homeへ戻る
彩耳記のtopへ戻る


 彩耳記
 
saiji-ki

22 声と息の芸術、義太夫  
 

浄瑠璃じょうるりとは、室町時代の中期(1500年頃)に発生した民衆音楽で、初めは琵琶びわや扇拍子おうぎびょうしを用いて物語を語り演じるものでした。浄瑠璃という名称は、代表的台本である「十二段草子じゅうにだんぞうし」(別名を「浄瑠璃姫物語じょうるりひめものがたり」といいます)から来ていると言われています。この浄瑠璃の演奏は、琉球(現在の沖縄)から伝わった三味線を取り入れ急速に発達しました。この語りの一派が義太夫節ぎだゆうぶしで、大変な名人を多数輩出して代表的な位置を占めました。とりわけ京都・大阪地方の観客から圧倒的な支持を受け、そのために、義太夫以前の浄瑠璃を古浄瑠璃こじょうるりと称して義太夫節以後の浄瑠璃と区別されるようにもなりました。

 

この語り芸に人形操りが合わさって「人形浄瑠璃にんぎょうじょうるり」となり、すぐれた台本作者とプレイヤーが出て興隆しました。その後、明治時代に「文楽」という名称が用いられるようになり、昭和30年(1955年)、国から無形文化財の指定を受け、大阪の道頓堀に文楽座を新築し人形浄瑠璃の本拠を移しました。今日では文楽という言葉が、人形浄瑠璃の意味に用いられています。

 

人形を使わず語り芸として演じる「浄瑠璃」も継承されていて、その場合、義太夫は浄瑠璃の一派ではありますが、義太夫節の重みが流派名としての義太夫節を固定させ、今日、浄瑠璃と言えば義太夫を指す場合が多いです。義太夫は、語り物としては最も複雑な内容と形式とを備えた日本の伝統音楽です。その特徴は、唄う部分が極端に少なく、語る部分がほとんどであるということです。語り手は、声と喉を使ったさまざまなテクニックを駆使して、変幻自在なヴォーカリゼーションを聴かせます。それが三味線という細かい感情表現に適した楽器と結びつくことで、世界でも稀な声楽芸術として完成されたのです。

 

2005年4月6日に、邦楽音源を所有するレコード会社四社の共同企画として、『日本音楽の巨匠』と題した、25枚のCDシリーズが一挙発売されますが、そのなかに、義太夫『仮名手本忠臣蔵かなでほんちゅうしんぐら』の全曲録音から抜粋した一枚が含まれています。この録音は、昭和を代表する文楽太夫ぶんらくだゆう──太夫だゆうとは、「語り手」を意味する言葉──、八世竹本綱大夫はっせい たけもとつなたゆう(1904−69)による歴史的名盤と言われているものです。

 

綱大夫は昭和30年(1955年)重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、昭和38年(1963年)日本芸術院賞受賞、昭和44年(1969年)日本芸術院会員。理知的な語りと太い気風によって、義太夫の深化を成し遂げた偉大な存在でした。

 

ここで聴くことができる『仮名手本忠臣蔵』は、義太夫の奥義を存分に味わえる名作です。時折入る三味線を背景に、歌でもなく、朗読でもない、ニュアンスと間を駆使した、語り芸の極致ともいえる「三段目」と、三味線・囃子はやしと共に絢爛たる響きを伴って生と死の境界線に潜む劇的空間を現出させる「七段目」をコンパイルしました(「七段目」は録音当時の方針により、前半の一部が省かれた収録となっています)

 

デメトリオ・ストラトスやディアマンダ・ギャラスにも匹敵する、いやそれらとはまったくもって別次元の、「声」と「息」の芸術。日本の伝統音楽が西洋音楽とは別種のコンテキストにおいて、世界にも稀にみる独特な発展と創造のアスペクトを有していたことが、理論や解説ではなく、音の力そのものによって体験できるよい機会ではないでしょうか。義太夫の世界に、ぜひ一度触れてみて頂ければと思います。

 

八世竹本綱大夫 
義太夫「仮名手本忠臣蔵」

(1) 「仮名手本忠臣蔵」三段目 松の間の段 (2) 「仮名手本忠臣蔵」七段目 一力茶屋の段
(1) 浄瑠璃=八世竹本綱大夫、三味線=十世竹澤彌七
(2) 浄瑠璃=八世竹本綱大夫、七世竹本土佐大夫、三世豊竹つばめ大夫(四世竹本越路大夫)、三味線=十世竹澤彌七、下座=杵屋栄二社中

CD:KICW-2505

 


堀内宏公
Hiromasa Horiuchi

 
「仮名手本忠臣蔵」デジタルライブラリー

  文化デジタルライブラリー top page

TOPに戻る