初パパが行く!

はじめての出産当日ドキュメント

ながく曲がりくねった道の先に天使が舞い降りた日


 2005年4月20日。予報通り雨の朝。福岡出張のため朝から出かける僕のために、妻は早起きして朝食と弁当の支度を始めた。まだもう一眠り…と布団の中でウトウトしていた僕だったが、直後に揺れを感じた。地震だ。震度2くらいか。

 慌てて起き出し情報収集。震源はやはり福岡沖。ひと月前の地震の余震のようだ。震度5強がでている。高速道路は福岡周辺で通行止め。福岡へ行けるかどうか悩んでいたところに、今日の仕事はキャンセルとの連絡を受け一安心。明日は朝から仕事なので今日中に移動しておく必要があるものの、急ぐ必要はない。

 9時頃には高速道路の通行止めも解除された。昼には天候も回復し絶好のドライブ日和になった。妻がせっかく作ってくれた弁当を食べてから出発。


 夫の福岡出張は毎週のことです。この時の出張は、出産予定日(4/23)まですでに1週間を切っていたので、休んでもらうかどうかでずんぶん悩みました。

 ここ数日、お腹に張りを感じるようにはなっていましたが、まだ痛み(前駆陣痛※)はなく、数日前の検診でもまだ子宮口は開いていないとのこと。予定日より遅れるだろう、という予感が私にはありました。夫の仕事は、休めばそれだけ収入が減りますから、何度も続けて休まれても困ります。そこで、来週の出張を休めるように、今週は仕事に行ってもらうことにしたのでした。

 夫を送り出し、家事を片付け、買い物などを済ませた後は、自宅から車で5分ほどのところにある実家へ向かいました。夫が不在の夜は実家に泊るのです。

 私の実家は小さな農家です。この時期は牛の牧草の収穫で忙しく、出産間近の私も手伝いにかり出されてしまいました。乾した牧草を抱えて納屋に運んで…。よく「昔の女は臨月まで畑に出ていた」なんて言いますけど、今でもやってる女はここにいます!

 夕方、携帯電話にメールが。宿泊先である福岡の実家に到着した夫からでした。

17:10 夫より<無事到着/快適ドライブでした。そちらの具合は?>

17:14 妻より<お疲れさまでした。少し買い物したりして、実家の手伝い(^^; 牧草を干し お腹は相変わらず張りますが、まだかな?>


 農作業を終えた私は、そのまま実家で夕食の仕度をし、家人たちと食卓につきました。夕食の後は、自分の部屋で昼間レンタルした映画のビデオ3本をゆっくり楽しむつもりで。ところが…夕食を食べ始めた直後に、突然お腹が痛み始めたのです。痛みは1分ほども続いたでしょうか。これって、もしかして陣痛??

 時計を気にしつつ食事を続けていると、5分後に再び同じ痛みが。え?ウソ?5分間隔?!

 3度目の痛みがやはり5分間隔でやってきたとき、私は確信しました。念のためトイレへ行くと、「おしるし」(※)が。やっぱり間違いない!前駆陣痛なしで、いきなり5分間隔の陣痛が来たのです(※)。

 私は家人たちに「陣痛が来たので一旦帰ってから病院に行く。」と告げ、1人で実家を出ました。実家の家人たちは車の免許のない年寄りばかりなのです。借りただけで見ていないビデオを泣く泣く返却した後、自宅へもどって、まず病院へ電話。助産師さんに状況を説明すると、すぐに来院するよう指示がありました。

 私たちが住む宮崎県高千穂町は山間部の小さな町です。今この一帯には出産に対応できる産婦人科医院がひとつもありません。かかりつけのこの病院は延岡市内にあり、車で1時間かかります。

 私は尋ねました。「自分で運転して行っても大丈夫ですか?」

 すると、助産師さんはきっぱりと言ってくれました。「まだ大丈夫ですよ」

 その言葉に勇気づけられた私は腹を決めました。よし、ひとりででも産むぞ!!

