呪装刑事ルシファード エピソード1
   
 

「呪装っ!」
 ガラスが飛散するように障壁が砕け散る。その瞬間、洸一郎の額にあるクリスタルが赫い光を放った。目映い光が辺りに広がる。下から風でも吹き上げているみたいに髪が逆立った。
「な、なんですって!」
 驚いたのは聖華だ。洸一郎が発する光量に視界が奪われ、攻撃の手が止った。
(な、なんじゃこりゃあ!?)
 自分の身に生じた現象に洸一郎はぶったまげていた。苦痛があるわけでは無い。なんだか変な気分なのだ。そう、自分の感覚が急速に拡大していくような感じ。それと一緒に身体も軽くなる。
 光が収まったとき彼のカラダは奇妙なヨロイで覆われていた。
 メタリックレッド。金属のような光沢を持ちながらその装甲は生物を感じさせた。
 大型の爬虫類。尻尾こそないものの、そのフォルムは明らかに龍――ドラゴンをデフォルメした姿だった。
 そして更に洸一郎は自分の目を疑った。
 さっきまで、あんなに色ぽかった聖華が、異形のバケモノへと変貌していた。幾重にも絡み合った薔薇の枝。その中に融合するみたいに裸の女性の上半身が埋まっている。頭頂部にあたる場所には、毒を秘めたような赤い花が咲いていた。そして顔だけが石膏で作ったデスマスクのように白く、凍りついたまま動かない。異質で歪められた生き物、けれど、そこに言葉に尽くせない異形の美があった。それが人を喰らい、恐怖を支配する妖異体《L》との初めての遭遇だった。
「変身したなんて……あなた、いったい何者なの?」
 洸一郎に向かって聖華が問いただす。人間の女性という仮面が一枚はがれ落ち、ラルヴァとしての本性が剥き出しになった。
「何者って、言われても……オレも困るんだけどなぁ」
 戸惑いを隠せない洸一郎が咲耶の方へ振り返る。
「ふっ、ふふふふふ。や、やった成功したわ!」
 そこで見たものは、怪しげにほくそ笑む咲耶の姿だった。
「おいサクヤ、これは一体どーいうことなんだ!?」
「法城、喜んでっ。あなたは、妖霊狩人――ラルヴァハンター・ルシファードになったのよ」
 瞳をキラキラと輝かせ洸一郎を見る咲耶。
「ああ、兄さんの研究は絵空事じゃなかったんだわ」
「ちょっと待て、特撮ヒーロードラマじゃないんだぞ。人を勝手にこんなもんに仕立てるな。ついでに言っておくけど、この姿、どー見たって正義の味方というよりは、主人公のライバルになる悪役って感じだぞ」
「男のくせにつべこべ、うるさいわね。文句だったら後で聞くから、さっさと片付けちゃいなさい」
「わあったよ」
(くそっ、なんでこんな、かわいくない女に命令されなきゃならないんだ)
 洸一郎じゃなくてルシファードはしぶしぶ返事をする。
「ルシファード? 黙って聞いてたら、随分ふざけたことを言ってくれるじゃないの。そんなコスプレしたぐらいで私に勝てると思わないことね」
 って、そんなことを言ってる間に、とっとと攻撃しろと思うんだけど、彼女もけっこう律義者だったりする。
「やってみなきゃ、わかんないわよ。行け、ルシファード!」
 咲耶は命令口調になっている。それがとっても癪に触るのだが、とりあえず、
「はいはい、わかりましたよ。やればいいんだろ」
 ルシファードが地を蹴った。重力が減ったようにカラダが軽い。
「動きだけはいいわね、けどっ」
 刺のついた枝が鞭となり、ルシファードへと伸びた。けれど、それをギリギリのところでかわしつつ聖華との間合いを一気につめる。
「これでも喰らいな。ルシファード・パァァァァンチ!」
 ルシファードの右の拳は、いともあっさりと空を切った。
 その刹那、さっきのとは別の枝が横からルシファードのカラダを薙いだ。
「ぐわっ」
