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 彩耳記
 
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7 響きの彼方へ
 〜共鳴・倍音・アンビエンス
 
 
 (1) 精霊たちが棲む場所
 (2) 響き合う音の波
 

 
(1) 精霊たちが棲む場所

 

さまざまな物は何かと触れ合って刺激を受け、振動することで音を鳴り響かせる。だから、たとえば静けさのなかに横たわる一本の弦は、そのなかに、いつか自身を響かせるための「音の種子」を隠し持っていると言えるかもしれない。

 

「よい響き」の基準を定義することは難しい。個人的な音の嗜好を別としても、「響き」の奥行きや深さの印象は、音の周囲の状態次第で大きく変わってしまうからである。音の状態は、時と場所の函数の微妙な「計らい」と「移ろい」の裡にある。

 オーディオ批評で、「アンビエンス」や「空気感」という言葉が使われる場合、この言葉が指し示そうとしているのは単なる音の立ち上がりや減衰のリアリティ、音同士のブレンド具合ではないだろう。むしろ、それらを言い当てる際に一般的に使われる言葉は、「存在感」や「臨場感」といった単語になるはずだ。では、音の「アンビエンス」とは、一体なんだろうか。

 

音の「アンビエンス」や「空気感」に注目する場合、耳が聴こうとしているのは、個々の音の質感ではなくて相互の音関係が生み出す状況や環境であり、それによって生じた「場所の気配」なのではないだろうか。

 響き合い共鳴する音を体感するとき、耳は、音がどこからやって来てどこへ消え去って行くのかというミステリアスな過程を追うよりも以前に、漂い、たゆたい、波のようにうねり流れ続ける音の様態に関心を傾けている。検体として音の分子を取り出して聴くのではなく、音の運動に身をゆだねるような体験。

 

音がつくりだす「気配」はけっして一定ではない。楽器を練習して弾きこなしていくうちに「あたらしい響き」が出来上がり、好きなCDを繰り返して聴くうちに「それまで聴こえなかったサウンド」が突然目の前に現れる。これらはごく普通のことだ。

 

カールハインツ・シュトックハウゼンの音楽のように、微細なモビールを山のように積み上げて作られた、高度に洗練された作品の場合、それを、いつ、どんな状況で聴くのかに応じて、作品の聴取体験がかなり異なったものになることは容易に想像しうる。シュトックハウゼンは、そうした耳のコンディションをも自らの「音楽作品」内に反映させようと考え、演奏者と一緒に合宿を行なって、肉体的・精神的なトレーニングを課すようになる。こうした行為は、一部で“新興宗教もどき”と揶揄されもしたが、だが音楽の秘密を探究する立場としては、むしろこれは当然の帰結であったともいえる。

 かれが「直観音楽」とよぶ即興演奏作品は、精神と耳を意識の高みで調律させることを達成できた(あるいは達成を目指している)演奏者と聴き手のための音楽である。音楽行為の前提条件として、感受性と創造性の鍛錬が、そこでは明確に要求されているのである。たとえば、《7つの日より〜直感音楽のための15のテキスト・コンポジジョン》(1968)という作品に含まれる一曲、7人の器楽奏者のための《夜の音楽》(1968)という作品では、楽譜は以下のようなテクストだけからなる。

 


宇宙のリズムで振動を一つ弾け

夢のリズムで振動を一つ弾け

夢のリズムで振動を一つ弾け

そしてそれをゆっくりと

宇宙のリズムに変えよ

これをできる限り何度も繰り返せ

 

シュトックハウゼンは、自分の音楽作品を演奏家や聴き手に直接的に理解してもらうために毎年講習会を開催しており、そこでは、神秘的かつ圧倒的な音の秘儀と祝祭がくりひろげられているという。

松平敬氏のシュトックハウゼンに関するサイト“Tierkreis
 シュトックハウゼン講習会参加レポートがあります。

 

