ここは私の日常生活のひとコマをオンタイムにメモ感覚で書いているページ。日記ではなく、雑記帳感覚、、、なので基本的に残さない(タブラ・ラサ)という方針でしたが、まぁまぁの写真が撮れたときなんかには少し残すことにしました。つきあってね。(ページの下の方に「過去の絵日記」があります。)

2004年3月7日
昨夜は横浜ではじめてライブ@BarBarBarでした。
 
横浜は私はそれほど知り合い多くないので、どうかしら?と思いましたが、開けてみれば、満席に近いお客様にお越しいただき、感謝 !!でございます。m(_ _)m  やはり、大人の文化が根付いているヨコハマは良いですね。

中に、今回生まれて初めてお会いした親戚の方がいらっしゃってビックリ! 60代くらいに見えたのですが、聞けば81歳とのこと。なんと70歳から楽器(トランペット?)を演奏しはじめたのだそうです。若々しくて素晴らしい!早く亡くなったので私は一度も会ったことがない、私のおじいさんやおばあさんの顔を思い浮かべながら聞いたとおっしゃられたので、なんだか不思議な気分でした。

それから、このホームページいつも読んでいますよと言って来てくださった方、
お友達さそって来て下さった横浜の知人
はじめて聴きに来て下さった方、お店の常連さんにも「こんないい演奏が聞けるとは!」とお言葉いただき、嬉しかったです。ご来場の皆さん、ほんとうにありがとうございました!

リハーサル+3セットマッチの長丁場、私も含め、肉体労働の皆さん(バンドメンバーの皆々)お疲れさまでした〜。ラテンは体力ですヨ。


2004年3月9日
晴天。日曜午後より館山へ。

ここはまさに鳥の天国です。ここへ来ると私は鳥の気持ちになります。

トンビたちは、
「青空!この風にのって飛ぶのが気持ちいいっぺ〜!(千葉弁)」
「んだな〜!」

とか言いながら 山から海へと一気にスーっと下降したり、大空の風に乗ってどんどん上空へと舞い上がったりしています。

椿にメジロが来ていたので、一階の窓越しにシャッターを押してみたら、2組のカップルが映っていました。 写真の一部を拡大してみるとこんな感じ。右のカップルはなんの鳥?それにしても小鳥カワイイね。







月曜はお日柄もよく、地鎮祭でした。(今回はそのために来たわけ。)

当日は、雲ひとつない晴天に、白い富士山も顔を出しており、神様も祝福してくれているようで、嬉しく思う。



施行会社の人が準備をはじめ、祭壇を作って、野菜、果物、お魚(鯛)、お酒などをお供えします。






由緒ある安房(あわ)神社から神主さんに来ていただき、祝詞奏上。建築予定の土地の四隅に紙吹雪を撒きます。
そして玉串を捧げます。


土地の神様、精霊に建築の安全と無事をお願いする地鎮祭。
天気も良く、とても気持ちの良いものでした。ちゃんとやって良かったなと思いました。


ただ、ひとつ残念だったのは、このところ、晴天続きで雨が降らなかったせいか、2ヶ月ぶりに見た池はすっかり干上がってしまっていて、お正月に来たときには元気だった池の中の金魚があとかたもなく消えていました。

目の上にイボのあるちょっとマヌケ顔の大きな金魚は、(餌はやったことがないが)もう6〜7年も生きていましたし、あと2年前に館山の知人にもらった小さなのが5匹くらい入っていたのだけれど、、。かわいそうなことをしました。





(←海に映える庭の桃の木)


2004年3月12日
昨日は、夕方から夜遅くまで、たんぱのスタジオでした。ラジオたんぱ改め「ラジオ日経」のテーマソングとジングルの録音のミックス&コーラス音入れ。長めのと短めのを何ヴァージョンかつくりました。

で、ぬぁんと、作曲、フルート演奏だけでなく、歌を歌ってしまいましたよ〜ん。たんぱのダイアル合わせ、「ラジオ日経〜♪」と聞こえてきたら、それは私の声です〜!

短波のラジオって持ってる人少ないかもしれないけれど、ものすごく遠くまで届く電波なので、かるがる、太平洋超えて、ロスアンゼルスとか、時には、地球の裏側サンパウロまで聞こえることがあるんですって!地球の裏側で偶然、私の声を耳にする人がいるかもしれない、、、て思うと何だかロマンですよね〜。もしか、宇宙人も聞いてくれるかしら?