 強烈な衝撃に後方へ吹き飛ばされる。したたか尻を打ったところに、背後から咲耶がどつく。
「アンタね、技の名前叫びながら攻撃して、どーすんの」
「どーすんのって、これってヒーローの基本だぜ。それにだな、たまに技の名前と違う攻撃をすると相手にフェイントがかけられるオマケつき」
 最後にハートマークがつきそうな声色で小さく首を傾げるルシファード。咲耶はジト目で一瞥をくれると、小さなため息をついた。
「ハァ……こいつダメかもしれない」
「なにガッカリしてるんだよ。まあ見てろって」
 ルシファードは素早くカラダを起こすと、再び聖華と対峙する。両腕を軽くあげファイティングポーズをとると左右の足でステップを踏みながらフットワークを刻み始める。
 今度は息をつかせる間もなく、連続でパンチを打ち込んでいく。
 けれど、
「まるっきり貧弱ね、坊や」
 ルシファードの拳は聖華の手のひらで受け止められ、あるいは荊棘の鞭に弾かれ、ほとんどダメージを与えられない。
「おい、サクヤ。他に武器はないのかっ!?」
 攻めているのはルシファードのはずなのに、声からは焦りの色がにじむ。
「もう、人の名前呼び捨てにしないでよね」
 文句を言いつつ咲耶はポケットから取り出した手帳をペラペラとめくった。そこには、びっしりと文字が書かれ、内容に付随したイラストが描かれていた。
 失踪した咲耶の兄が残した手帳……ラルヴァとルシファードに関する重要な手がかりだ。項目ごとに整理されてないので、知りたい内容を探し出すのは結構な労力を要する。
 だが、そんなことで聖華は待ってくれない。さっきの律義さはどこへやらといった感じだ。
「さあ、お遊びもこのへんでお仕舞いにしましょうか」
 いかにも悪役が言いそうな科白を吐きつつ聖華が、さっと後方へ跳び間合いを取った。精神集中をするのか、口の中でなにやら唱える。
 聖華が放つ気配が質量を増す。二本の荊棘の枝が素早く動き、ルシファードの両腕を捕らえた。
「しまった」
 だが、もう遅い。
「これで、終わりね――」
 瞬間、強烈な電流がルシファードのカラダを襲った。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 スパークした電流が大気をイオン化させ、あたりに異臭が立ちこめる。
「法じょ――ルシファード!」
 咲耶の叫びも虚しくルシファードはがっくりと膝をついた。カラダ中から、うっすらと煙が立ち上る。見れば額の赤い宝石が光を失いつつあった。
(まずい、こんな時にタイムリミット?)
 咲耶は慌ててページを捲った。
「タイムリミット、タイムリミット……あった。えーとぉ、『人間がルシファードに呪装して稼働できる時間は五分。それを過ぎると自動的に変身が解除されるようクリスタルはプログラムされている。制限時間を越えて呪装し続けることは人間に死よりも恐ろしいモノを与える』って……これだけなの?」
 失敗、という最悪の言葉が咲耶の頭の中を駆け巡った。
(やっぱり、そこら辺に転がっているような適当な人間を呪装させてはいけなかったのかしら……)
 少し反省するが、今更遅い。
「立って、立つのよ、ルシファード!」
 祈るように咲耶が叫ぶ。
「所詮はコスプレしてるだけの人間風情に、この私がやられるわけないじゃない。それじゃ、遠慮なく賢者の石はいただくわ」
 聖華はロープをたぐるように、枝の鞭で捕らえたルシファードに近づいていく。
「アンタになんか渡すもんですか」
 咲耶がキッと聖華を睨み付けた。渾身の力を込め聖華の周りに力場を形成する。通常の三倍のGが、どっと聖華に降りかかった。
「それで、私を止めてるつもり?」