シュトックハウゼンの音楽が有する鮮烈な美しさと形式的洗練は、すぐれた演奏および状況(シチュエーション)で接すれば、たとえ絶対音感をもっていない人でも、また音楽理論にもとづく分析的な耳の持ち主でなくとも、その比類ない素晴らしさが、たちどころに諒解されるはずのものだ。たとえば、マウリツィオ・ポリーニが自身のピアノ・リサイタルでよく取り上げるシュトックハウゼンのピアノ曲――《ピアノ曲V》(1954-55)や《ピアノ曲IX》(1954-55)など――をコンサートで聴くのは特別な体験といえよう。そこではすべての音がおそろしいまでにピュアに鳴り響き、あたかも宇宙の波動や生死の輪廻のなかに身を置いているような覚醒をもたらす。

 

コンディションに左右されるのはなにも楽器や人間だけではない。たとえば新しく建設されたコンサートホールの音が安定するまでには10年余の歳月がかかるという。建築後間もないホールは、まだ木材部の湿度が高過ぎるためにホール内での音の共鳴が不安定な状態にあるからである。これはギターやピアノなどの楽器本体に関してもおなじことが言える。

 ところが話はそれだけではない。ホール内部の木材や石は、毎日演奏される音楽の響きを「聞きながら」、より調和して共鳴しあう状態へとゆるやかに移行していくというのである。もっとも顕著な例はホールに設置されたパイプ・オルガンで、指揮者の岩城宏之さんによれば、オルガンが時間をかけてホールの響きになじんでくると、ステージで演奏された音が数十本のオルガンの管に共鳴し、ホール全体が柔らかい共鳴のベールに包まれるようになるという。

 音の精霊たちは相互に耳をすましながら、毎日すこしずつ、みずからの響きをチューニングしているのである。まるで有機体の自己組織システムのように。

 

 
(2) 響き合う音の波

 

任意の音を演奏する際、そこには基礎となる音高(基音)だけでなく、その整数倍の振動数の音(倍音)が自然に発生している。たとえば100Hzの音を演奏すれば、200Hz300Hz400Hz……の音が同時に響く――(「ド」の音のなかには、1オクターブ上のド、その上のミ、ソ、ド、ミ、ソ、シ♭、ド、レ、ミ、ファ♯、ソ……が含まれる)。倍音は楽器や演奏法次第で何番目の倍音が強くてその他が弱いなど、さまざまな内部構成をとり、それが個々の音色や音質の違いを決定するおもな要因となる。

 倍音同士が共鳴現象を引き起こすとき、音は複雑な干渉によってモアレのようなゆらぎと広がりを見せる。おなじ画像を何回もコピーすると最初は小さなゴミだった点がはっきりと目立ってくるように、音の内部のかすかな響きが集積すると、微小な共鳴が強調されて、元の音の影に隠れていた潜在的な相貌が姿を現してくる。

 冨田勲が最初にシンセサイザーを入手したとき、音は単音しか出すことができなかった。かれはわずかにピッチや波形を変えて何回もおなじ旋律を重ね録りしていくことで、分厚いうねりを孕んだ響きを獲得した。《月の光》(1974)、《惑星》(1977)、《ダフニスとクロエ》(1979)などのアルバムで聴かれる官能的なサウンドは、こうした過程を経て生み出されたものだ。

 

電子音に較べて、人声や楽器では倍音構造が一層複雑になり、響きのアンビエンスもさらに繊細で幅広いものとなる。日常の周囲で聞こえるさまざまな音にも複雑な世界が拡がっている。西洋音楽では、伝統慣習的にそうした音をノイズ(騒音)として排除してきた。音程の不規則な「噪音(そうおん)」を打楽器による響きとして取り入れはしたものの、西洋音楽においては基本的に音程のない楽器が奏でる音楽に耳をすます体験はほとんど存在していなかった。

 それが20世紀になると、モダニズムの流れに沿って、現代音楽の美学は伝統とは異なった指向を探りはじめる。作曲家たちは「響き」の分析に着手し、それを再構成することで斬新な音響合成体を「作品」として作曲するようになった。

 

作曲を「音響を組織化」として提示したエドガー・ヴァレーズが重要な存在だったことは論を俟たないが、振返ってみれば、日常生活のなかで耳にする響きを録音・再構成して「音楽作品」をつくろうとしたピエール・シェフェールの仕事も、現代の音楽状況の大きなターニングポイントであったことは間違いない。