(※)前駆陣痛…周期的な「本格的な陣痛」の前に来る(ことが多い)、不規則な陣痛。
(※)おしるし…出産の初期段階に発生する(ことが多い)、少量の出血。
(※)陣痛の間隔…一般に陣痛が10〜15分間隔になったら妊産婦は産院と連絡をとるとされている。陣痛5分間隔は、普通なら産院に到着しているタイミング。


 夕刻、福岡の実家で夕食に手を付けようとしていた時のことだった。普段メールばかりの妻が電話をかけて来た。声が緊張しているのが分かった。どうやら急に産気付いたらしい。病院から入院の指示があったので、今から延岡まで行くという。今まで定期の検診でも付き添うようにしてきたのに、肝心な時になんとタイミングの悪いことか!

 妻には事前に「いざとなったら、タクシーでも何でも使え」と言ってあった。だが、妻は自分で車を運転して行くという。その声に僕は強い意志を感じた。妻が「母親」になろうとしている。

 「よし、気を付けて行け。僕もすぐにもどるから。」

 電話を切った後、仕事先に明日の予定のキャンセルの連絡を入れ、いそいで夕食をかき込んだ。「いよいよ『お父さん』やね」と母。「そっちも『おばあちゃん』だぜ」と僕。夜7時すぎ、再び車に乗り込み福岡の実家を発った。福岡から延岡までは、熊本・高千穂経由で約4時間を要する。はたして、出産に間に合うだろうか…?


 自宅でお風呂に入る余裕はありませんでした。汗やホコリを洗い流すこともできないまま、農作業で汚れた衣服を着替えただけで、私はひとりハンドルを握り、車で走り出しました。陣痛と陣痛の間には集中して、陣痛の最中も休むことなく慎重に。

 半分ほどの距離を走った頃、陣痛の間隔が短くなっていることに気付きました。やだ、もう4分間隔!車の中で産むことになったら、どうしよう?不安に襲われつつも、止まる訳には行きません。ひたすら病院を目指しました。

 1時間ほどかかってようやく病院に到着した時には、陣痛は3分間隔になっていました。すぐにLDR(※)に通されて、分娩監視装置(※)をつけ内診。子宮口(※)はまだ開き始めたばかりで、しばらく病室で様子を見ることになりました。


(※)LDR…分娩の前後だけ入る従来の分娩室と異なり、陣痛時から分娩後に母体がある程度回復するまでを一つの部屋で過ごせるような設備になっている、今どきの産室。
(※)分娩監視装置…陣痛の強弱と胎児の心拍をグラフに示すことができる装置。
(※)子宮口…子宮の出口。正常な出産ではこれが直径10センチ程度に開いた状態(全開大)で分娩となる。

 福岡を出て1時間あまり。何ごともなければ、妻もそろそろ延岡に到着する頃だ。小休止しつつ確認のメールを送る。

20:09 夫より<熊本より/無事に病院にたどり着いたでしょうか?がんばれママ!>

20:14 妻より<付きました>

 よし、これで一安心だ。僕の車は高速道路を降りて、山越えの道へ入った。そこにメールが着信。妻からだ。すぐに車を止めて確認。

20:37 妻より<まだ産まれそうにないらしいけど。痛みは2分間隔!入院させてくれるそうです。気を付けて帰ってきてくださいね>

20:42 夫より<俵山より/りょーかい。とにかく安全な範囲で急ぎます。がんばって!>


 あと1時間ほどで高千穂だ。そのあと、そのまま延岡の病院に直行するか、それとも自宅に立ち寄るかで僕は悩んだ。

 実は、僕が「立ち会い出産」を決めた時、僕が妻と約束したのは、出産シーンの撮影だった。単なる出産記念ではなく、写真家として「人の誕生の瞬間」を捉えたかった。

 だが「出産はまだ先」と読んでいた僕は、今回撮影機材を自宅に置いて来てしまっていたのだ。機材を取りに自宅に寄ると約30分のロスになる。さぁ、どうする??