 枝の一本が咲耶を弾き飛ばす。意識の集中が途切れ力場が消滅した。聖華は何ごともなかったように悠然とルシファードの前に。
 咲耶は必死で手帳に再動の呪文とかないのか探した。
 片手がクリスタルが埋め込まれた額へ伸びる。
「《十三使徒》の私の相手としては、役不足だったわね、ルシファードさん」
 聖華は余裕の表情で言った。


「残念だったな」
 その声に聖華がハッと我に帰る。でも、その時にはすでに彼女の腕は、倒したと思っていた相手につかまれていた。
「フッ、オレがいつやられたなんていった。《L》だかなんだか知らないが、アンタ結構サギに引っ掛かるタイプだね」
「死んだフリなんかして、騙したのね」
 ルシファードは腕を取りながら聖華の背後へまわると、そのまま突き飛ばした。
「る、ルシファード、無事だったのね」
 咲耶の声は嬉しさのためか少し震えていた。
「おいおい、オレが生きていたのがそんなに嬉しかったのか? ってことは、やっぱりオレに惚れてるな?」
「お莫迦なこといってないの。それより武器がわかったわ。その肩から生えている突起を引き抜いてみて」
「こうか?」
 ちょうど背中のバックパックみたいなところから伸びている棒状のものを握ると、思い切り引いた」
 光の粒子が収束し一瞬にしてそれは剣と化した。
 ルシファードはぶんぶんと剣を振ってみた。重すぎず軽すぎず手にしっくりとなじむ。それは自分の一部であるかのように感じられた。
「こいつは使えるぜ」
 目の前にかざした剣の切っ先を聖華に向けた。
「生意気な!」
 聖華の枝が再び攻撃へ転じた。
 タイミングをずらして襲ってくる荊棘の鞭の波状攻撃をルシファードは切り払い、あるいは受け流す。
「時間がないわ、呪装が解けたら最後よっ」
 咲耶の忠告にルシファードが撃って出る。
 だが、防御から攻撃に転じるときに生じる一瞬のタイムラグを聖華は見逃さなかった。
「もらったわ!」
 今までバラバラに動いていた枝が一斉に伸びた。五本の荊棘の鞭が四肢と首へ向かう。
 ルシファードは構わず踏み込んだ。
 足に絡みついてくる枝を二本切り払い、首に巻きつこうとしたものを間一髪かわす。けれど、そこまでが限界だった。
「ヤバイっ」
 しゅるしゅるしゅる――枝の片方が左手首に、もう片方が剣の柄に巻きついた。
 ルシファードは思い切り引くが、びくともしない。
「今度はフルパワーの奴をお見舞いしてあげてよ。フンっ――」
 聖華が気合いをこめる。
「そうそう同じ手を食うかっ!」
 ルシファードが引いていた剣を逆に放すのと聖華が電流を流すのは同時だった。
「咲耶っ!」
「わかってるわよ」
 咲耶の念動で剣の軌跡が修正された。
 ざふっ――
 剣が聖華の腹部に突き刺さる。自ら放った電撃が逆流した。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」
 その瞬間、ルシファードの右手に巻きついていた枝が弛んだ。流れてくる電流に耐え、すかさず荊棘の鞭を引きはがす。
「ぐっ。どうだい……自分の力を喰らった気分は……」
 足元をふらつかせながら、ゆっくりと聖華に近づく。
「……な、何故? 私のカラダは電気に対して耐性があるはずなのに……」
 うずくまった聖華が、忌々しげに呟く。
「外身は電流が逆流しないようにしっかり絶縁されてるみたいだけど、お腹の中に直接流しちゃえば、アンタのカラダは見事にショートってわけよ」
 咲耶が得意そうに解説をくわえる。
「まっ、オレの作戦勝ちというとこかな」
 そう言いながら、聖華のカラダに刺さっている剣を引き抜いた。すると、それはキラキラと光の粒子になって霧散した。