 しかし、「音の力」をまざまざと思い知らせる作曲家といえば、ルーマニア出身でギリシアで育ちフランスで仕事をした作曲家イアニス・クセナキスをおいて他にない。

 クセナキスの作曲方法は、音の分析的配置という知的な行為に依拠する独特な観点から導かれている。とはいえ、要所要所の音の決定は、理論や計算を超えた作曲家としての個人的判断に委ねられている。そうして生み出されるクセナキスの音楽は、古代ギリシアの自由と戒律に関連した、厳格な祝祭的気分とでも形容できる精神的高揚をもたらす「音の力」もしくは「音の意志」に溢れている。

 

クセナキスは、時々刻々と姿を変化させる雲の分子構造のなかに音楽のイメージを求めた。また、嵐の音、イナゴの大群が飛来する音、政治デモや街頭闘争の音のなかに潜むエネルギーを、音楽的イメージを湧出させるモチベーションとして重視しつつ、古代ギリシアのピタゴラスやアリストクセノスから西洋近代に至る音楽理論および音程理論の総括として導き出した「ふるいの理論」という独自の音楽論(音程論)と、現代数学の確率論、群論をもとに作曲をおこなった。

 

「わたしは音楽を頭で感じ、心で考える」と語っていたクセナキスの作品は、他のどんな音楽とも似ていないオリジナルな世界を有している。なかでも素晴らしいのが録音したアコースティック・サウンドを素材につくられた初期のテープ音楽作品群である。イランの古代の廃墟で上演された《ペルセポリス Persépolis》(1971)、金属アクセサリーがぶつかって鳴る音や熱した炭のはぜる音を素材にした《ボオールBohor》(1962)、《オリエント・オクシデント Orient-Occident》(1960)などである。

 作曲者自身はみずからのテープ音楽を語る際、電子音を素材とした一般的なテープ音楽作品と区別するため、1960年代当時から「エレクトロ=アコースティック・ミュージック」という呼称をつかっていた。アコースティック音の素材を電子的に加工して音楽をつくる独自の姿勢を鮮明にするためである。しかし後年になるとテクノロジーの発展を取り入れて電子的な音を素材にした《エルの伝説 La Légende d'Eer》(1977)や《ミケーネ・アルファ Mycènes Alpha》(1978)といったテープ音楽の大作を手がけるようになる。さらに、特別に準備したプレート面に図像を描き、それを音響に変換するユピック・システムを開発して、創作や子供の音楽教育への参入に関心を傾けていくようになる。

 

初期の作品である《メタスタシス Metastasis》(1953-54)、《ピソプラクタ Pithoprakta》(1955-56)で聴かれる、弦楽合奏が同時に多方向へグリッサンドする際に生ずる響きの「うねり」の広がり、そして厚みの変化。こうした音楽を聴いていると、果てしない宇宙空間のなかで繰り広げられる「無」と「有」のドラマに立ち会っている臨場感をひしひしと感じる。

 

音楽を聴く体験は、さまざまなテクノロジーの技術革新を伴い、作曲家・演奏家・聴き手の新たな価値観の創出と呼応しながら、確実に変化をとげてきた。しかし、「響き」という価値観は古くて新しいものである。音楽の歴史は「調律」の歴史でもあったし、「楽器」の発明と改良の歴史でもあった。いつでも「響き合う音」に耳を傾ける態度が、新しい音楽のかたちをつくりあげてきた。「音楽」として耳にされる音の姿がどんなに変化しようとも、こうした「音への姿勢」は今後も変わることなくあり続けるだろう。

 

わたしたちの日常周辺に溢れている音楽は、いつの間にか十二平均律による西洋音楽ばかりになってしまったが、しかし世の中には十二平均律に収束されない響きの世界に耳をすます作曲家が何人も存在する。

 孤高の人イワン・ヴィシネグラツキー Ivan Wyschnegradsky1893-1979)は生涯を通じて四分音作品を作り続け、オリヴィエ・メシアンやアンリエット・ピュイグ=ロジェ、哲学者ヴラジーミル・ジャンケレヴィッチなどから深い尊敬を集めた。

