種類の旋律のなかから、演奏者が適宜選択するようになっています。寂しげでどこかとぼけたような風情が、なんとも不思議な趣を醸し出しています。

 テクストは言うまでもなくプラトンで、ソクラテスとパイドロスによる恋愛(エロス)についての議論がもとになっています。はじめリュシアスの「美少年を愛するときにはたがいに恋愛関係にないほうがよろしい」という論文がパイドロスによって朗読され、それに対してソクラテスが、自分はおなじテーマでもっとたくみに論述してやろうと言います。それに続く部分、仮面をつけた歌手が猛烈なスピードで「弁論」を展開しますが、あまりに朗読スピードが速いため、ほとんど言葉ではなく「早口ノイズ」のようにしか聴こえません。ノンセンス・コントのようです。

 この第2の演説のテクストのみ、なぜか『日本書記』の巻26から取られているのも面白いところです。最後にソクラテスはダイモーンの声を聞き、神への償いの演説をすることになり、やはり美少年とは恋愛関係にあるほうがいいだろうとむすびます。

 修辞学の堅牢な形式とユーモラスな内容の対比がじつに楽しく刺激的です。フルクサス的な雰囲気も感じられる作品です。

 


堀内宏公
Hiromasa Horiuchi

 
柴田南雄の仕事を紹介するページ

架空書房 山鰐社(さんがくしゃ)
(柴田南雄・柴田雄次・柴田純子の未刊文書を集めたウェブサイト)


柴田南雄 合唱のためのシアターピース
[追分節考/北越戯譜/萬歳流し/念佛踊] 田中信昭指揮、東京混声合唱団、笛:鯉沼廣行、打楽器:佐藤迪、定成庸二 ほか
(国内盤 VICG-40106

ふるべゆらゆら−柴田南雄作品集−
[ふるべゆらゆら/パイドロス−はばたくエロス/四つのインヴェンションと四つのドゥーブル]田中信昭指揮、東京混声合唱団、声:丹羽勝海 ほか
(国内盤 FOCD2531

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