「作戦? ただの偶然じゃないの」
 聖華の能面のごとき唇から一筋の血が滴る。
「ま、戦いのイロハもわからないオネーサンに説明しても無駄だけどな」
 ルシファードはそっぽを向きながら肩を竦める。
「開き直るところを見ると、やっぱり偶然みたいね」
「ごちゃごちゃとうるさいなぁ。んじゃ、ぼちぼち引き上げるか」
 くるりと踵を返すと、ルシファードはとっとと歩き始めた。それを慌てて咲耶が引き留める。
「ちょっと、待ちなさいよ。トドメ刺さなくてどーすんの。あいつまた襲ってくるわよ」
 ルシファードちらりと背後を振り返り、
「オレは女は殺さない主義なんだ。というわけで、キミも、これからはカタギになって真っ当な人生を歩みなよ。ラルヴァとか言ってもさ、見た目は普通の人間に変わりはしないんだからよ。じゃあな」
 そう言い残し再び歩き始めた。
「なに、カッコつけてんの」
「カッコなんかつけてない」
 遠ざかっていく二人を見ながら、聖華がゆっくりと起き上がる。その瞳には憎悪以外のものがあった。
(人間として……それが出来たら……)
「本当に、つくずく甘い坊やだこと……。私の回復力は並みじゃないのよ」
 暗い笑みがちらりと掠めた。
 剣で貫かれたはずの腹部は、すでにその痕跡すらない。
 荊棘の鞭がのびる。その先端からスパークした電気が、彼女の前で青白く輝くプラズマの球体を形成した。
「死になさい!」
 前方にいる二人の背に向けてプラズマが射出された。
 声に気づいたルシファードが振り返る。
 その瞬間、ルシファードの胸部がぱかっと開いた。
「なっ……」
 自分の意思と関係なくカラダが勝手に動きだす。本人は気づいてないが額の宝石の輝きが増した。
「遺伝子砲(ゲノム・カノン)!!」
 その言葉とともに、胸部から二筋の赫い光が放たれた。それは、互いに螺旋を描きながら集束し一つになる。
(やめろ。オレはこんなことしようとはしてない!)
 赫い光はプラズマ球ごと呑み込み、聖華の前で散弾のように広がった。赤い粒子がスピンしながら聖華を包み込む。
 断末魔の叫びすら聞こえず、聖華は赫い球体の中に呑まれた。
「やめろっ、やめろぉぉぉぉぉ!」
 次の刹那、球体は星が爆発するみたいに内部から粉々に霧散した。
 がくっ、と膝をつく洸一郎。その時にはすでに呪装は解除されていた。
「こんなつもりじゃ、こんなつもりじゃなかったんだ」
 震える声で俯きながら、床に拳を打ちつける。
「ど、どういうこと……あんな技、手帳には乗っていなかった筈……」
 咲耶は予想だにしない出来事に呆然としていた。
「ごめん、ごめんよ、オレ……聖華、キミを殺すつもりなんか……オレは取り返しのつかないことをしてしまった」
 洸一郎の肩が震えている。
「もおっ、いつまでメソメソしてんのよ。こんなんじゃ先が思いやられるわ。アンタの額の宝石を狙っている奴はまだわんさかいるのよ」
 咲耶は冷たく言い放った。
 ふと、洸一郎の頭越しに何かが動いたような気がした。ハッと息をのむ。
「法城、生きてる……まだ、あいつ生きてるわよ。でも、そんなことって……《L》じゃなくなってるなんて」
「なんだって!」
 洸一郎が顔をあげた。
 てっきり、跡形もなく吹き飛んだと思っていた聖華が、一糸纏わぬ姿で床に横たわっていたのだ。
「おい、しっかりしろ。オレがわかるか?」
 慌てて駆け寄ると、脱いだジャケットをそっと掛ける。抱き起こされた聖華は洸一郎の腕の中で小さく身悶えた。
 ゆっくりと目を開いた聖華は、しかし首を横に振るだけだ。
「良かった、生きてる、まだ生きてるぜ」
 洸一郎は目頭が熱くなった。
 咲耶はその様子を見ながらじっとたたずむ。
