■ モノローグ: アトランダムですが、そのときどきにふと思ったことなどを書いています。


レヴェラシオン
2002.10.22

レヴェラシオン(啓示)とは:
辞書を引いてみると次のように出ています。


「あらわし示すこと。人知を以て知ることのできない神秘を神自らが人間に対する愛の故に蔽いを除いてあらわし示すこと。天啓。」

そのような時が、私の経験の中で2回ほどあったのでは、、と思い出します。今日はそのうちの一つのこと、お話しましょう。




“レベラシオン”


それは、
私が目の当たりにした「ひとつの光景」、
自然が表した「ひとつの絵」。


それを見たとき、あたかもすべてがわかったような、

そんな気がしたのです。


******



学部の学生を卒業するころでした。

自分の進路についてかなり迷っているときでした。
音楽をやりたい、ということは自分でわかっていました。
けれども、それを どうやって?

高校卒業時点ですでにアカデミックな進路をドロップ・アウトした身の上、
それに、その路線に戻るのは「イマサラ」ってかんじでなにかしっくりこなかった。
そんな狭き門を通ろうとも思わなかった。


そんなある日、フランスのラルデ先生から招待状が舞い込んだ。

ラルデ先生は当時パリ・コンセルヴァトワールの室内楽の教授をしていたフルート奏者。来日されたときに日本の先生を介してお目にかかっていたのだ。
そのラルデ氏の手紙にはこうある。

「あなたをヴィルクローズのスタージュ(講習会)に招待します。パリまでの渡航費は自費ですが、パリに着きさえしたら、そこからの交通費、滞在費、レッスン費、食費、滞在中のおこづかいなど、すべてシュランベルジェ夫人が面倒見てくれます。」とある。

シュランベルジェ夫人というのは、フランスの大財閥、フランスでも5本の指に入るほどの大金持ちの未亡人で、当時80歳を超えていた。大金持ちといってもご本人はいたって質素。黒の地味な服に身をつつみ、ご高齢ながら、自分で自家用車をガンガン運転する。芸術を愛すかの人はシュランベルジェ財団を創設し、アーティストたちの良きパトロンとなっていた。

ヴィルクローズというところは、パリからずっとセーヌ河にそって下り、ニースやカンヌよりは少し山よりの、南仏の古い中世の街だ。


汽車から降りると、駅でタクシーの運転手が待っていた。

かっぷくのいい田舎人といった風情の運転手はパタンとドアを閉めて私を車に乗せると、美しい夏の夕暮れの谷を走り出した。


「なんて美しいんだろう。」


谷に降り注ぐ光を見ながらそう思っていると、運転手は

「ボタン!」

と言った。

「ぼたん?」

田舎びとの発音はなぜか日本の「(シャツの)ボタン」を連想させた。

けれど、彼は「いい天気だね!」と言っただけである。


しばらく走ると、中世の石造りの街があらわれた。そこがスタージュの行われるヴィルクローズ村。


シュランベルジェ夫人は、なんと驚くべきことに、私たち音楽家の卵である講習生のために、私財を投じて、この村にすばらしい宿泊施設を作っていた。私が訪れたときは、ヨーロッパ、カナダ、オーストラリア、日本、南アフリカなど、世界の様々な場所から来た12人のフルーティストとやはり同じ数ほどのチェンバロ奏者の講習生が滞在していた。

講習会やコンサートは村の教会で行われ、食事は宿舎のテラスでとる。テラスの下には素敵なスイミングプールまであり、まったく夢のような場所。


村では、朝と夕方、羊飼いがたくさんの動物を連れて移動していく。首に下げた鈴がジャラジャラとなるので、たくさんの動物たちが移動しているのがわかるのだ。気をつけないと、うっかり道にある彼らの落とし物を踏んでしまう。それでいちどひどい目にあった。フランスは土足で家に上がるので、うっかりそんなものを踏んだら部屋中臭くて大変なことになってしまうのだ。


2週間ほどの滞在のうち、1週間に一度、シュランベルジェ夫人の領地であるトレイユへの訪問(コンサートがその邸宅で行われるため)の機会があった。

チェンバロ調律師のJが言う。

「明日は、みんなトレイユへ行くんだよ。トレイユはまぁほんとに天国のような場所で、お楽しみ!」

ヴィルクローズだって天国みたいの場所だと思ったから、さらにすばらしい場所があるのかと思ったものだ。


トレイユはヴィルクローズから車で15分か20分くらいの場所だったか。。。

感動したのは、この車で移動中の風景にふりそそぐ光だ。

こんなにも白い光というものをそれまで見たことがなかった。
同じ地球上に降り注いでいるはずの光が、この森では、なぜこんなにも違って見えるのだろう。


トレイユに着くと、一番ひょうきん者のフルーティストMがしたり顔で皆にアナウンスしはじめる。

「え〜、みなさん、このトレイユはご存知のようにシュランベルジェ夫人の所有地ですが、この中には、なんと屋外プールが4つ、ガソリンスタンド、郵便局、図書館などもあります。すごいですねぇ。ふ〜。」

ラルデ氏とチェンバロのドレフェス女子のコンサートのあとはマダムシュランベルジェを囲んでの晩餐。シェフがチェンバロの形にやきあげたケーキをもってくる。まったくトレイユは噂にたがわぬ「天国」だった。


そんな、南仏でのすばらしい2週間の滞在の間のことである。あるとき、テラスでの食事を終えて、私は一人で歩き出したくなった。テラスの下にあるプールよりももっと下にひとりで降りて行った。



そして、




出会ったのは、ひとつの風景だった。

ひとつの絵と言ってもいい。



小川が流れ、

大きな木々が天へと堂々と上へのび、

それらの大きな木々の間には中くらいの木がやはり天へとすっと伸び、

そのまた下にはそれよりもちいさい木々や草が上へと伸びている。


大きいのも小さいのも、ひとつとして、自由意志に従っていない生命はなかった。

どの植物も自分のいのちを上へ上へと伸ばしていた。

個々の生命の生まれもった、そしてそれぞれの自由な意志をあらわしていた。

そこでは、すべての生命が自分の意志を他から抑圧されることなく、発揮するように生きていた。

しかもひとつとして、幸せでない生命もなかった。

そして、しかも、そのようすが、全体として、もうほんとうにひとつの“絵”として、 美しい調和の世界を作っている。


「あっ!」


その調和の情景を見た瞬間。


これが、ほんとうの宇宙の姿だと

直感した。



規制や抑圧などなく、すべての個々の生命がほんとうの自由意志を発揮したとき、

ほんとうの全体の調和があるのだと。


******



あたりまえの中にある宇宙の神秘と不思議。

それに満ちあふれている地球
すごいよね。


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