 メキシコの作曲家ジュリアン・カリリョ(カリーリョ)(フリアン・カリージョ)Julian Carrillo1875-1965)は独自の微分音理論を構築した。(下記参照)

 そもそも十二平均律が登場するバッハ以前の時代にはさまざまな種類の調律法があった。そうした調律によるバロック以前もしくは古典派作品の演奏実践が、近年注目を集めている。(いわゆる古楽/アーリー・ミュージック/ピリオド・インストルメンツの動向)。

 そうしたさまざまな響きの彼方にも、耳を傾けていきたい。

音律について詳しく紹介しているページ
(R&M合唱音楽研究所)

 


追記

 メキシコ出身の作曲家ジュリアン・カリリョ(カリーリョ)(フリアン・カリージョ)は、自国の民俗音楽への関心から、遅くとも1895年には微分音による創作を開始し、“Thirteenth Sound” と名付けた音律システムを追究した。また4分音ギター、8分音ピッコロ、16分音ホルン、16分音ハープなどの特殊な楽器の製作にも携わった。

 かれの音楽を初めて聴いたのは、1981年のNHK-FM放送でのこと。武満徹と山口昌男をゲストに迎えて、美山良夫が紹介役を務め、音楽祭「1980年ベルリン・音楽の日々」を特集したプログラムが90分枠で二日間放送された。このときに取り上げられたのが、4分音、8分音、16分音を駆使したカリリョの比較的よく知られた作品《クリストフ・コロンブスへの前奏曲 Preludio a Colón》(1922-24)だった。これは構想のみに終わった微分音オペラのための前奏曲として、初めて “Thirteenth Sound” で作曲された作品。初演は、1925215日メキシコシティという記録もあるが、別の時のNHK-FM放送で柴田南雄が本作品を取り上げた際には1925年にフィラデルフィアでストコフスキーが初演したと紹介していた。オーケストラ版のほか、ソプラノ、フルート、ギター、ヴァイオリン、オクタヴィーナ(octavina:共鳴箱が大きくネックの短いギター)、ハープのための版、そしてこのベルリンの音楽祭で演奏されたソプラノ、フルート、弦楽四重奏、16分音ハープのための版などがあるようだ。

(ちなみに、音楽祭「ベルリン・音楽の日々」では、毎年、西洋的な伝統音楽とは異なる世界各地の新しい音楽の潮流を積極的に取り上げて紹介していた。)

 このときの放送で、私は、フィリップ・コーナー、ハリー・パーチ、イワン・ヴィシネグラツキーの音楽を初めて聴いて強い衝撃を受けた。なかでも、ラジオでは不分明ながら、振付もついたパーチの微分音舞台劇の大作《魔法にかけられたもの The Bewitched》(1957)の演奏には特に惹きつけられた。ゲストの武満徹が「パーチは言葉の訛(なま)りがひどかったらしいが、そのことと、かれの音楽との間には深い関わりがあるようにおもう」と語っていたのが印象的だった。もちろん、そう思うのは、私が武満徹のエッセイ「どもりはあともどりではない」(著書『音、沈黙と測りあえるほどに』所収)をすでに読んでいたからだが。

 1980年代初頭、当時池袋西武の12階にあった現代音楽レコード専門店アール・ヴィヴァンで芦川聡さんが店長をされていた頃、《クリストフ・コロンブスへの前奏曲》他を収録したカリリョ作品集の輸入盤LPを一度だけ目撃した。しかし、結果的にそのアルバムは入手できずに終わった。カリリョのCDは4枚ほど出ているようだ。

 
Huygens-Fokker Foundation
   Centre for Microtonal Music
  (微分音音楽に関する情報が集約されているサイト)

Harry Partch's Instruments
  (パーチの自作楽器の数々を疑似演奏できるサイト)

Julian Carrillo and the 13th Sound
  (Julián Carrillo y el Sonido 13
   a microtonal musical system

Ivan Wyschnegradsky - by Franck Jedrzejewski

 


堀内宏公
Hiromasa Horiuchi

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