「――まさか、瞬時に《L》の遺伝子を組み替えたというの?」
 咲耶の呟きは洸一郎には聞こえていない。

「ニューヒーローの誕生に乾杯!」
 咲耶は振り返るとニッコリと笑って、グラスを手に持ち差し上げる仕草をした。
「……という所かしら?」
「お断りだね」
 幻のグラスを持つ小さな手を洸一郎がうざったそうに払いのけた。
「エッ?」
「なぁにがニューヒーローだよ。言っとくが、オレは金輪際あんな気色悪いモノに変身する気はないぜ」
「フッ、呪装したくないですって? そんな甘い考えが通ると思っているのかしら。いいこと、法城、アンタはね、この先、ラルヴァと戦いながら、アタシの兄さんの仇を探すという宿命の星を背負ったのよ」
「おい、どっからオマエのニーチャンが出てきたんだ? そんな話は聞いていないぞ。それに、オマエだって一か八かでオレにそのクリスタルとかいうのを填め込んだだけじゃないか」
「うっ、それを言われると弱いわね」
「訳もわからんヘナチョコな宿命を背負えるかってんだ。いい、オレはね、今のセクシーでダンディな刑事が気に入っているんだ」
「けど、偶然の出会いが運命の出会いだったってことは、よくあることだって、アンタも言ってたじゃない。大体、兄さんの手帳にも載っていないゲノム・カノンとかいう秘技を突然使えちゃったりするあたり、只者じゃないわ。これはもう運命としかいいようがないわね」
 咲耶がピシッと洸一郎を指さして宣言した。
「あのなあ、今どき、古風に手帳なんかにメモるか。オマエのニーチャン、アナログ人間か?」
「ほっといてよ、兄さんには深い考えがあったのよ」
「電子手帳とかノートパソコンだったら、あんなに武器を探すのに苦労せずに一発で検索できるだろーが」
「な、なによ、兄さんのことを悪く言うと、アタシが赦さないわよ」
「あ、むきになるトコ見ると、オマエ、ブラコンだろ。大方、天涯孤独の二人っきり兄妹で、ちょっと年の離れたニーチャンが親代わりでオマエを可愛がってくれてたんだな。で、ある日、その古ぼけた手帳をオマエに託して《L》に殺られちまったとか」
「そうよ、悪い?」
 驚いたことに、咲耶の瞳が潤んでいた。
 ――ゲッ? こんな陳腐な設定がアタリかよ?
 洸一郎は呆れると同時に、ちょっと萎れている咲耶を抱き締めたい衝動に駆られた。が、いつ蹴りが飛んでくるかわからない女を金輪際慰めたりするものか、と心を鬼にした。
「と、とにかくだな、オレは正体不明のオマエら兄妹のオモチャになる気なんかないね」
 洸一郎は前髪を掻き上げて、額のルビー色の宝石に手をかけた。
「ちょ、ちょっと、何する気!?」
「帰すぜ、こんなもん」
 その時、咲耶の表情が豹変した。シンデレラのお姉さんや白雪姫の継母もかくやという意地悪な微笑が浮かぶ。それがまたこの美少女にはよく似合う。
「ふーん、いいのかなぁ……そんなことしちゃっても」
「な、何だよ?」
 強気だった洸一郎の声が急にトーンダウンした。
「いいわよ、とっても……アタシは別の人探すだけだから……でもね、知らないわよ、どーなっても」
「ど、どーなるんだ?」
「フフッ、とってみれば、後悔するわよ、きっと」
「もったいぶらずに、教えろよ。な、教えてくれ」
「教えてくださいでしょ」
「グッ、教えて下さい、サクヤ様」
 手をすり、足をすり、へりくだる洸一郎。
「いいわ、教えてア・ゲ・ル! その宝石はね、アンタの脳ともうすっかり融合しちゃったのよ。無理に外したりしたら、コレ、コレ」
 咲耶は片手をパッと開いてみせた。
「ば、爆発するのか……頭が」
 一瞬にして、洸一郎の脳裏に頭だけ爆裂して、猟奇死体として検死を受ける自分の姿を思い浮かべてしまった。ブルッとおぞけを震う。