ハイ、曲が流れ始めるのは、4月1日からです。
楽しくって、飽きがこなくて、思わず口ずさんでしまうようなテーマができたと思うよん。


2004年3月14日
朝食を食べながら、関口さんの番組を見てたら、日本では、ここ数年毎年の自殺者が3万人を超えていて、自殺者の遺族は何と9万人ですって!! これって、大大大問題じゃないですか?!(政府は何をしとるんじゃ〜)
私のCDを聴いてくれる人の数よりも、自殺する人の人数の方が、何倍も多いってことですよ?!(それで例えが悪ければ、)戦争や事故で亡くなる人の数よりも自ら命を捨ててしまう人の方がずっとこの国では多いということです。かなりショック〜!な話です。

呑気に笛吹いてる場合じゃないのかも?

よしっ。それなら、、

てなことで、私は、音楽の理論を中心に据えた「生きかたマニュアル」を執筆しようと決意しましたのだ!

“音楽”と“生きる”って、じつは相似形なんですよ。

どちらにも共通の「法則」があるように思う。だから、「音楽」で「生きる」ってどういうことか、解き明かしてみたいナ。時間はかかりそうだけど。。


2004年3月22日
  
春のスキーツアー@草津

お天気も良く、スキー&温泉、山々の雄大な景色を楽しみました。
スキーってスピードにのって、前へどんどん行かなくちゃならないところが、Groovyな音楽に似てると思うワ。


2004年3月23日
練習用には今までMDを使っていましたが、テープやディスクなど中に動くものがあると機械は摩耗するものだからと、YさんがICレコーダーなるものを買ってきてくれた。ペンみたいなサイズ。
機械本体に直接何度でも録音できて、お手軽。巻き戻す必要ないし、しかも、PCにつないでそのまま保存できるので、これは便利!

デジカメでフィルムはなくなり、ICレコーダーでテープやディスクも不要に、、、
ICの時代ですねぇ。

ところで、きのうの写真を見た母から電話アリ。
「ちょっとぉ。あんなへんな男とスキー行ったのぉ?」
「はっ?」

へ、へんな男って、、、きみはカーネル・サンダースさんを知らんのかい!?
常識のない人とはなしをするのはつかれるわ。


2004年4月6日
朝から建前が始まりました。
“Casa de la Musica(音楽の家)”という名前の通り、音楽の拠点というかパワースポットになりますように、と願います。

まず柱を立てます。


2階まで立ち上がりました。


屋根をかける


2階からの眺め。


午後には、“房総ラテン化計画”のみなさんも、遊びに来てくださいました。


最後に棟梁が、、、。



ところで、余談ですが、とてもビックリしたのは、
前回来たときに池の水が干上がって、金魚がいなくなった、と書きました。

それからの雨でまた池は復活しており、その中に何と!一匹、生き残って泳いでいるではありませんか。

みたところ池にはまったく水がなかったのに、どうして生きのびたのか?とても不思議です。仮死状態でも生 きてたのかしら?とにかく“生命力”というものを感じましたネ。
あと、でっかい(20センチくらいありそうな)カエルもいつのまにか住民となっています。

Kさんがご祝儀がわりに新しい金魚&メダカを買ってきて下さったので池はさらに賑やかになっております。
(from 館山の家)


2004年4月7日
昨夜は房総ラテン化計画の皆さん+館山ふるさと大使第三号(私は第2号なの)に任命された画家の石井崇さんと夕食をご一緒しました@しょうじき亭

館山は駅や駅前をはじめ、赤い屋根のスペイン風の建物が多いのだけれど、「ただの田舎風ではつまらない」と、こういう景観を最初に提唱したのが、この石井さんなのだそうです。もうスペインに30年くらい住んでいて、日本には一ヶ月位帰るという生活だそう。たまたま今回はタイミングよくお会いすることができました。

とても才気煥発な方で、植物についてなどの造詣が深くて勉強になりました。たとえば絵を描くのも、植物など対象物とのコミュニケーション(対話)なんだそうです。「植物ってたまたまそこから動けない動物よ。」というほど意思を感じるそうです。