 妻からのメールによると出産にはもう少し時間がかかりそうだ。幸い天候に恵まれたのと渋滞のない時間帯だったお陰で、ここまでの復路は順調だった。よし、機材を取りに帰ろう。


 福岡出発から約3時間後の午後10時前、高千穂に到着。ここで妻にメールを送信。

21:49 夫より<高千穂到着/一度自宅に寄って行きます。がんばって!>

21:50 妻より<はいー!痛いよ!>


 一旦は病室に移されたものの、間もなく陣痛が強くなって来ました。助産師さんが誰も付き添う者がいない私を見兼ね、再びLDRへ。その後はずっと助産師さんが付き添ってくれました。感謝!

 陣痛はどんどん痛みを増してきました。もし移動中にこの痛みが来ていたら、運転は続けられなかったでしょう。

 陣痛の波形を見て「良い波が来ている」と助産師さん。子宮口もどんどん開き始めたようです。分娩に備え剃毛。「御主人、間に合うかしら?今どのあたり?」


22:00 妻より<四センチかいだい!間に合うかな?>

22:04 夫より<りょーかい。ともかくがんばって!>

 高千穂の自宅で荷物を積み替えている最中に妻からのメールが届いた。4センチ開大となり妻は不安を感じているようだ。しかし、分娩は10センチ開大時のはず。まだ間に合う(きっと!!)。自宅を出て延岡を目指し、ひたすら愛車を駆った。


 私の出産に立会い、出産のシーンを撮影することをとても楽しみにしていた主人。でも「もしもの時」のために、私は小型のデジタルカメラを託されていました。プロ用カメラを愛用している主人が、私にでも写真が撮れるように、と買ってくれたものです。

「助産師さん、私のバッグの中に入っているデジカメをとってください。もし主人が間に合わない時は、自分で撮ります!」

 ところが、順調に開大し続けていた子宮口も、6センチ開大あたりから急に進行が遅くなってしまいました。赤ちゃんも、夫の到着を待っているのでしょうか?


 午後11頃、ようやく病院に到着。カメラバッグを担いでナースステーションへ出向くとすぐにLDRに通された。分娩台の上で汗をかきながら陣痛にたえる妻の姿がそこにあった。

 子宮口の開き具合は一時停滞しているようだが、波状攻撃のように押し寄せる陣痛はかなりきついようだ。妻は食いしばってこらえている。陣痛の間は助産師さんが妻のお尻を押している。これが「いきみ逃し」(※)というやつらしい。僕は分娩台の妻のそばに陣取り、妻を励ましたり汗を拭ってやったり。

 男と言うものは、肝心な時にこんな事しかしてあげられないものなのか。

(※)いきみ逃し…出産段階が進み分娩が近くなるにつれ妊産婦は「大便」をもようしたようた感覚に襲われ、自然に力が入る(これが「いきみ」)。しかし、子宮口が十分に開く前に強く「いきむ」と、うっ血などで順調な出産の妨げになるため、それまでは肛門付近を手で押したりしながら耐える。


 待ちに待った夫が来てくれました。良かった、間に合ったぁ!あとは、産むだけだわ。

 陣痛はピークに達していました。子宮というより…肛門!出産って、子宮で産むんじゃなかったの?!「いきみ逃し」って、こういうことだったのか!吸法の練習、サボらずにちゃんとやっておけば良かった。痛い。でも、この痛みなら我慢できる。頑張れる!