「あーあ、貧困な想像力が豊かな男ねぇ」
 咲耶が手を拡げて、首を振った。
「なんだ違うのか。ふぅ、脅かすなよ……ったくぅ」
 冷汗を拭う洸一郎に、咲耶が意地の悪い笑みを浮かべたまま、追い打ちをかけた。
「そう、記憶がね、デリートされるだけよ」
「デリート? ああ、消えるってことか、それくらいなら、別に大したことないじゃん」
「莫迦ねぇ。記憶が消えたらどうなるかわかってんの?」
 呆れたように咲耶が尋ねた。
「勿論さ、そんなの余裕余裕。綺麗さっぱり新しい人間として、心機一転だな……」
「さあ、どーするのよ? 法城洸一郎って名前も忘れちゃって、ココハドコ? ワタシハダアレ?」
「うっ……」
「で、アタシが助け船を出すのよ。あなたは全世界の平和の為に日夜戦う正義のヒーロー、ルシファードなのよってね」
「違う、オレは……オレは」
 つられて思わずシュミレーションしてしまう洸一郎。
「それでもいいのなら、とっていわよ。ただ、この世から法城洸一郎という人間がいなくなるだけよ」
「嫌だ、オレは、オレは、法城洸一郎がたまらなく好きなんだ。オレがオレでなくなるのは、死んだも同然じゃないかぁぁぁぁ」
「じゃあ、そのままでいいのね?」
 勝ち誇ったように、咲耶が微笑んだ。
「なんて、すべてウソで、オレをハメてるんじゃないだろーな?」
「べーつに、信じなくてもいいのよ」
 余裕シャクシャクで咲耶が答えた。
「……」
(ああ、どうする、洸一郎!?)
 はっきり言って、人生最大のピンチである。
 と、そのときドアが開いて何人かの人影が入ってきた。
「おーい、大丈夫かぁ?」
 森本ジョンの少し間延びした懐かしい声が響いた。


「ほぉー、じゃあ、この女性は《L》に操られていただけの犠牲者ってこと?」
 森本が首を傾げ、タンカで運ばれていく聖華を見送りながら尋ねた。
「は、はい。あのですね、正義の味方、ルシファードとかいう奴が、『呪装!』とか叫びながら現れて、《L》を倒して去っていたんですよ。《L》はその消滅したっていうか……跡形もなくですね……」
 自分でも訳のわからない説明をする洸一郎の頭の中は、パニックしまくっている。
「ルシファード……ですか」
 奥津城しのぶが悪意の感じられない透明な微笑を唇に湛えた。
 はぐれてしまったので心配していたが、奥津城は白いコートに血しぶきひとつつけておらず、何処にも戦いの名残を残していなかった。剣士から麗人へと戻っている。
「私も一度お目にかかりたいですね」
「カッコよかったわぁ。ああ、ルシファード様ぁ」
 咲耶が肘で洸一郎を突っ突きながら夢見る少女のように瞳をキラキラさせた。
「ね、僕の言った通り、君、運が良かったでしょ?」
 森本がポンポンと洸一郎の肩を叩いて、先に行った。
 洸一郎はどっと力が抜けた。いくら強運でも、悪運じゃどうしようもない。
(や、やっぱり、止めるなら今だよな……)
 洸一郎はソッと額の宝石に手を当てた。
 ここで一思いに引っこ抜けたら……。
 だが、その手が麻薬中毒患者のようにブルブルと震えた。
 自分が自分で無くなるかもしれない……。その恐怖に立ち向かうには今の洸一郎はあまりにも、自分を気に入り過ぎていた。
 その手が、ガクッと下に落ちた。
(正義のヒーローがなんだ! 宿命だの、運命だのとクソくらえだぁ!)
 と、叫びつつ、暗くて深い運命とやらの淵を覗き込む洸一郎。
(ああ、法城洸一郎、君の明るい未来はどっちだ? )
 一人苦悩を深める洸一郎が取り残された。

 
   
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