翌朝は、西岬小学校の入学式に出席。この学校の外部評議委員というものに任命されているのですが、ふだん東京なので、なかなか行事や会議などにも出席できないことが多いのです。今日はたまたま日も合って、桜満開の中を小学校まで歩いて行きました。

(学校へ行く道すがら撮った写真)
    

かわいらしい13名の新入生でした。初々しいですね。 (新一年生の入場場面。)


東京へ急ぎ戻って、夜はライブ。

最初は深井さんとのデュオではじまりましたが、 いろんな人が演奏に出たり入ったりで、イレギュラーなライブとなりました。
みなさんありがとうございました。



2004年4月28日
やっと! 書きました。「続 熊野紀行」
(入り口)

読んでみてくださいね。写真も楽しめますヨ。紀行文のコーナーです。




2004年5月5日
連休のお天気は今ひとつでしたね〜。いかがでしたか?
私はほんじつ館山から東京に戻りました。戻ってすぐ、知人ヴォーカリストさんの為のレコーディングでスタジオ@白金、でした。

連休の館山滞在中には、犬と同伴で聴くコンサートを2日間やらせていただきました。
動物や子供って反応がストレートだから、やっていてじつに興味深いのです。
(音楽を聴いてワナワナとふるえていたブルドッグの表情が忘れられません。)

もちろん飼い主さんがリラックスしているからこそ、ワンちゃんたちもリラックスして聴けるのですね。

それに会場、ペンションK−9は最初からこういった場合(コンサート)の音響を考えて作られているので、 なんともアクースティックな響きが気持ちよい。フルートの音はマイクやPA通さない、こういう自然な響きが最高です。(マイクなくて動けるし、歩けるし、とても自由。。)

後日、聴かれた方より「音楽の持ってる力って本当に無限で凄いなと思った。」というお便りいただいたのも嬉しいことでした。ありがとうございました(→ご縁のあった皆様)


オリジナル曲 “Dancing Fish”の海です。


2004年5月30日
紫雲寺ふれあいの会のコンサート。
私にとっては、一年に一度インド音楽の楽器とセッションの貴重な機会となっています。
おもに内容はサロードのさくらさんが決めます。ことしは三人の奏者が「生まれかわり」もしくは「生々流転」というタイトルで詩を書いてくることと言われていました。そして聴衆のみなさんのなかから抽選で選ばれた人がその詩を朗読し、そのバックにそれぞれが演奏するというものがありました。私はフルートとのかけあいで朗読していただきましたが、突然指名された方の朗読が上手でびっくりでした。奏者だけでなく皆さんといっしょに作り上げたコンサートとなりました。

後に房日新聞の投書欄に感想が掲載されたそうです。

せっかくなので、つたないものですが、そのときに使った自作の詩、下に披露しちゃいます(^_^;)


(左から、タブラ、フルート、タンプーラ)


***


私は旅をしています。
世界は広いと知りたくて、、、。


ある日、私はたしか空の上にいたはずです。
高みから地上を見下ろしていたのを覚えています。
雲の上昇気流にのっかって、ぐんぐんぐんぐん
膨らんで、わくわくしました。


ある日、私は稲妻とともに
7月の雨のつぶとなって地上へ降りました。
怖かったけれど、そんな私を
地上の樹々たちは優しく受け止めてくれました。


彼らとともにいる森の生活は楽しいものでした。
私は彼らを必要とし、彼らは私を必要としていたからです。
私は山の中に溶けていき、
私は清らかな川の一滴となって流れていきました。


山から街に出てみると、
いろいろなことがありました。
たくさんの人に出会いました。
心ない人たちに
心を曇らされるような出来事もありました。
でも、そんななかでも太陽と青空があれば
私はキラキラ輝けたのです。


それから、流れ、流され、
行き着いたところは広い海でした。
そこには大きな安心がありました。
私の中にたくさんの命が宿っていたからです。
私はたくさんの意思たちとともに、
笑ったり、怒ったり、くつろいだりしていました。


そして、また
いつのまにか、
気がついたら私は空の上にいました。


私はまた旅にでかけます。
世界は広いと感じたくて、、、。



2004年1月~2月の日記

 2003.12.4
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