 僕が到着して1時間も経っただろうか。陣痛の周期は僕にもはっきり判るほどどんどん短くなっていった。子宮口は8センチ開大から一気に進行する気配を見せた。

 日が替わって21日午前1時ごろ、いまだに破水(※)しないため人工破水の処置。そして導尿。いよいよ分娩体制へはいった。何度かの「いきみ」の後、赤ん坊の頭が見えた。「見えたぞ!」妻に声をかけながら僕はカメラを構えた。

(※)破水…子宮の中で胎児を包んでいる「羊膜」が破れて中の「羊水」が出て来る状態。分娩の前に自然に破水するのが一般的だが、初期段階で陣痛に先駆けて起こることも珍しくないらしい。


 いきむと、産道に赤ちゃんの頭がつっかえている感触がわかりました。きつい!なかなか出て来ない!

 何度目かの「いきみ」の時、局部に痛みが走りました(この時は鉗子か何かを入れられたのだと思いましたが、実は、この時に会陰が割けたようです)。次の「いきみ」で出て来てもらわないと、たまらないわ!もうひと息!


 午前1時19分、ファインダーの向こう側に、「にゅるり!」とその赤い小さな身体が現れ、医師が片手で受け止めるようにして引き上げた。出た!

 その決定的瞬間に引き込まれそうになりながら、僕はシャッターを切った。


 それまで産道につっかえていたものが、ヌルッと出て行くのがわかりました。同時に、今までの陣痛がウソのように納まりました。産道をナマ暖かいものが通り抜けていき、大きかったお腹がスーッとへこみました。その向こう側には、先生の手で取り上げられた赤ちゃんの姿が。

 先生と助産師さんが手早く口や鼻から羊水を吸引すると、赤ちゃんは一瞬深く息を吸ったかと思うと、次の瞬間、けたたましいほどの大きな産声をあげました。


 数カットの撮影の後、僕はカメラを降ろし、妻の肩に手をかけた。

 「おい、やったぞ!」

 助産師さんに促され、妻は産まれたままの赤ん坊をしっかりと胸に抱いた。やっと安堵の表情を見せた。本当に嬉しそうに赤ん坊を見つめている。それはまぎれもなく、母親の顔だった。

 あぁ、本当に産まれたんだなぁ。よかった、無事に産まれて、元気そうな子で。


 私は、産まれたばかりの赤ちゃんを胸の上で抱きとめました。これがさっきまで私のお腹の中にいた子。私が自分で産んだ子。私にも本当に子が産めたんだ。母親になれたんだ。

 改めて赤ちゃんの顔を見ると、思っていたより、ずっと整った顔。赤ちゃんにしては鼻が高いかな。きっとハンサムになるぞ。ちっちゃな指には、もっとちっちゃな爪がちゃんとついている。すごいなぁ。

 牛やネコのお産は何度も見て来たけど、やっぱり自分の子を産むのは、ちょっと違ってたな。大変だったけど、今は本当に幸せ。生きていて良かった!!


 妻が産後処置を受ける間、赤ん坊は隣の部屋に移され身体測定。体重2810グラム、身長47.5センチ。元気な男の子だ。事前の案の通り、「○○○」と命名。



 その後、5分おきの陣痛が始っている状態の妻がひとり1時間も車を運転して病院まで行った話は、この産院の職員たちの間でも、また友人たちの間でも語りぐさになったようだ。

 今回陣痛開始から約7時間で出産、というのは初産としては安産だろう。次の子の時は3〜4時間で?となると、次はもしかしたら「車中出産」か?!

(おわり)

 この作品は、雑誌「たまごクラブ」(ベネッセコーポレーション刊)の2005年9月号で公募され、2006年1月号付録「妊娠・出産に自信をつける200の体験」において発表された体験談コンテスト「たまデミー賞・出産エピソード部門」を受賞したものです。発表時には一部を抜粋した形で紹介されましたが、ここでは応募作品の全文をご紹介します。

 なお、誌面では出産写真1カットが添えられていましたが、諸事情によりここでは他のカットに差し換えています。またタイトルは、今回ウェブ公開のために新たに付けたものです。また本文中の注釈(※印)も、出産に関する知識のない読者のために新たに加えました。



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